第14話 ダンジョン需要②

「さて、若者達の後押しの次は君だ」

「私、ですか?」


 喜び勇む若者達を横に置き、私は大判巡査へと向き直る。

 事前に査定してもらったスライムドリンク。

 私はこの重大な秘密を語ってないのだ。


 喉の渇きを癒す、飲んだら属性を獲得できる。

 その程度、状態異常の回復効果は伏せてある。

 伏せた理由はあまり大っぴらにできないからだ。

 そして黄色いドリンクの効能がどこまで回復するのかを見極めてない。

 それの発覚次第では需要が右肩上がりだ。


「そうさ。美咲、時間が気になるなら先に帰ってて良いよ?」

「大丈夫。ダンジョンよりは暗くならないし。星空って初めて」

「確かにね」


 VR空間は昼が長く、夜は一時的だ。

 基本的に暗くなると仕事の効率が落ちるし、学生達も夜まで活動しない。

 部活などで遅くなっても夕方を伸ばして夜を体験してない子が多い。

 第三世代で夜を体験したことがない子が多いのはこれが理由だ。


 家では常に昼間みたいなVRゲームに篭りきりだ。

 夜の体験不足、そして暗闇を占める割合の多いダンジョン。

 レベルが上がればダンジョンの視界が開けること。


 ゲーム的要素を早めるのに夢中になって段階を飛び越えるものが多いのだ。

 私はこれをどうにかしたいと思っている。


「さて、大判巡査。ここから先の話は内密にしていただきたいのだが」

「それは定期連絡にも回せぬことでしょうか?」

「回すのはまだ待っていただきたい案件だね」

「重要案件なのですね。一体どんなものが飛び出てくるのやら」

「まずはこれを一杯飲んでリラックスしてさ」


 私は例の水筒唐中のジュースを注いでカップを手渡す。


「お気遣いありがとうございます。って、あら? 残業疲れがみるみる……これは?」

「とあることを経験することで生えるスキルだ。錬金術、名前くらいは聞いたことあるよね?」

「そりゃ、ゲームくらいは嗜んでますが。ダンジョン内で獲得できるスキルなんですか?」

「大まかにはジョブの類だと思う。私は取得してないんだけどね、もしこれが需要ありそうなら、君たちのような働き者には必要だろう?」

「あると助かります。ですがその情報を秘匿した理由は?」

「秘匿するつもりはないけど、これを公開すると医療が崩壊するかもしれないからね、ちょっと慎重になっている」

「医療の崩壊、ですか?」

「うん、さっきのドリンク。素材はなんだと思う?」

「貴重な霊草の秘薬、とかでしょうか?」

「いや、これとこれ」


 取り出したのは青いスライムコアと青いスライムジュース。

 コアを指で崩してジュースに混ぜた。

 希釈する棒は箸で適当に混ぜただけ。

 それだけで疲れがスポンと抜ける薬品の出来上がりだ。


「……ッ! たったこれだけで?」

「ヤバいでしょ?」


 コクコクともげそうな程首を縦に振る大判さん。


「で、一番危険視してるのがこれ」

「こちらは危険視してすらいないと!?」


 さっき作った栄養ドリンクも、世に出せば大手企業が潰れるくらいには問題だ。でも、医療全般までは潰れない。

 問題児なのはこっちの方だ。


「そっちも出回れば問題だけど、こっちほどじゃない」

「それは一体……」

「言うなれば秘薬だ。全状態異常回復。他のジュースもそれぞれ状態異常の回復も補っている。が、こっちはこれ一本で問答無用で治る。どこからどこまでかは把握しきれてない。こんなのが明るみになったら、殺し合いが起きるよ」

