第38話 エッグダンジョン⑤

 割と甘えん坊なピッキーと共に私達は三つ目の通路へと渡る。

 そこに居たのは大きな亀の甲羅。まさかのモンスターの登場だった。

 武器の封印がここにきて仇となるとは……

 まだボス部屋も先だというのに。


 しかし私の杞憂は一瞬にして晴れた。

 ピッキーが孫の手から離れると殻を捨ててその中へと入り込むではないか。

 そして一人の卵を産み落とし、ここでお別れだね、とばかりにその場からスッと消えた。


 私が卵をもらった時と同様だ。

 しかしあれが孫の相手するボスの形態か。

 防御特化とはスピードファイターとの相性最悪ではないか。

 だが孫はそれを見送ってなお、母親の目線で口を開く。

 

「あれがピッキーの最終形態なんだね、お爺ちゃん」

「そうみたいだね。すごく強そうだ。勝てる?」

「勝てるかどうかはわかんない。けど、ボスの能力が分かれば対策は立てられるでしょ?」

「それもそうだ。新しい子はどんなふうに育つんだろう?」

「そこは次の大型連休次第かなぁ?」

「そう言えば世間はそんな季節か」


 ダンジョンができてから暇人の私は付きっきりでダンジョンに篭りっぱなし。

 すっかりカレンダー通りの生活を送らなくなった。

 2年前はAWOをやってたからね。今辞めてしまったのは、前ほど夢中になれなくなったからだ。目立たなくなった、というより私の役目は終わったと、そう感じた。


 ウキウキしながら卵を持参して受付へと戻る。

 以前はボス部屋に入らないと入り口への通路が全部塞がる仕組みだったのに、今回はスムーズに返してくれた。

 やっぱりアレって卵の性格が顕著に出てるのかな?

 攻撃的な性格だと、よくもやってくれたなとばかりに探索者を閉じ込めるが。

 殻に閉じこもるタイプだと、また今度ねとばかりに帰してくれるという感じか。そこはマニュアルに捕捉してくれないと。あとで聞いてみよう。

 部屋のパターンとか生えてくる足のタイプとかの情報も居るだろうし。


「ただいま、卵は無事もらえたよ」


 受付で武器を返してもらいつつ、そのついでとばかりに用紙を差し出された。


「おかえりなさいませ、笹井様。おかえりなさる際に少しばかりアンケートにご協力くださいますか?」

「ああ、こういう形でデータ取ることにしたんだ」

「秘匿したがる人は多いみたいですが、これも安全性の為ですので」

「これは書くしかないね。ピッキーのパターンって結構珍しかったから」

「ピッキー?」

「ああ、いえ。こちらの話です。用紙を頂きましょう」


 孫と一緒に先ほどまでを思い出す様に各段階の孵化前の状況を丁寧に書き込む。生えてきた部位のパターン、取得したと思われるスキル。そして進化した先。それを詳細に書き込むにはアンケート用紙は手狭だった。


「どうしよう、お爺ちゃん書ききれないよ」

「ピッキーが結構特殊な例だったのがわかるね。そうだ、ちょうど私のメモ帳がある。こちらに補填分を書き写して提出しよう。それでどうかな?」

「ナイスアイディア! お爺ちゃん冴えてるね!」

「はっはっは」

「くわー」


 何故だかキャディも自分のことの様に喜んでるよ。

 用紙にメモを五枚ほど補填して書き込んで提出すると、受付のお姉さんはびっくりしていた。


「あれ、用紙足りなかったですか?」

「ちょっと出くわした形が特殊だったんだ。スコップ以外に今度はバケツかそういう道具の貸し出しは必要になりそうだよね」

「スコップはわかりますが、バケツとは? 少しアンケートを検分させていただきますね……おやおや、これは珍しいタイプを引いた様ですね。スライムタイプですか。確かにうちでは未発見の成長過程です。それも丁寧に書き込んでくれて、貴重なデータを頂きました」

「いいのいいの、これもテイマーとしての役目だから。それに秘匿したって自分のテイムモンスターのボスの項目が変わることはないんだから。だったら公開していろんな人から攻略アドバイス聞いた方がお得じゃない」

「あの……最後に出る大型モンスターはヤハリ?」


 受付のお姉さんが目を細めて答えを促してくる。

 確信しつつも誰かに背中を押してもらいたい、そんな表情だ。


「最後の門は今のところテイマーの資格を有したものにしか開放できないから確実に子供による親越えがテーマになってると思うよ。まだ私は最終進化をさせてないので少し先になるけど、情報非公開する人はきちんとそこのところわかってて非公開にしてるんだろうかと気になるね」

