テイマー入門

第16話 エッグダンジョン①

 若者に未来を託した翌日、最寄のダンジョンに赴くと長蛇の列。

 なんでも欽治さんが売り出す武器のために一時的に情報を開示、そして低チュートリアル中の金策として推した。

 その結果ここに人が集まった。

 他にダンジョンがあるのにおかしな事だ。


「やぁ、順調そうだね」

「あ、笹井さん。お陰様で好調ですよ。中でもやはりこちらが」

「ああ、うちの娘婿関連か」

「ですです」


 差し出された依頼書には、見知った製薬会社の名前があった。

 秋人君の会社だね。

 目を落とせば依頼内容はスライムコアの回収だ。

 欽治さんのところとは違い、永久的にではなく期間限定の依頼だ。

 だからこそ、それまでに稼ごうという魂胆が見えるのだ。


 秋人君としても割高で買い取るのはリスクがつきまとう。

 大手企業と違って資金は潤沢ではない。

 なので期間を設けての依頼だろう。


「そう言えば今手帳はお持ちですか?」

「あるよ」

「少しお貸しください」

「どうぞ」


 警察官、もといダンジョン探索支部の受付嬢として振る舞う大判巡査は事務所の奥に引っ込むと少しして戻ってきた。


「おめでとうございます。複数の貢献により、ランクアップしました」

「本当だ。青色が金色になってる。一気にこんなにいいの?」


 スライムの種類は青→赤→緑→黒→金だ。

 青から金に至るというのは免許皆伝認定されるようなものなのだ。

 まだ発足してばかりでどれを上位とするのかはわからないけど。


「それだけの功績を残した証です」

「まだ3回しかアタックしてないのに?」

「え、そうなのですか?」

「今日で4回目だよ。孫は学校、相棒は仕事に夢中。どこか行こうにもここが家から近くてね。遠出しようにも興味が湧かないんだ。どこかおすすめある?」


 長蛇の列を眺めながら、今日中に始まりのダンジョンに入れる見込みはないので管轄なら詳しいでしょと聞いてみたら。


「でしたら、攻略が進んでないこちらのお手伝いをされたらどうでしょう?」

「余所者が入って疎まれない?」

「手帳を見せたらすぐ理解してくれますよ。ゴールドグレードの手帳持ちは、そのダンジョンの最高功績者にのみ与えられます。それは我々ダンジョン探索支部で暗黙の了解」

「向こう側に見せればうまく取り持ってくれる?」

「そう通達済みです」

「ならば行ってみようかな」

「是非」


 と、いうわけで最寄りの駅から電車で二駅。

 探索者手帳は電子交通カード化してるので、功績ポイントを通貨として使えるようになっている。

 電子決済のクレジットというお題目だが、いろんなお買い物がこれ一つでできるので無くさないようにと言われたものだ。


 さて、ここかな。


「こんにちは。ここのダンジョンは入っても大丈夫ですか?」

「はーい、今行きます」


 奥で作業していた女性が駆けつけて来る。

 私の顔を見てちょっとだけ落ち込んで、すぐに表情を元に戻す。

 プロだね。でも本当のプロなら相手の年齢で態度を変えちゃダメだよ?


「本日はどう入った御用ですか?」

「ダンジョンに入りたくて。はい、手帳」

「講習は終えてるんですねって……えっゴールド!?」

「どうも、始まりのダンジョンの先駆者と呼ばれてる笹井と言うものです。地元のダンジョンは大人気なようでして。でしたらここはどうですかと助っ人に来ました」

「私ったら、見た目だけで判断してしまって!」

「仕方ないさ。ただでさえ命の保証のない場所だ。それで、モンスターの傾向はどんな感じ?」

「それにつきましては探索にあたってる調査員からお聞きください」


 と言われても案内された場所で、印籠のようにスライムのゴールドグレードを見せびらかしたらひれ伏した。

 かのご老公様のように非常に愉快だ。


「と、いうわけで数日間こちらにお世話になるつもりだけど。モンスターの傾向と対策を知りたいね」

「でしょう。モンスターは卵です」

「卵?」

「卵に足が生えて動き回ってます」


 なぁに、それ。


「エッグダンジョンと我々は呼んでいます」

「系統としてはモンスターの卵と見ていいのかな?」

「そう思っています。ただ、討伐しても壊れた卵しか入手できないのが不満でして」

「まだ他にギミックがあると?」

「そうじゃなきゃ気分が滅入る一方です」

「稼ぎがなきゃそりゃあね。じゃあ、取り敢えず行ってみようか」

「そのままで?」

「こう見えて、高レベルでね?」


 ステータスは他者から見えない。

 だから功績によってゴールドになっていようが私に対する評価は未知数だ。

 強そうには見えない。なんせゴルフバッグを背負ったお爺ちゃんだからね。


「さて、アレか」

「早速見つけたのですか?」

「レベルが高いからね。さて、どう攻めるか。防御とかは強いの?」

「打撃系にとにかく弱く……」

「壊れちゃうと?」


 調査員の回転氏曰く、このダンジョンの構造は四畳半のフィールドにポツンと置かれた卵形モンスターが居るだけ。

 他に進むべき通路もなく、ボス部屋などもない。

 モンスターはよちよちと室内を歩き回ってるようだ。

 果たしてこれはモンスターなのか? 評価が分かれるところである。


 まずは餌付けしてみる。

 スライムと違って手に触れたらほんのりと暖かい。

 手に持つと鳥のような足をバタバタさせて逃げようとして来るが、足が短いので逃げ出せない。なんか可愛いな。


 そして同時にダンジョンに出て来るからこそ敵と決めつけるのも勿体無い。

 その卵を地面に置くと、とてとて歩き出して転んでひびが入った。

 あーあ、もう。誰かが見てやらないとダメな子だなぁ。

 転んだ卵を立たせてやり、スライムドリンクをかけてやる。

 すると回復どころかパキパキと殻が割れていき……


「ピィ♪」


 卵の中から鶏の嘴と足が生えた卵が出てきた。

 何を入ってるのかわからないと思うが、私だってよくわからない。

 正直頭がどうにかなりそうだった。


「笹井さん、これは?」

「多分、これはこの子を成長させていくのがきっかけだ。ほら、奥の通路が出てきた。この子の行動範囲が広がったという意味合いだと思う」

「成長……ですか」

「倒すだけが攻略ではないのだろうね。ゲームの要素のみで見てると痛い目を見そうだ」

「はい」

「ほら、あの子が走り出したよ」

「成長を見守るダンジョンとは……」

「いいじゃない。中にはこんなダンジョンがあってもさ」

「ですね、俺たちは功績を上げることばかり気にかけてそこまで思考が回りませんでした」

「仕方ないよ。上からさっさと攻略しろって圧力かけられてるんでしょ?」

「分かります?」

「どこも同じだからね。さ、ここからは長丁場だぞ。これを飲んでリラックスしよ?」

「ご馳走になります」


 回転氏と娘を見守る父親のような気分になって、成長を続ける卵の様子を見守った。

 武器を持ってると動かなくなるので装備は置いてきた。

 ダンジョンに手ぶらなんて正気を疑うだろうけど、こんなダンジョンだ。

 通常のルールを持ち込む方がどうかしてるさ。

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