第39話 バフ料理

「よかったね、美咲。掘り出し物があって」

「うん! でもお婆ちゃん居ないね?」

「きっとどこかで料理を振る舞ってるんじゃないかな?」

「そう言えばさっきからいい匂いするもんね」

「あそこに人だかりができてる。そっちに行ってみようか」

「うん」


 卵のくーちゃんを抱きかかえた孫は、抱っこ紐に括りつててもなでなでしながらニヤけ顔。なんというか、こうほんわかするのだそうだ。

 匂いの先に足を向ければ、やっぱり行列の先は顔見知りが運営していた。

 ただ、そこにあったのは妻ではなく知り合いの奥様。


「この魅惑的な匂いの原因は貴方でしたか、リンダさん」

「ランダさん?」

「AWOではそうだね。こっちでは寺井リンダさんだよ。ご挨拶しておきなさい」

「おやおや、珍しい組み合わせだね。そっちがマスターだからそっちはマリンだね?」

「リアルでは美咲だよ。この子はくーちゃん」

「すっかり母親の顔だね。でもね、卵の時からそんなに愛情全開じゃ疲れちまうよ? もっと肩の力抜いて楽にやりな」


 さすが五人の子供を産んだ人は言うことが違う。

 育てたのはベビーシッターと言うくらい育児にはまるで参加してない母親の代表格なのもこの人だが。


「ちょっとぉ、店先で立ち話は営業妨害だよ。買うの、買わないの? どっちか決めて」


 早速番犬がお出ましだ。


「やぁ欽治さん、私をハブってイベント開催とか酷いじゃない。連絡くらいよこしてくださいよ」

「またダンジョンにこもって聴き逃したんじゃないんですか? こっちは再三伝えてるのに。だから秋人君には伝えたよ? ねぇリンダさん」

「アタシは下拵えに忙しくてノータッチ。連絡係は男衆の仕事だよ」


 との事だ。


「聞いてないよね、美咲?」

「私も聞いてません。多分ダンジョンに籠ると送信関連を一方的にキャンセルできるから記録に残らないんだよ。お父さんからの通知も届いてないってことはそうなのかも」

「この人は、ダンジョンに夢中になりすぎなんですよ。もういい年なのに、困るよねー?」


 欽治さんは孫に同意を求めるが、無視された。


「くわわー!」


 威嚇する様にキャディが欽治さんに吠える。

 まぁ父親代わりの私が貶められたらいい気分じゃないのはわかる。もっと言ってやって。


「まぁた変な進化してますね。どれ、サファイアの欠片をあげましょう。美味しいぞぉ」

「ちょ、やめてくださいよ。この子はかけらよりお肉の方が喜ぶんです」


 ニコニコしながらまだ定まってない性格を固定化するのはやめて!

 残りの成長値が200になったとは言え、性格設定だけで100以上消費する気は無いんだから。


「では仕方ないですね。リンダさん、極上の逸品をお出ししてあげましょうか」

「ちゃんとクレジット貰うんだよ?」

「そりゃクレジットくらいは払いますけど、お値段はいくらなんです?」

「時価」

「なんて適当な値段の付け方してるんだろう、この人」

「人聞きの悪い人だな。違いますよ、これには正当な理由があります。良いですか? うちのリンダさんのジョブは調理人です。作った料理にバフが乗るんです。ここまでは良いですか?」


 なるほど、そのついた効果次第で値段が様変わりすると。

 本人的には料理の値段こそ決まってるが、そこからバフがつき次第で値段が跳ね上がるのか。


「了解しました。バフ抜きの値段は?」

「豚の角煮なんで500クレジットでいいですよ」

「安っ」

「ある程度量が確保できるのと、下拵えの前段階で真空パックしてるので日持ちするのが条件で持ってきてます。なお、メニューは日替わりです。文句言わせません」

「ほら、出来たよ。バフは『視界良好』『察知』『先駆け』だ」


 当たり前の様に三つ付けてくる。流石リンダさん。

 AWOでは4〜5個は当たり前だった。その分要求金額が頭おかしかったけど、それだけの効果がつくのなら仕方ない。

 

