第4話 君の素敵な所

――――――


思い出した。何もかも、全部。


「去年本屋で会った、桜木?」

「やっと思い出してくれた・・・これで気づかなかったら諦めようと思ってたんだからね?」

「すまん。本当に、すっかり忘れてた」


見覚えがあったのも、なぜ桜木が俺のコーヒーの好みを知っているかも全て納得がいく。もっとも俺は桜木の事をさっぱり覚えていなかったんだが。


「それで、思い出した上で何で俺が好きなんだよ」

「そうだね~普通、すぐに女の子を助けられる男の子なんてめったにいないと思うんだけど」

「あんなの誰でもできるだろ」

はできないよ。私は橘君が本当は優しい人だってこと、ちゃんと分かってる」


そう言って桜木はゆっくりと近づき、上目づかいで俺の顔を覗き込んでくる。

髪を耳にかけるその仕草に、思わず顔を背けた。


何こいつ。俺のこと好きだって思うと、めっちゃ可愛く見えるんだけど。

そんな事を考える俺に桜木はまた話しかけてくる。


「声かけられなくて一年経っちゃったけど、やっぱり私は君が好き。ずっとそばにい

てほしい」

「・・・何で俺なんだよ」

「橘君だからだよ。今は心を閉ざしてるのかもしれないけど、私は君の素敵な所を知ってる」

「・・・・」


気を抜くと、甘い言葉に誘惑されそうになる自分がいる。

俺は逃げ出すように桜木から離れた。


「桜木。俺はもう河合とは別れてる」

「じゃあ、」

「でも、お前とは付き合えない。俺はもう誰とも”恋愛”をしたくない。だから、」

「・・・・」

「・・・・・悪い」


そう桜木に告げて四階へ続くドアへと走り去る。

そういえば河合に告白したのも屋上だったと、俺は今更思い出した。


――――――


次の日の昼休み、俺は屋上にて一人で弁当を食べていた。

フェンスの隣に置いてあるベンチには穏やかな風が吹き、ついつい眠気を誘う。


黙々と箸を動かしていると、隣から声が聞こえた。


「私も一緒に食べていい?」


顔を上げると桜木が弁当を持って立っている。

スカートが風になびいてひらひらと揺れていた。


「別にいいけど」

「ありがと」


そう言って桜木は俺が座っているベンチの端にスカートを押さえて座る。

小さいベンチなので、二人で座ると肩と肩が触れそうになった。


「教室で食べなくていいのか?」

「う~ん、でも今日は橘君と食べたかったからね」

「俺と食っても何も楽しくないぞ」

「そんなことないよ。君が食べてる所、可愛いし」


そう言って桜木も弁当を開いて食べ始める。

ちらりと中身を見てみると、大きめのから揚げがいくつか入っていた。


意外と肉食系なのか・・・

そう思っていると、俺の視線に気づいたのか桜木は顔を真っ赤にして言い訳してくる。


「いや、いつもお肉ばっかりじゃないから!今日だけだからね!?」

「何も言ってねえよ・・・」

「でも冷凍のから揚げも美味しいんだよ?私が揚げたのよりちゃんとしてるかも」

「ほーん、そっちの卵焼きは自分で作ったのか?」

「うん。卵焼きは結構自信あるよ。はい、口開いて」

「は?」


ぽかんと開いた俺の口に桜木は卵焼きを箸で放り込んだ。

俺はそのまま喋るわけにもいかないので、黙って卵焼きを食べる。


「あ、思ったよりも旨い」

「思ったよりとは失礼な」

「すまん、口が滑った。いつも自分で作ってるのか?」

「お母さんが仕事で忙しいからね。どうしたの、私に興味でも出てきた?」

「いやちょっと気になっただけだ」

「つれないな~橘君は」


そう言って桜木は俺の肩にもたれかかってくる。

肩を通して、桜木の体温が俺にまで伝わってきた。


「やめろ桜木、鬱陶しい」

「別にもう別れたんだからいいでしょ」

「はあ・・・いいから肉を食え肉を」

「・・・・・橘君はさ、」

「ああ」

「なんで河合さんと別れたの?」


別れた理由。俺はそれを凪咲にも話していない。

なのに、桜木の前だと口が少しゆるんだ。ほんの少しだけ。


「浮気されたんだよ。それで、別れた」

「そっか・・・辛かった?」

「もう気にしてないし、忘れた。・・・食い終わったから俺は行くぞ」


俺は強引に話を切り上げ、弁当を閉じて立ち上がった。

帰り際に桜木が声をかけてくる。


「橘君」

「何だよ」

「葵って呼んでもいい?」

「勝手にしてくれ」

「じゃあこれからもよろしくね、葵」

「ああ」


そう言い残し俺は自分の教室へと向かう。

昼休みが終わるまであと五分。


階段を降りながら、桜木の”辛かったね”という言葉がやけに耳に残った。


――――――








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