第3話 ラブレター

「自殺!?」

 僕とアカネは声を合わせて驚く。島崎さんは目を丸くして、

「えっ、あの、私の姉マシロが自殺したことは、さすがにご存知ですよね? 一応、サイコー新聞部の部員だったそうですし、それに学校中で話題になっていますから」

 アカネは鼻を鳴らし、いかにも尊大そんだいな態度で言い放った。

「いい? 島崎さん。学校中の話題っていうのはね、全員に行き渡っているものではないの。私たちみたいな友達がいない人間にとっては学校中の話題なんてあってないようなものよ。ここ、テストに出るから覚えておきなさい」

 島崎さんは憐憫れんびんの表情を見せた。僕は苦笑いすることしかできない。マシロ先輩はサイコー新聞部の先輩だが、月に一度顔を出すだけでほとんど会わない。今月は来ないのかなと思っていたら、まさか自殺していたとは。島崎さんは咳払いをして、

「ええっと、では最初から説明しますね。私の姉、島崎真白は5月7日に自殺しました。自殺の原因は不明、いや透明です」

「透明? 不透明じゃなくて?」

 島崎さんは一枚の紙を机に置いて見せた。どうやら島崎真白の遺書らしい。僕とアカネはのぞき込んで読む。


「ふむふむ、なるほど。つまり、地域によってポストの色は異なるってことね」

「そこ!?」

 島崎さんが大きな声でツッコむ。アカネのボケを一人で回収するのは大変だったから、ツッコミ役が一人増えてくれるのは助かる。

「要するに、サイコー新聞部に手がかりがあるとお姉さんに言われてここに来たわけだね」

 島崎さんはうなずく。

「でもサイコー新聞部にあるものと言ったら、美女一人と野獣一匹だけよ」

 どちらかというとアカネの方が野獣に近いと思うんだけど……まあ、この第2多目的室に手がかりらしきものはほとんどないのは確かだ。

「そもそもサイコー新聞部って何をする部活なんですか?」

「その名の通り最高のサイコー新聞を作る部活よ」

 アカネは棚から先月号のサイコー新聞を取り出した。

「学校新聞は主に3つの企画で成り立っているわ。1つは私が担当する『サイコーニュース』。ここでは校内で起こった些細ささいな出来事を記事として取り上げてるの。先月の記事は『彩雅さいが高野球部地区予選突破!』ってやつ。本当は『岡田屋上侵入計画の裏側』なんてものにしたかったんだけど、さすがに不謹慎だからやめたわ。スリリングな記事になると思ったんだけどね……」

 学校新聞にスリルを求めないでくれ。不祥事を記事にする学校新聞なんて聞いたことがない。それに、そんな記事を出したら、鍵を盗まれた失態を白日はくじつのもとにさらされる吉川先生が不憫ふびんだ。記事にするのを思い留まってくれて本当によかった。

「もう一つはコーセーが担当する『教えてコーセーセンセー』。コーセーの該博がいはくな知識を紹介するコーナーよ。先月は『花の本数と花言葉』と『コーヒー豆の豆知識』だったかしら。コーヒー豆は実は豆じゃなかったというのが豆知識なんて、洒落しゃれがきいてるじゃない」

「ねえアカネ。そのコーナー名もうやめないか。恥ずかしくて仕方ないんだが」

「でも『豆知識コーナー』なんてまめまめしくてなんか嫌だわ」

「まめまめまめまめうるさいな。まだ節分まで半年以上あるぞ」

 アカネのくだらない駄洒落だじゃれの連続に島崎さんははと豆鉄砲まめでっぽうを食ったようような顔をする。アカネが一つ咳払せきばらをした。

「最後は『サイコー掲示板』」

「掲示板?」

 ヒマリが首をかしげるとアカネは教室の入口を指さした。

「教室の前に木箱が置いてあったでしょ? あそこに手紙を入れると、『サイコー掲示板』にそれが掲載されるの。手紙は匿名でもOK。同級生とかだけじゃなくて、なかなか話しかけにくい先生とか、生徒会なんかに自分の要望を書いてもいいわ。ラブレターも大歓迎。あと、一応、先生からの手紙も受け付けてるわね」