「じゃあ、その分のバフを数値化して……しめて12000クレジットだよ」

「アホみたいに上がるなぁ。ライセンス払いで良い?」

「まいど」


 さすが寺井グループ。こんなイベント会場でもライセンスのカード払いも普通にやってのける。

 というか、町おこしで探索者を相手にするのだから普通か。

 列からはけて、点在してるベンチへと座る。


「ほらキャディ、お食べ」


 深皿に角煮を落として提供する。

 今までお肉は生肉しか食べてこなかったけど、加工食品は大丈夫かなぁ?

 問題なさそうだ。くちばしでツンツンしたらなくなっていた。

 どんな仕掛けかわからないが、卵の殻にくっつけても吸収するし考えても無駄だろう。


「ね、お爺ちゃん。キャディの食事シーン、動画にして良い? くーちゃんの参考にしたいんだ」


 孫からの真剣なまなざし。

 これを断れる男親、祖父は居ないだろう。


「良いよ。いっぱい撮ってあげなさい。隠し撮りじゃなく、許可さえ貰えば私だってキャディだって了承するのにね」

「わー、ありがとう!」


 孫はくーちゃんを抱えながら端末を画像モードに切り替えて呼びかける。


「キャディ、美味しい?」

「くわわー」

「意外と加工食品でも食べれるみたいだね?」

「くわ!」

「能力はきちんとキャディに乗った様だ。効果は1時間か。このまま帰るのは勿体無いなぁ」


 たかが角煮と思う事勿れ。探索者がバフ料理を食べて、そのまま帰れるほど懐に余裕はないのだ。


「じゃあ、ダンジョン行っちゃう? ちょうど最寄りのダンジョンの近くだし?」

「懐かしの古巣か。そう言えばここの壁は掘ってなかったなぁ」

「掘るって何?」

「採掘的な? 私の武器にスコップあるよね? あれで掘るんだ」

「壁ってスコップで掘れるんだ?」

「掘れちゃうんだなぁ、これが」

「え、見たい見たい! 行こうよ」


 という事で始まりのダンジョンへ行くことになった。

 以前の様な行列はなくなり、まばらとなっている。

 掲示板では秋人君のところが買取を取りやめたことでスライムコアに価値がなくなったと情報が飛び交っている。

 売値でしか見てないなんて嫌だねぇ。

 食べても美味しいのに。今の子は舌が肥えてるから見向きもしないんだから。


「こんにちは大判さん。今日は二名でお願いね」

「あ、笹井さん。噂は予々」

「噂される様なことなんてしてないよ?」

「その子ですよ、エッグダンジョンはうちからの紹介でしたよね?」

「ああ、そう言えば。ご紹介いただきありがとうございます。こうして私はこの子に出会えました」

「抱っこさせてもらって良いですか?」


 手をワキワキさせながらにじり寄ってくる。存外に可愛いがる性格の様だ。


「どうぞどうぞ。キャディ、抱っこさせてあげて」

「くわ」

「キャディちゃんて言うんですね。もしかして笹井さんがパタークラブを持ってることと関係してます?」

「そうだね、私と一緒に行動するから、そうつけた。この子もそうありたいと願ってさまざまな進化を遂げてるよ」

「くわー」

「よしよし。赤ちゃんみたいに元気ね」


 抱っこ慣れしてると思ったら、姉がよく実家に子供を預けにくるそうで、実家暮らしの彼女が世話をすることもあってそこで慣れたのだそうだ。

 姉妹あるあるらしい。私はそう言うの聞いたことない。だって妻は教えてくれないからね。どうせ何も出来ないでしょって言うんだ。

 全くもってその通りなので何も言い返せなかったりする。


「はふぅ、堪能しました。ありがとうございます」

「いえいえ。奇異の目で見られることも多いから、可愛がられることは大歓迎だよ」

「よかったね、キャディ」

「くわ!」

「お孫さんも卵を入手してきたんですねー」

「お爺ちゃんの見てたら、欲しくなっちゃって」