「あわわわっ、大変じゃないですか!」

「だからこそ、この情報は伏せさせていただいた」

「私、聞いちゃったんですけど」

「今なら胸にしまっておける。問題はどこかの医療関係者の耳に入ることだ。大金が動く事になる。だから情報の取り扱いは慎重にね?」

「まぁ、ダンジョンで受けた状態異常に限るだけってこともあるけどね。医療が敗北してきた病気の治療ができちゃったりしたら、それこそ問題だ」

「そんなの知りたくなかったです。ああ、そんな秘密を抱えたまま業務に戻りたくない〜」

「ハッハッハ。私は君たちに情報を公開できて肩の荷が降りたよ。いやぁ、爽快だ」

「鬼! 悪魔!」

「まぁ、流石に手渡しておしまいとはいかないさ。うちの娘婿がちょうど製薬関係の仕事についていてね。一部任せてみようと思ってる」


 さっき孫を迎えに来させる体で呼んだんだよね。

 急用ができたって言ってたけど多分ダンジョン関係だ。

 ならその急用を上回る情報を回せば明日を運ばざるを得ないもんね。


「お義父さん!」

「お父さん、こっちこっち!」

「やあ、秋人君」

「ダンジョン探索は如何でしたか?」

「その前に、こちら大判巡査。ちょっと困った事になってね。秋人君の力が必要になって呼ばせてもらったんだ」

「はい? 僕は美咲とのダンジョン探索が終わったと言うから迎えに来たんですが」


 大判巡査がこちらをジッと見る。

 内訳を聞かせてないのかと言う呆れ顔だ。

 なんでどこの誰かが聞いてるかもしれないコールでそんな内緒話できると思うんだろうね。


「それは建前だよ。本題はこっち」


 瓶に入ったスライムジュースの瓶を揺らした。

 瓶の中の液体がチャポンと音をたてて揺れる。


「ポーション、ですか? ダンジョンから出土したと?」

「名称は違うけどね。似たようなもんさ」

「なるほど、効果によっては僕の商売はあがったりですね」

「そっちはね。こっちは多分門外不出の可能性がある」

「あー、またですか?」

「また、とは?」


 秋人君はAWOで私のやり口を知ってるからね。

 また何かしでかしたのか? と聞いてくる。

 大判巡査はその“また”が初めてなのである。

 いつもお世話になってるね、“また”なんだ。


「全状態異常回復ポーション!??」

「そう。その全部の意味合いがどこまで適用されるか次第で血で血を洗う争いになりかねないと思ってさ」

「これ、数は確保できるんですか?」

「美咲は入手できるよ。でも、レベルは10を超えてしまった」

「チュートリアルは解けたと?」

「うん、これからはモンスターから率先的に狙われる。私はね、今回の探索で気づいたんだ。チュートリアル中の探索者は、モンスターからヘイトを取らない」

「あー、即死しない以外のメリットが見えてきましたか。じゃあ、お願いするのは難しいか」

「大丈夫だよ。武器グレード上げたもん! 余裕だよ!」


 秋人君の懸念に孫は大丈夫だよと笑顔を見せるが、心配してるのはそこじゃない。

 信頼を裏切らないようにと頑張りすぎて早死にするのを受け入れられない親心の方だ。彼女はまだ子供だからそこまで思い至れなくても仕方ないが、やる気を見せてるのがなんとも歯がゆいのだろうね。

 これがゲームなら良かった。

 現実だから一歩が踏み出せないのだ。


「まぁそこは私もついてるから」

「お義父さんと一緒なら、まあ」

「ではこの件は?」

「僕の会社で引き受けますよ。こちら、名刺です」

「やや、これはご丁寧に……って、んん!!?」

「何か?」

「あ、いえ。随分と大きな社名が見えたのでびっくりしてしまいまして」

「まだまだ中小企業ですよ。上には上がいますからね」

「たまには下も見たほうがいいよ。上は遥か遠く、積み上げた高みも満更じゃないくらいの功績だ。君は立派だよ、秋人君」

「お義父さんに言われたらそんな気がしてきますね」

「君は謙虚だから。まぁ、あんまり早急に情報出さなくていいから。あとついでにこれね?」

「ああ、新ジョブじょうほ……なんですかこれ!?」


 ついでに他のスライムジュースと合成させたアイテムの合成結果を合わせたアイテム情報を記載したメモを手渡した。


「大丈夫、君ならできるよ。応援してる!」


 肩ポンしながらウインクしてやると、今日一の叫び声が周囲にこだました。

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