第3話 夫婦みたい

――――――


今から一年前、高校に入る前の春休み。

受験を終えた俺は、することもなくショッピングモールをうろついていた。


服屋の隣にある書店に入り、新刊の小説をぱらぱらとめくる。

ふと顔を上げると、好きな作家の新作が山積みになっているのが目に入った。


読んでいた本を置いて、遠くのブースのほうへ向かう。

近づいていくと一人の女が熱心に本を立ち読みしていた。

よほど集中しているのか、こちらには全く気付く様子もない。


俺は女とブースを挟んで対角線向かいに立ち、本を手に取った。

発売前から話題になっていた作品だけあってなかなか面白い。

気づくと俺も熱中して読みふけっていた。


しばらく読んでいると、だんだんと立ちっぱなしの足が痛くなっていく。


分厚いし、買って家で読むか・・・


そう思い本をぱたんと閉じると、向かいにいる女の少し後ろに何やら挙動の怪しい男が歩き回っているのを見つけた。


その男は何も読まず、深めに帽子をかぶり大きなショルダーバックをぶらさげ、こちらのブースの隣の棚をうろついている。


立ち読みしている女はやはり男には気付いていなかった。

真っ白な短いスカートに、黒いジャケットを羽織っている。


男はぎらぎらとした目つきで足を進め、女の背後に立ち止まる。

俺はそれを少しだけ観察してをした。


短く息を吐き、足早に男に詰め寄って腕をひっつかむ。

男はあからさまにぎくりと固まった。これで確定だ。


「おい、おっさん」

「??は?なんだよ」

「そのバック開けてみろ」

「なんだよガキ、勝手に触るn」


俺は返事を聞かず、間髪入れずにバックを開く。

そこには小型のビデオカメラが入っていた。


気づくとすぐそばにいた女もぽかんと口を開け固まっている。


「おっさん、あんたこの子盗撮してたろ」

「!!?は、意味わかんねえ」

「妹がやられたことあるから分かるんだよ。いい年して情けねえことすんな」

「しょ、証拠が無いだろ」

「じゃあレジまで行ってカメラのデータ確認してみるか?」

「ぐっ・・・」


男は自分の劣勢を悟ると醜く顔を歪める。

そして次の瞬間、俺の手を振り払って後ろに向かって走り出した。


「させるかよ、おっさん」


俺は呆れながら、よたよたと走る男の股間に蹴りを入れる。

よっぽど深く入ったのか地面にのたうち回る男を見下ろしていると、ふと誰かが肩を叩いた。振り向くと、それは痴漢に遭いかけていた女だった。


「あの、ありがとうございます」

「気を付けたほうがいいすよ、前に妹がやられたのもここの本屋なんで」


言いながら男の肩に手を回す。

うめく男を立ち上がらせて、店員の元に引きずっていく。


レジに男とバックを引き渡して、30分ほどの事情聴取を受けるとようやく解放された。


カウンターを出て伸びをしていると、隣にいた女が声をかけてくる。


「改めて、さっきは本当にありがとうございました」

「いや、いいよ全然。次から気を付けて」

「それで、その~よければでいいんですけど、一緒に何か飲んでいきませんか?お礼もかねて」

「は?」


そして彼女は照れくさそうに、書店に併設されているカフェの看板を指さした。


――――――


見知らぬ女の誘いを受け入れるとは、どうやら俺も大概興奮していたらしい。


彼女の頑なさに押し切られ、俺は気づけばカフェの中に入っていた。

俺はブラックコーヒー、彼女はフラペチーノを頼み、外に面したテラス席に並んで座る。座って早々向こうから話しかけられた。


「あの、高校生ですか?」

「違うよ、中学出たばっかり」

「じゃあ私と一緒ですね・・・敬語、無くしていい?」

「別にいいけど」

「さっきカウンターで聞こえたんだけど、橘君で合ってるよね」

「ああ。そっちは、桜木?」

「そそ。桜木楓。高校は決まった?」

「おととい受かった。家から近くの、A高ってとこ」

「あ、それなら私と一緒じゃん!これからよろしく~」


そう言って桜木は手のひらを差し出してくる。


距離詰めるの早いな、こいつ。

俺はそう思いながら片手を差し出し、軽く握手をした。


それから俺たちはとりとめもなく色々なことを話した。

趣味や好きなコーヒーの銘柄や、さっき読んでいた本の話。

