第拾弐話 幸福の陽光と残酷な推理
「さて、それでは第2回推理大会を始めましょう。今回の目的はミドリお姉ちゃんの話を完全な形にすること。前回と同じく、アカネちゃん、私、コーセーくんの順でいきましょう」
「名探偵は最後でなくっちゃね」
名探偵って、「俺は毒薬を飲まされ、目が覚めたら……」的なことは何もないし、卓越した推理能力を持ち合わせているわけじゃないんだが。心中でささやかな抗議をしていると、アカネが元気よく手を挙げた。
「さて、ではアカネ、行きまーす。今回の件で重要なのは、いじめがあったか、なかったか、よね。私はね、なかったと思うのよ」
「どうして?」
ヒマリが前のめりになりながら訊ねる。
「簡単よ。いじめってそうそう隠せるもんじゃないから。本当にいじめがあったなら、誰か気づくはずだわ。だって、よく考えてごらん。いじめといったらどんなものがあるか。暴力、無視、SNSを使ったもの、悪事の強要、人を
なるほど。確かにいじめが本当にあったのなら、クラスの誰かが気づくはずだ。でも、藤原さんの話だと、クラスでマシロ先輩の自殺の原因に心当たりのありそうな人はいなかった。ということは、いじめはなかった可能性が高い。
「じゃあ、どうしてお姉ちゃんは自殺することになったの?」
ヒマリがさらに前のめりになって
「ミドリさんがいじめをでっちあげたからよ」
「でっちあげた?」
「だって、本当にいじめがなかったのなら、そうならざるをえないじゃない。最初にマシロ先輩がいじめられてるって言ったのはミドリさんでしょ?」
たしかに、いじめがなかったのなら、ミドリさんはないはずのものをあるといったことになる。まさにでっちあげだ。
「じゃあ、なぜでっちあげたのか。それは、ワカさんとマシロ先輩を仲良くさせたかったからよ」
「はあ?」
ヒマリが呆れた様子で首をひねる。
「ワカさんとマシロ先輩は元々そこまで仲がよくなかった。でも、二人を仲良くさせないと春からマシロ先輩は一人ぼっちになってしまう。そこで一計を案じた。名付けて、『悲劇のヒロイン大作戦』よ」
「なんか前にも聞いた気がするんだけど……」
「気のせいだわ」
同じ名前しか思いつかないなら、作戦名なんてそもそも言わなきゃいいのに。僕は思わず
「まず、ミドリさんがモエさんに嘘のいじめを報告する。すると優しいモエさんは心配してマシロ先輩に頻繁に会うようになる。結果、二人は仲良くなる、という
なるほど、単純だ。でも、それならなんで自殺なんてしたんだ?
「二人は軽い気持ちでこの作戦を実行した。『屋上事件』のこともあって、嘘の
アカネはパンと手を叩いた。静かな和室に音が響く。
「モエさんはマシロ先輩とミドリさんに激怒。特に発案者のミドリさんと険悪な仲になった。マシロ先輩としては、モエさんに謝りたい気持ちはあるが、かといって自分のためを思って作戦を考案してくれたミドリさんを擁護しないわけにはいかない。
たしかにこれならミドリさんもモエさんもどちらも「自分のせい」と言うだろう。だけど……
「却下だね」
「そうだね」
「えー」
アカネは頬を膨らませて
「だってアカネちゃん、普通にモエ姉にお姉ちゃんと仲良くしてあげてって言えばそれで済むじゃん。こんな壮大な計画を実行しないと友達ができないのはアカネちゃんぐらいだよ」
「それに、モエさんが学校の先生にいじめを報告するって言ったときミドリさんなんて言ってたか覚えてる? 『頼んだ』なんて、自らの嘘を暴くような発言するわけないでしょ」
アカネはぐうの音も出ない様子で、腕を組みながら低く
「じゃあ、次にいきましょ。ヒマリ、この名探偵に一泡吹かせてあげなさい」
僕たちは対決しているわけじゃないんだけどなぁ……子供っぽく
「では、私の仮説を発表します。私はアカネちゃんと違い、いじめはあったと思います。そして、お姉ちゃんの自殺の原因もいじめだと考えます。問題は、いじめがどのように行われたかです」