「それで、実際にどんな手紙が投稿されてるんですか?」

 アカネは教室の前から木箱を持ってくる。木箱をひっくり返すと紙切れが一枚だけ出てきた。紙切れには「先生、冷房が欲しいです」と書いてある。

「今の時代、アナログな手紙なんてウケないのよ。いっそのことコーナー名を『サイテー掲示板』にしてやろうかしら。そのほうがよっぽど手紙が集まると思うわ」

 僕は苦笑いした。昔はこれでも人気のある企画だったらしい。発端ほったんは廃部寸前だったサイコー新聞部が読者を増やすために始めた企画らしいのだが、始めた当初はラブレターやら未成年の不満やら色んなものが送られてきて、かなり楽しまれていたらしい。しかし、企画の人気もブームが過ぎ去って今では見る影もない。サイコー新聞部は廃部寸前の危機に逆戻りしてしまっている。


 島崎さんは少し考えた後、目を見開いた。何かひらいたようだ。

「もしかして、姉の言ってた手がかりって、その『サイコー掲示板』のことじゃないですか?」

 確かに、島崎さんの言う通り、手がかりになりそうなものはそれぐらいしかなさそうだ。僕が『サイコー掲示板』の欄を見ようとすると、アカネと島崎さんも覗き込んで来た。先月の『サイコー掲示板』には4つの手紙が掲載されている。

 島崎さんは「あっ」と言い、「島崎真白」の名前を指さした。


島崎真白

屋上に来たら、野球場の上を見よ


「なにこれ?」

 島崎さんが首をかしげる。

「きっとこれのことじゃない?」

 アカネが別の手紙を指さした。


透明なあなたへ

 少し前、まだ桜が花びらを散らしていた頃に、あかねさす教室で、美しい小鳥の声を聞いたことがありました。その声を聞いた私は思わず耳をふさぎたくなりました。忘れかけていたあなたの顔が浮かんできたからです。

 あなたと同じ高校に行くと決まったとき、私は驚きと喜びで声が出ませんでした。夕陽に染まった美しいあなたの顔が、すぐ側に近づいてくるような気がしました。甘い妄想と同時に苦い現実が私の眼前がんぜんに現れました。私はあなたのことが好きでした。しかし、私とあなたはただの知り合いに過ぎませんでした。臆病おくびょうな私は苦い現実をめ続けました。甘い妄想は道端みちばたに捨てました。いや、捨てたつもりでした。

 あの日、私は茜空あかねぞらの下で、ふところに隠された恋心に気づき、真紅しんく林檎りんごを片手に呆然ぼうぜんとしていたのです。この果実をどうしたものか、私には検討もつきませんでした。検討もつかぬまま、私は筆を持ち、この手紙を書きました。

 透明なあなたへ。どうか屋上に来てください。そしてこの真紅しんく林檎りんごを受け取ってください。授業後すぐであればいつでも構いません。今日でも明日でも、一ヶ月後でも構いません。私はいつでも待っています。

                真っ白な私より


「もしかして、姉が言っていた『透明』って、これのことじゃないですか?」

「そうみたいだね。『真っ白な私』っていうのも『真白』先輩のことだろうし」

「それにしても熱烈れつれつなラブレターね。熱くてちょっと持てないわ」

 アカネはそう言って火傷やけどするような仕草を見せるた。

「『あなたと同じ高校に行くと決まったとき、私は驚きと喜びで声が出ませんでした』ってことは、『透明なあなた』とは小学校や中学校が一緒だったということかな?」

 僕がそう言うと、島崎さんが

「姉の幼馴染ということですかね? たしか一人いたような……」

「とにかく、行ってみましょうよ」

「どこに?」

 アカネが指を鳴らし、人差し指を上に向けた。

「屋上よ」

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