特に中学まで俺がバスケ部だったと知ると、桜木は信じられないという顔をした。


「え、橘君ってほんとにバスケ部だったの!?」

「友達に勧誘されて無理やり入っただけなんだが」

「全然見えないな~。もっと根暗な方かと思ってた」

「おい、聞き捨てならないな」

「だって目が死にかけてるじゃん」

「バスケしたって目が明るくはならねえよ。それに、ケガしたしもうやめた」


そう言って俺は足の靭帯のあたりを指でトントンとつつく。

桜木はそれを見て、すぐに笑い顔を引っ込めた。


「そっか・・・・嫌な話題だったね。ごめん」

「別に気にしてない」


桜木はそう言っても申し訳なさそうな顔をして押し黙る。

おかげで気まずい空気になってしまった。


何か話題を探そうと窓の外をぼーっと見ていると、外のベンチに一人で座っている女の子を見つけた。

幼稚園生くらいのその子は、よく見ると手で顔を覆って泣きじゃくっている。


「悪い桜木、ちょっと待っててくれ」

「え?」


俺は言い終わらずにカフェの扉を開き、ベンチに向かって走り出していた。

女の子の近くに来て、しゃがんで目線を合わせる。


「大丈夫か?」

「・・・・っ・・」


声をかけてもその子はなかなか泣き止まない。

むしろ、見知らぬ男が話しかけてきたせいで前よりも泣き声が激しくなった気がする。


慌てて来たけどどうすればいいんだよ、これ・・・・

困りながら頭をかいていると、後ろから息せききって桜木が駆け寄ってきた。


桜木は立ち止まり、両手で膝をつく。

走ってきたせいか息がまだ荒い。


「急に・・・どこ行くかと思ったら・・・」

「ちょ、おい、会計は?」

「・・・払ってきた」

「悪かった。後で領収書見せてくれ」

「別に・・いい・・」


話しているうちに段々と落ち着いてきたのか、桜木は笑顔を作って女の子に話しかける。


「もう大丈夫だよ、お姉ちゃんたちがいるからね」


女の子がその言葉を聞くと、泣き声のボリュームが若干下がった。

どうやらひとまず落ち着いたようだ。


すると、女の子をあやしていた桜木が笑って俺の方を振り向く。


「その死んでる目をどうにかしないと、女の子に泣かれちゃうよ?」

「ほっとけ」


それを聞いて、桜木はまたくすりと笑った。


――――――


子供を迷子センターに送り届け30分ほど待っていると親が現れた。

やはり女の子も不安だったのか、両親を見つけるとすぐに抱きつき泣き始める。


俺と桜木は二人で並んで、その様子を微笑ましく見ていた。


「急に走るから、ほんとにびっくりしたんだよ?」

「いや、悪かったって。気が付いたら勝手に走ってた」

「デートだったらゼロ点」

「多分一生しねえよ」

「まあ、結構かっこよかったけどね」

「そりゃどうも」


くだらない話をしていると、女の子が帰り際に駆け寄ってきた。

桜木は微笑んで、その子の頭を軽くなでる。


「もう迷子になっちゃダメだよ?」

「うん!お姉ちゃんと、お兄ちゃんもありがと」


そしてその子はこう言った気がする。


「二人とも、”夫婦”みたいだったよ!」


桜木はその言葉に笑って、そして髪を撫でつけながら恥ずかしそうに俺の方を見た。

それを見て、俺も軽く笑って女の子を送り出す。


「さ、変なこと言ってないでお母さんのところ行ってこい」

「じゃあね、ありがと~!」


女の子が走り去っていくのを見守っていると、桜木が話しかけてくる。


「一緒のクラスになったらよろしくね」

「おう。まあでも俺ほとんど人の名前覚えてないから多分忘れてる」

「うわ~最低。マイナス100点だ」

「そのカウントまだ生きてたのかよ・・・」

「もちろん。私、人を見る目は厳しいから」

「辛い高校生活になりそうだな」

「あはは、そうかもね。・・・・それじゃ、高校で」


そして、桜木は握りこぶしを俺の目の前に掲げる。


「そうだな、高校で」


俺は短く笑って、握りこぶしをぶつけた。


――――――


たくさんの応援ありがとうございます!


大学の履修登録がめちゃくちゃ忙しいので3/29の更新はお休みさせていただきます🙇‍♀️


これからも読んでくださると嬉しいです!
















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