第拾壱話 ふりだしに戻る推理と進展する恋

 島崎さんは一言で言えばミステリアスな人だった。『屋上事件』で一躍有名になった彼女は多くの人の目を引いたが、彼女はいつも座席に座って窓の外を眺めるばかりだったので、彼女が何を考えているのか、どんな人なのか、まったく分からなかったのだ。しかし、そんな彼女に話しかける生徒が一人だけいた。それが意外なことに遠藤さんだったのだ。雨降って地固まるということなのだろうか。授業間の休憩時間、遠藤さんは島崎さんと楽しそうに談笑していた。


 クラスが発足して数日経ったある日、私は時を見計らって島崎さんに話しかけに言った。遠藤さんと本当に仲良くしているのならいいのだが、万が一いじめが続いているのだとしたら見過ごせない。

「島崎さん、ちょっといい?」

「ひゃ、はい」

 私が声をかけると彼女は肩をビクンと震わせ、おびえた様子で私の顔を見た。

「最近、遠藤さんと仲がいいみたいね」

「そ、そうですね。はい」

「私の勘違いだったら申し訳ないんだけど、もしかしていじめられたりしてない? 私は先生と繋がりが深いし、相談してくれたら力になれるはずよ」

 島崎さんは慌てて首を横に振った。

「ち、ちがうんです。その、え、遠藤さんから、『仲良くしてほしい』って言われて、それで……」

「『仲良くしてほしい』って……島崎さん、あんなことされて、遠藤さんのこと恨んでないの?」

「う、恨んでなんか……その、ちゃんと仲直りしたし、それに、えっと……」

 この様子だと、本当にいじめはないらしい。それにしても、いじめられた相手と仲良くするなんて、島崎さんは人が良すぎるんじゃないか? まあ、これは二人の問題だし、外部者が口出しすべきことではないのだろうが。

「そう。ごめんなさいね。変なこと聞いちゃって。私の勘違いだったみたいだわ」

「い、いえ、そんな……あっ、そ、そういえば、藤原さんって、生徒会、でしたよね?」

「ええ」

 生徒会がどうしたのだろう? もしかして、生徒会に入りたいとか? いや、それはないか。

「その、妹が今年、この高校に入学して、それで、その、たぶん、せ、生徒会入ると思うので、い、妹を、よ、よろしくお願いします!」

 島崎さんがすごい勢いで頭を下げる。まるでプロポーズでもするかのような頭の下げ方だ。私は困惑しながら答える。

「そ、そうなのね。こちらこそ、ぜひ仲良くなりたいわ。名前はなんて言うの?」

「ヒ、ヒマリです」

「ヒマリさんね。どんな子かしら? 楽しみだわ」

 私がそう言うと、島崎さんの目元に少しだけ安堵あんどの色が見えた。


 ある日登校すると、なんと島崎さん、遠藤さん、そして山口くんが話していた。まさに因縁の3人じゃないか。クラスがざわつく。私は自席について聞き耳を立てた。

「マシロ、土曜日に一緒にスタバ行かない?」

「ス、スタバ? えっ、う、うん。いいけど」

「よっしゃー。約束破んないでよ」

「破らないよ。え、遠藤さんこそ、その、ち、遅刻しないでよね」

「島崎さん、コイツ遅刻魔だから気をつけて」

「なによ裕也、彼氏ぶっちゃって。私の顔も見たくないんじゃなかったの」

「いや、二人が仲直りして仲良してるっていうから、俺も意地張っててもしかたないかなって」

「そ、そうだよ。も、元はと言えば、二人が、その、喧嘩別れしたから、あ、あんなことが起こったんだし、だから、その、仲良くしなきゃだめだよ」

「マシロは優しいなぁ。こんないい子なのに、私ったらあんなことして……本当にごめんね」

「い、いいよ。もう何回も謝ってくれたし。それよりも、えっと、も、もっと仲良くしてくれると、その、嬉しいな」

「マシロ、アンタって子は。本っ当にありがとね」

「う、うん」

 目を見張るような光景だ。この3人が談笑する日がくるとは誰が予想できただろうか。こんな信じがたい光景が見られるのも、きっと島崎さんの心の広さ故だろう。私だったら、自分をいじめた相手と自分を振った男と仲良くするなんて、死んでも出来ない。そんな屈辱的なことをするぐらいなら自殺したほうがマシだ。でも、島崎さんはやってのけた。まったく、すごい子だ。私は密かに彼女に尊敬を寄せるようになった。