口を
「アカネちゃんから說明があった通り、いじめを隠すことは非常に困難です。では、どのようにいじめを行えばよいか。簡単です。学校でいじめをしなければよいのです」
なるほど。いじめをするのはたしかに学校の生徒だが、いじめを必ず学校で行わなければならない法はない。
「遠藤さんは学校ではお姉ちゃんと仲良くしているように見せて、学校外では
さすが優等生。簡潔で分かりやすい説明だ。仮説を支える根拠もしっかりしている。ただ……
「却下だね」
「ありえないわ」
今度はヒマリが頬を膨らませ
「遠藤さんにその計画性があるなら、なんで『屋上事件』のときはあんな
「それに、学校外でいじめをするなら、なんでわざわざクラスで仲良く振る舞う必要があるの? 因縁の二人が仲良くしてたら、より目立っていじめがしづらいと思うけど。実際、藤原さんも疑ってたし」
ヒマリはがっくり
「はあ、じゃあ、名探偵さん。後は任せました」
「今度は逃げちゃだめよ」
なんだか二人からの期待がすごくて話しづらいのだが……まあ、ある程度、自信はあるのだけれど。
「まずいじめがあったか、なかったか、というところだけど、これはあったというか、なかったというか……」
「はあ? どういうことよ?」
「つまり、仲良くすることがいじめだったんだ」
二人はピンときてない様子で首を
「藤原さんが言ってたでしょ。『私だったら、自分をいじめた相手と自分を振った男と仲良くするなんて、死んでも出来ない。そんな屈辱的なことをするぐらいなら自殺したほうがマシだ』って。まあ、振られたの方は間違いなんだけど。ともかく、マシロ先輩は遠藤さんから仲良くすることを強制されていたんだよ」
「なんでそんなことを?」
「山口祐也と
やっと二人は
「いじめた相手と仲良くすれば、いじめの件は過去のことになって流されると思ったんだね。いじめが許されれば、
談笑の先にはいけないだろうけど、なんて思いながら話を続ける。
「ただ、マシロ先輩からするとかなり酷なことだ。前にいじめられた相手と顔色をうかがいながら仲良くしなきゃならない。さっさと二人が付き合ってくれればいいが、片方が自分に
ヒマリの表情が暗くなった。いじめられている自分の姉の姿を想像してしまったのだろう。
「かといって、『山口くんは実は私に
ヒマリが「ちょっと待って」と僕を制する。
「お姉ちゃんは過去に遠藤さんにいじめれてたんだよ。お姉ちゃんが声をあげれば、きっと信じてくれた人はいたはずだよ」
「ミドリさんが言ってたみたいに、気が弱くて声があげられなかったんじゃない?」
「でも、自殺する勇気に比べれば、そんな……」
そうだ。ただ単にシャイだから言えなかったんじゃない。さて、ここからは
「ヒマリ、この先の推理は、君にとってあまりに
ヒマリはほとんど迷わなかった。彼女はまっすぐな目で僕を見て
「どんなに後悔してもお姉ちゃんはもう帰ってこない。だからせめて、後悔だけはしておきたいの。お姉ちゃんのことが大好きだった一人の妹として」
僕は大きくため息をついた。断ってくれたらどんなに楽だったか。でも、仕方がない。ヒマリが腹をくくってるんだ。僕もくくらなければならない。
「マシロ先輩は何故声をあげなかったんだ。単純だ。弱みを握られていたから。マシロ先輩にとっての弱みとは? 自分の身体? 違う。マシロ先輩は自己犠牲の人だ。『死んでも死なない』と言い放った人だ。多少の脅しで怯むような人じゃない」
ヒマリの
「でも、一つだけ、あるもののためなら死んでもいいと言ったことがある。ある意味で亡くなった父親の形見であり、ギターや、もしかしたらミドリさんよりも大事だったもの。マシロ先輩が最も愛したもの。もう分かるだろ」
窓から射した
「君のお姉さんは、君を
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