「分かります。私も今度のお休みができたらぜひお迎えしようと思うんですけど……」

「休みが取れない?」

「そうなんですよぉ〜」


 受付は大判さんと他に二人くらい常駐している。

 相変わらずダンジョン内で連絡の取り合いはできないので調査員はダンジョン内に出張りっぱなしだ。受付はここ最近それほどでもなくなってきたからと人数削減の憂き目にあって休日申請も出せないとかなんとか。

 書き入れ時あるあるだね。

 いつか暇になる時が来るとわかっていても、スタートダッシュを決めたい人も多いのだそうだ。


「私、この子が生まれたら動画撮ろうと思うんです。よかったらそれ見て癒されてください」

「え、見る見る。でもダンジョン内は無理でしょ?」

「ダンジョン外でもテイムモンスターはこのままですよ? 私もよくキャディをブラッシングしてあげてますし」

「ブラッシングする場所はあるの?」


 大判さんがじとりとした目でキャディと孫を順に見る。


「この背中の部分をブラッシングすると喜ぶんですよ。やってみてみます?」

「是非!」


 孫のバッグから出てきたブラシはまさかのキャディ用だった。

 それを受け取って大判さんがサッサッと撫でると……


「クワァ〜〜」

「ほら、このなんとも言えない鳴き声、聞こえました?」

「本当だ。気持ちよさそ〜」

「こう言うの探すのも楽しみになりますよね。でも世間じゃ……」

「転売の件? あれは残念ね。テイムモンスターだって生きてるのに、アイテムみたいに扱って。気が知れないわ」

「嘆かわしいです」

「本当にね」


 すっかり二人はテイマートークに夢中だ。

 もうダンジョンアタックって雰囲気ではない。


「大判さん、実はこの子バフアップ中でして」

「あら引き止めてごめんなさい。ついつい話し込んじゃって。美咲ちゃんもありがとね、お姉さんの愚痴に付き合ってもらっちゃって」

「いえ。テイムモンスターに理解のある人で私も話してて楽しかったですから。お爺ちゃん、キャディもごめんね?」

「気にしてないよ。バフがなくてもキャディは凄い子だから。ただせっかくもらったバフだし、使わないと勿体無いからね?」


 欽治さんにぼったくられたからね。


「12000クレジットだもんね。私だったら躊躇しちゃう」

「実は私も若干躊躇した」

「お爺ちゃんもだったんだ?」

「リンダさんの角煮なら絶品に違いないんだろうけど、12000は流石に高いよ」

「だよね〜。でもキャディが美味しそうに食べてたから、テイムモンスター用の餌としても有用かなと思ってるんだよね!」


 やっぱりこの子は見るとこ見てるよね。

 ブリーダーになろうと言うんだ。餌関連だって注視するか。


「多分餌になりうるという認識は合ってるよ。成長値が食べる前と食べた後で30は変わった」

「それって多いの?」

「朝食べさせた宝石のかけら一つで+1だ。それを30個分と思うとどうだろう?」

「結構大きいんだ?」

「第一進化に必要な成長値が50だとしたら+30は大躍進だ」

「でも好物かどうかは一緒に行動するまでわからないんでしょ?」

「そうだね、キャディはお肉が好きだったから偶然だった。変にバフがつかないならキャディのために買ってあげて良いんだろうけど……」

「あはは、でもランダさんなら今は三つでも後々四つ、五つは行くと思う」

「そこなんだよねぇ。未熟だからこその三個。だから今が一番買い時のはずなんだ」

「お婆ちゃんに作ってもらったら?」

「そうだね、一度相談してみようと思う」


 時間も押してきてるので始まりのダンジョンへと進む。

 さぁて、新しいスキルのお披露目も兼ねて、サクサクすすむぞぉ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る