第5話 名前で呼んで

午後の授業が終わり放課後になると、俺はいつものように帰る準備を始める。

凪咲は昨日は部活が忙しかったらしく見かけなかった。


準備を終え、階段を駆け下りて靴箱へと向かう。

靴を取り玄関を出ようとすると、階段にもたれて立っている凪咲を見つけた。


どうやら俺を待っていたらしい。

おう、と声をかけ二人で学校を出る。黙って歩いていると凪咲の方から口を開いた。


「で、昨日はどうだったの葵」

「その話か」

「そりゃ気になるじゃん。それで?凪咲お姉さんに言ってみなさい!」

「告白されて、振った」

「ありゃ、やっぱ断ったんだ~。相手は誰か聞いてもいい?」

「桜木楓」

「ちょっと待って、桜木ちゃんに告白されたの!?あの子雑誌のモデルもやってるんだよ!?そんなすぐ断らなくてもいいじゃん」

「モデルなら河合もやってたぞ」

「まあそうだけど・・・とにかく!友達から始めようとかもあるでしょ!」

「はっきりしろって言ったのはお前だろ。それに、付き合う気も無いのに友達になる必要がない」

「まったく・・・”恋愛恐怖症”はまだまだ治ってなさそうだね」


俺は凪咲の言葉に答えず黙って歩道を歩き続ける。


人を好きになることはその人を信じることだ。

報われるとは限らないし、裏切られても文句は言えない。


本当に”恋愛”ができるのは傷つく覚悟がある奴だけだ。

そんな事を考えていると、凪咲が黙ったままの空気を切り替えようと別の話題を振ってきた。


「まあ、ちゃんと断ったのは偉かったね。所でさ、葵」

「何だよ」

「恋愛の前に、葵にはもっと人と話す機会が必要だと思うんだ。だから私考えたんだけど、一緒に」

「行かない」

「まだ何も言ってないよ!?」

「どうせ放課後に友達とカラオケ行くとかそんなんだろ。下らない奴らに時間使う位なら帰って漫画読むわ」

「う~ん、そういうのとはちょっと違うかな。もうすぐ一年が終わるから、みんなで打ち上げしよ~ってやつ。グループLINEで話してたじゃん!」

「グループLINEとかとっくの昔に削除したんだが」

「卒アルの写真送りつけるとか言ってたくせに・・・相談乗ってあげたでしょ、それの代わりだと思ってさ~」

「む」


そこを突かれると痛い。確かに凪咲は俺に”貸し”がある。

俺はしばらく悩んだ後、渋々凪咲の誘いを受け入れた。


「はぁ・・・・行けばいいんだろ」

「ほんと?ありがと!こういう所でちゃんとOKしてくれるのが葵らしいよね~」

「うるさい」

「あはは、褒めてるんだよ。じゃあ明日の五時半に、学校の近くのサイゼで集合だから」

「わかったわかった。一応後でLINEでもう一回送ってくれ」

「りょーかい!逃げるんじゃないぞ~?」


そう言って凪咲は俺の背中をばしばし叩く。今日はかなり上機嫌だ。

ま、適当になんか食ってスマホ触っときゃ終わるだろ。


俺は凪咲の笑顔を見ながら、そんな事を思っていた。

明日の俺がどんな目に遭うかも知らずに――――――――――――


――――――


「お待たせいたしました。ミラノ風ドリアとマルゲリータです」


店員の声に気づいて、スマホから目を離す。

周りのクラスメート達が運ばれてきた料理に歓声を上げた。


昨日誘われた通りに俺はサイゼリアに行き、同級生たちと席に着いた。

適当に何か食べて帰る、そのつもりだったのだが・・・


辺りを見渡してみると、俺の左隣には凪咲、目の前には河合、そしてその隣に桜木が座っていた。何というか、俺はつくづく運がないと感じる。


どうするんだよこれ、地獄みたいな空気になるぞ・・・

そう目で凪咲に訴えかけると、凪咲は引きつった笑顔を浮かべて河合に話しかける。


「その~河合ちゃんは好きな曲とかあるの?」


凪咲の言葉を聞いて、俺は背筋が寒くなった。


おいやめろ凪咲、その話題はまずい・・・

そんな俺の不安にも気付かず、河合は天使のような笑顔を浮かべて凪咲の質問に答える。


「そうだね、最近聞いてるのは藤井風とか、椎名林檎とかかな」

「すご、めちゃくちゃお洒落だ・・・そーゆーのってどこで探してるの?」

「普通にYouTubeとか、後は、」

「あとは?」

「彼氏からとか、だね」

「そ、そーなんだ。センスいいね・・・」


凪咲はさっきよりももっと引きつった笑顔で別の話を始める。

予想通り、俺の不安は見事に的中した。


テーブルにある料理を適当に食べながら、二人で共有のプレイリストを作った事を思い出す。

藤井風も、椎名林檎も、最初にプレイリストに入れたのは確か俺だった。


「あれ、葵どこ行くの?」

「ちょっと飲み物取ってくるわ」


そう答え、俺はフォークを皿の上に置いて席を立つ。

ドリンクバーに着いて、グラスを取って適当にボタンを押した。


グラスに飲み物が注がれるのをぼーっと見ていると、横から誰かが入ってくる。

そばに目を向けると、河合がグラスをドリンクサーバーに入れる所だった。


おもむろに、河合が話しかけてくる。


「葵、ドリンクバーって色々混ぜたくならない?」

「・・・それは昔試したろ。あと名前で呼ぶな、

「ふふ、よくやったよね。アイスティーとオレンジジュースとか、コーヒーとウーロン茶とか」

「コーヒーとウーロン茶は最悪だった・・・もう思い出したくない」

「結局私が最後まで飲んだじゃん、責任取ってよね」

「はいはい、わかったよ。それじゃもう行くわ」


俺はコーラが注がれたグラスを取って、席へと戻ろうとする。


「ねえ葵、もう名前で呼んでくれないの?」

「もう終わった事だろ、河合」

「凪咲ちゃんは呼んでるのに?」

「・・・あいつは幼馴染だからだ」

「じゃあ、桜木さんは?」

「・・・っ」


その言葉に俺は振り返る。

河合の瞳は会った時と同じように澄んでいて、口元はかすかに笑っていた。


「桜木は・・・関係ない」


そう答えて急いで席へと向かう。

凪咲に迎えられてシートに座っても、何故か動悸が止まらない。


焦りをごまかすように、俺はコーラを一口飲んだ。


――――――

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