ぬいぐるみを抱きしめて
孤兎葉野 あや
ぬいぐるみを抱きしめて
「いいかい? この中に隠れているんだよ。
私が合言葉を言った時以外、絶対に開けないようにね。」
物置の隅にちょこんと座らされて、女の子はこくりとうなずきます。
「それじゃあ、しばらく外は騒がしくなるから、静かにしているようにね。
どうしようもない時は、自分で自分を守りな。」
その言葉を最後に、がらりと引き戸は閉じられて、
周りは真っ暗になりました。
しばらくして、聞かされていた通りに、物置の外が騒がしくなり始めます。
誰かと誰かが争うような声、固いもの同士がぶつかり合うような、
かきんかきんという音が、続けざまに聞こえてきました。
女の子には、おぼろげながら分かっています。
これは剣・・・あるいは、同じようなとても危ない武器を、ぶつけ合う音なのだと。
そして、それを教えてくれたお母さんも、
この建物を守ろうとする人達と一緒に、今は外で戦っているのだと。
とてもとても心配ですが、まだ小さな女の子が外に出ていっては、かえって危ないだけです。
代わりに、お母さんが持たせてくれたぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめました。
少しの時間が経って、外の戦いはまだ続いているようですが、
聞こえる声が少なくなってきたのを、女の子は感じます。
きっと、倒された人が増えてきたのでしょう。
それがお母さんの立つ側でなく、襲ってきた人達だと信じて、
女の子は戦いが終わる時を待ち続けます。
しかし、それよりも早く、乱暴な足音がこちらへ近付いてきて、
びくりと体が動きました。
そして、かねめのもの・・・といった、よく分からない言葉と共に、
ついに女の子が隠れる物置の戸は、がらりと開けられたのでした。
そこにあったのは、もちろんお母さんとは似ても似つかない、怖そうな男の人の顔。
女の子はぬいぐるみを抱きしめる腕に、力を込めました。
引き戸を開けた男も、はじめは小さな女の子がいたことに驚いたようですが、
やがて人質という言葉と一緒に笑い出します。
女の子も、それが何を意味するのかは、お母さんから聞かされていました。
そんなことになっては絶対にいけないと、
助けを求めるように、ぬいぐるみを口元に引き寄せ・・・ふっと息を吹き出すと、
細い針が男の首筋に突き立ちました。
男は驚いた顔をしていますが、女の子は知っています。
その針には人の動きを鈍らせ、やがて眠らせる薬が塗られていることを。
そして何より、戦う心得がある者に対して、今の隙は致命的であることを。
女の子はすぐさま男の顔を蹴り飛ばし・・・
「ま、待ってください。村の子供たち向けのお話を頼まれてたんでしたよね。
どうして女の子が急に戦い慣れた感じになってるんですか・・・!」
「えー? お母さんから教え込まれてたんだよ。
ぬいぐるみに吹き矢の仕掛けを作ったのもそうだし。」
「そ、その、サクラさん。さっきからその辺がすごく具体的なのは・・・」
「うん? もちろん私が経験した話だからだよ。
まだ私は小さかったけど、どこかに預ける当てがあるとは限らないから、
その時は護衛任務に同行してね。不意打ちくらいは出来るように教わってたんだよ。
もちろん、お母さんがすぐに駆け付けて、止めは刺してくれたけど。」
「え、えっと、サクラさんの強さの理由が少し分かったような・・・
これを子供たちに聞かせるには、刺激が強すぎるような・・・」
「あはは、その頃の私より小さい子が多かったら、そうかもね。
じゃあ、別のお話も考えておこうか。」
「は、はい。そうしましょう・・・!」
「そういえば、話してたら懐かしくなってきたな。
ほら、これがそのぬいぐるみ・・・」
「い、今の話をされた後に、こっちに向けられるのは恐いんですが・・・!」
「大丈夫。今は針の仕掛けは外してあるからね。」
「そ、それなら安心です・・・
あれ? サクラさんが小さい頃って・・・思ったより綺麗ですね。」
「うん。そんなに使う機会は無かったけど、
仕込み武器にするくらいだから、それなりに質の良いものだと思うし、
私も雑に扱ったつもりはないからね。」
「・・・大切、ですよね。ただのぬいぐるみとしても。」
「うん、もちろん。」
うなずく笑顔は、いつもより柔らかく見えました。
ぬいぐるみを抱きしめて 孤兎葉野 あや @mizumori_aya
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