 5月8日月曜日、教室に島崎さんの姿はなかった。朝のホームルームで担任の先生が彼女の自殺を伝えた。横目で遠藤さんを見ると、彼女は顔を覆っていた。過去の自分を責めているのか、あるいは友人が死んだ悲しみに打ちひしがれているのか。ホームルームが終わると、遠藤さんは立ち上がり、教室から飛び出していった。騒がしい教室の中で、私は頭を抱えた。いったい彼女の身に何があったのだろう? 彼女はなぜ自殺したのだろう? 教室のあちこちで憶測が飛び交ったが、誰一人として彼女の自殺の原因を知る者はいなかった。島崎さんはまるで霧のように私たちの前から姿を消したのだった。


 藤原さんは静かに手を合わせた。

「私が知っているのはこんなところね。どう? 大したことなかったでしょ?」

「いえ、とんでもありません。本当に有益な情報を教えていただきました」

「そう? ならよかったんだけど」

 ヒマリの言っていることは単なるお世辞ではないだろう。藤原さんが話した内容は僕たちの意表を突くものだった。これは推理に悩みそうだ。

「それじゃあ、私はこれで失礼するね。原田さん、中村さん、ヒマリさんをよろしくね」

 そう言って彼女は画面から姿を消した。ヒマリがタブレットの電源を落とすと、僕たちは一斉に唸った。

「モエ姉の話と矛盾してるね」

「そうね。いじめどころか仲良くなっちゃってるんだもの。モエさんの話か藤原さんの話か、どっちかが嘘じゃないと成り立たないわ」

 アカネはお手上げとでも言うように、メモ用紙を宙に投げた。メモ用紙がひらひらと舞う。

「ワカさんの話でミドリさんの話を否定し、モエさんの話で新たな仮説を立てる。そして藤原さんの話でモエさんの仮説を否定する、となると……」

「ふりだしに戻る、ね」

 ヒマリが大きくため息をついた。

「とにかく、情報は出揃でそろったね。色々思うところはあるけど、各々で推理をして仮説を出し合おう」

「第2回推理大会ね」

 ヒマリがうなずく。僕はヒマリの家で行われた第1回推理大会を思い出した。あれからもう2ヶ月間近く経っているのか。

「それじゃあ、昼食の後に開催しよう。気づけばもう12時だ」

「腹が減っては推理は出来ぬってことね」

 そんなことを話していると、扉を叩く音がした。扉の向こうからお婆さんの元気な声が聞こえる。

「ご飯ですよ」


「推理大会終わったらどうする?」

 アカネが生姜焼しょうがやきをつつきながら訊ねる。

「推理が合っているか、ミドリさんのところで確認する必要があるね」

「そう言うと思って、ミドリお姉ちゃんにはもうアポをとってあるよ。明日の朝に堺駅前のカフェ集合だって」

 さすがヒマリ、用意周到だ。

「宿はどうする?」

「宿の延長もお婆さんに頼んどいた。少し費用はかかるけど、いいかな?」

「全然いいよ」

「旅行が長引くのに反対する理由がないわ」

 僕たちは諸手もろてを挙げて賛成した。

「で、結局、今日の夕方はどう過ごすのよ」

「二人でデートでもしてきたら?」

「はあ!?」

 アカネが思わず食卓を叩く。

「貴女はどうするのよ」

「私のことは気にしないで。せっかく大阪まで来たんだし、デートの一つぐらいしてもらわないと、私が申し訳ないよ」

「そうは言っても……ねえ、コーセー?」

 デートか。ヒマリを一人にするのは心苦しいし、さすがに断るか。……いや、

「ヒマリ、悪いけど、今日の夕方は一人で過ごしてくれないか」

 ヒマリが目を輝かせ、アカネが目を丸くした。

「そうこなくっちゃ。アカネちゃん、デートの話、後で聞かせてね」

「う、うん……」

 ヒマリが嬉しそうにアカネをひじでつつく。僕は勢いよく生姜焼しょうがやきをかきこんだ。おいしい。やはり、タダ飯なんて食うもんじゃない。僕からもアカネに愛を伝えなければ。愛は受け取るものではなく、与え合うものだ。自分の力で、自分の恋を進展させるんだ。僕はそう決意しながら夕食を平らげた。




 

 








 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る