「その件について少しご相談があります」

「回転氏の件かな?」

「はい、ここでは人目がありますので控え室にどうぞ。蜂楽さん、受付代わっていただけますか?」

「はーい」


 奥からスタッフが出てくると、受付のお姉さんによって控室にて案内された。

 そこで聞かされた内容は、販売目的の為に大量の卵をゲットしたこと。それを資金稼ぎのために流出した結果、テイマーのジョブを失ってしまったこと。

 しかし卵の入手、孵化ができなくなっても試練だけは残されてしまったことを伝えられる。ただの自業自得としか言えないね。


「それで、回転氏は今?」

「必死にレベリング中です。おおよそ30体以上のボスラッシュが彼に課せられていますから」

「そりゃお母さんからしたら信じて託した卵を金儲けの商品にされたらブチ切れても仕方ないよ。君だって同じことやられたらそう思うでしょ?」

「当たり前じゃないですか! でもモンスターだからって気持ちも多少はありました。本当に、今思えば浅はかな判断でした。笹井さんの言った通り、何を焦っていたのか」


 受け付けのお姉さんは自分に置き換えて悲鳴をあげた。

 モンスターだって生きてるんだ。なのにどこか他人事の様に考えてしまうのは人間のエゴだよね。私はAWOでそれを学んだのでモンスターだからという認識はなかったよ。現にキャディは可愛いし。


「現状上司からの圧力はどうなの?」

「特にそこまででもないんです。回転さんは特に上昇志向が強くて、それが焦りに変わったみたいなんです」

「私からはまぁ頑張ってとしか言えないな。彼の卵の行方、結構気になってたのに」

「本当に、ご迷惑をおかけして……」

「私に謝られても困るよ、謝るなら卵の親御さんにきっちりと詫びるべきだ。卵の育成はテイマーにとって親御さんに認められる最初の試練。親が娘を見送る儀式と似てるんだ。私も人の親であるからこそ、そこを蔑ろにする様な人とはおつきあいさせたくないという気持ちはあるよ」

「新しくテイマーになる人にはそこもご注意させていただきます。ですのでどうかこのことはご内密に」


 なるほどね、必死なのは私の口の軽さからくる不安からか。


「それは少し私に対する認識不足だよ? 私は自分で発掘した情報は軽率にばら撒くけど、他人がバラされて困る秘密に対しては口が硬い男だ。だから安心しなさい。エッグダンジョンの秘密は君たちの共通の秘密だ。なぁ、美咲?」

「それはちょっとこの子達に対してあまりにも不誠実だと思います」


 私の促しに対し、孫は不機嫌そうに卵を抱き抱えて受付のお姉さんへジト目を送っていた。おや珍しい、この子がこんなに悪感情を誰かにぶつけるなんて。

 まぁ、一度親代わりとして育てて卵を譲られたのだ。それを売り渡すなんて行為は許せるもんじゃない。

 だからと言って言いふらす様な子でもないが、内心卵の転売してた人は軽蔑してるだろう。


「私も同じ気持ちだ。だが残念なことに私達は世界的に見ても少数派。だから私達が正しいテイムモンスターの教育者として接し方を導いていこうじゃないか」

「ブリーダーになるって事?」

「みんなが憧れる様な存在になるんだ。美咲にはまだ早いかな?」

「出来るよ! 私だって出来る。いつまでも子供のままではいられないもん!」

「ようし、お爺ちゃんも負けないぞ」

「くわ!」

「私達だって負けないよ。ね、くーちゃん?」


 まだ生まれる前だというのにもう“くーちゃん”という名前をつけた美咲。

 もちろん返事はないが、彼女なりに何かを受け取った様に笑顔を見せる。

 どの様に育てるかはすでに頭に入っている様だ。

 目指す場所があるというのは、この子にとってこれはど強いバフになるのか。

 負けてられないな。


「と、言うことだ。私と孫が皆に羨まれる探索者になることで他のテイマーたちへの見せしめとしよう。モンスターの扱い方、餌のやり方、成長指針などだ。君たちはそに情報をまとめて世間に公開する。それでどうだろう?」

「よろしいのですか? こちらの勝手な都合を押し付けてしまって」

「押し付けじゃないよ、私がやりたいからやるの。それがピッキーとの約束だもん!」

「その、ピッキーとは?」

「この子に立ちはだかるボスの名前だよ。お世話してる間に感情移入しちゃったみたいで」

「そんな方は見た事もないです」

「それが私たちとその他の大きな違いだよ。成長を楽しみにしてて。彼女、ゲームの中でアイドルしてるくらいには発信力あるから」


 ニコリと笑って控え室から退室した。

 控室の中から叫び声が聞こえたけど、きっと歓喜の声だろう。

 

 私達は自宅方面によるついでに桜町のバザーの開催地へと足を伸ばした。

 そこで卵用の抱っこ紐を購入した孫が、これでずっと一緒だねと笑っていたのが印象深かった。

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