第2話 新入部員
掛け時計はちょうど16時半を指している。カチカチという秒針の
掛け時計の隣には、世界遺産の写真がついたカレンダーが掛けられている。
「ちょうど一ヶ月前か」
カレンダーを見ながら、アカネは小さく
「何が1ヶ月前なの?」
本に目をやったまま僕は訊ねた。
「岡田たちが屋上に侵入した日よ」
アカネは棚の上の地球儀をクルクルと回しながら答えた。岡田はクラスの問題児たちの中心人物だった。155cmにギリギリ満たない身長では棚の上に届かないのか、
僕は読んでいた本を机に置いた。『旅のラゴス』。古本屋で見つけて何も考えず買った本だ。裏表紙には値札のシールが
「どうやって侵入したの? 扉でも蹴っ飛ばした?」
僕は岡田がアクション映画さながらに扉を蹴破るシーンを想像してみた。想像の中の岡田は扉を思いっ切り蹴った結果、
「そんな訳ないでしょ。ヨッシーの鍵を盗んだのよ」
ヨッシーとは、僕らの担任の
「で、岡田たちはどうなったの?」
「さあね。職員室でバケツでも持たされたんじゃない? あるいは、30分逆立ちも悪くないわね」
いつの時代の話だ。っていうか「悪くない」って、
僕は置いていた本をもう一度取り上げようとしたが、ある疑問が浮かび手を止めた。
「屋上には何があるんだろう?」
「さあね。貯水槽と……後は何だろう。落書きとか? まあ、大したものはないでしょうね」
「いい休憩所にはなるんじゃない?」
「屋根が無いから、雨降ったらヤバイでしょ。それに晴れでも直射日光で暑いし、休憩所としても最悪よ。まあ、愛の告白なんかにはうってつけかもね」
「意外とロマンチストなんだね」
屋上で
そう思っていると、アカネは地球儀の台座で僕の頭を軽く叩いた。かなり痛い。これなら
「失敬なこと考えてるからよ。ていうか、休憩所なら教室で十分じゃない。例えば、こことか」
僕はあたりを見回した。第2多目的室。
「じゃあ、なんで岡田たちは屋上になんて行ったんだろう?」
「さあね。学校に対する反抗心から? 反抗なんてくだらないと思うけどね」
アカネは地球儀を棚の上に戻しながら言った。隣には花瓶が置いてあり、リナリアの花が咲いている。彼女はそのスレンダーな体をもたせながら僕の方を向いて立った。彼女の顔は半分が夕陽に照らされ、もう半分は暗い影で覆われている。
「まあ、でも、反抗することによって、ある種の『席』を得ることは出来るのかもね。何々に反抗しているグループの一員、みたいな。ちゃちな『席』だけど、まあ、無いよりはマシよ。『席』があるって、けっこう大事なことよ」
そう言って、アカネは僕の正面の席に腰を下ろした。アカネの眼が僕を見つめる。黒くて大きな眼だ。じっと見つめていると、何だか吸い込まれそうな気がする。
「ところでさ、サイコー新聞部、廃部になるんだって」
「はあ!?」
僕は持ち上げようとしていた本を床に落としてしまった。ガタっという音が教室全体に響いた。
「いや、なんで!?」
というか、そういう大事なことは先に言ってくれ。
「部員が一人足りないことと、顧問の先生がいないことがマズイんだって。今朝、生徒会の子に言われたのよ」
「生徒会の子?」
「そう。ちっちゃくて愛らしい子だったわよ」
そういってアカネは手で、「このぐらい」とその子の身長を示した。いや、それじゃあ100cmもないんじゃないか?
「顧問はともかく、部員が足りないって……サイコー新聞部に入りたい人なんているのかな?」
「それがいるのよ」
「誰?」
「その生徒会の子よ」
「はあ?」
意味が分からない。廃部を宣告してきた生徒会の子が入部してくるって、いったいどういうことだ?
すると突然、ガラっという音がした。教室の扉が開いたのだ。教室の前には、小さな少女が立っている。長いポニーテールが大きく揺れた。胸元の黄色いリボンから1年生だと分かる。訪問者は、はっきりとした声で言った。
「失礼します。ここはサイコー新聞部ですよね? 私、生徒会の
僕とアカネは顔を見合わせた。
「ほら、いった通りでしょ?」
「確かにちっちゃいね」
「そうでしょ? それにあの胸、Aカップは間違いないわ」
「確かにちっちゃ……着痩せするタイプなのかもね」
「初対面からのディスり!?」
少女は後ろをチラと見て帰るタイミングを伺っている。完全に警戒されているようだ。
「ごめんごめん。それで、入部志望なんだよね? 生徒会にもう入っているのに、なんでサイコー新聞部なんかに来たの?」
少女は両手の
「私、姉の自殺の原因を探しに来たんです!」
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