第2話 人を好きになる理由
「まさか葵にラブレターとはね~」
「うるさいぞ、凪咲」
「別にいいじゃん、今時あんな手紙書く子めったにいないよ?」
「まあ確かにそれはあまり見ないよな。普通はLINEとかじゃないか?」
「そうだね~でも手紙ってなんかわくわくしない?」
今日の放課後、靴箱から手紙を見つけた俺は凪咲と一緒に帰り道を歩いていた。
幼馴染と言うだけあって、凪咲の家と俺の家は両隣にある。といっても最近はほとんど話してなかったので、高校に入ってから凪咲と一緒に帰るのは初めてだった。
日が暮れるには少し早い街を眺めながら、ゆっくりと坂を下っていく。
頬に当たる風が心地いい。横を見ると、凪咲もくすぐったそうに髪の毛を触っていた。
「それで、どうするの。葵?」
「どうするのって、そもそもあれは愛の告白なのか?俺はクラスメートには彼女持ちと思われてるんだぞ」
「そこが疑問なんだよね。でもあの手紙には何も書いてなかったし」
手紙を見つけた後、俺は凪咲に急かされながら靴箱の前で手紙を開けた。そこには、
”明日の放課後、屋上で待っています。”
とだけ書いてあった。小さな丸文字からおそらく女子である事は分かるが、差出人の名前も、具体的な日時も書かれていない。
「もしかすると果たし状かもな」
「なわけないでしょ。あんなに可愛い果たし状があるか!」
「でもそれ以外に考えようがないだろ。俺を好きになる理由がわからん」
「じゃあなんで河合ちゃんと付き合ったのさ」
「それは・・・」
続きを言いかけて口ごもる。唐突に、思い出したくもない昔のことが頭をよぎった。
———君の仕草が好き。歩きながらズボンに手を入れている所も、授業中に付いてる頬杖も。恋に落ちる理由なんてそんなもんだよ———
透き通った声で、耳に囁かれた言葉。
結局今も、その”恋に落ちる理由”とやらは理解できていない。
「俺にもわからん」
「なんだそりゃ。まあとにかく、明日はちゃんとするんだよ!」
そう言って凪咲は俺の前に立ち塞がり、いたずらっぽい笑みを浮かべながらこう言った。
「はっきりしない男の子には幻滅しちゃうぞ?」
――――――
別にラブレターを貰ったからと言って何か変わるという事はなく、次の一日はあっという間に過ぎていった。
クラスメイトが騒がしく帰る中、俺はのろのろと鞄に荷物を入れる。
凪咲は教室の端でクラスメイトと何やら話をしていた。教室を出ようとする俺を見ると、にやりと笑って親指を立ててくる。
俺は呆れながら片手で挨拶をして、屋上へと向かった。
最上階に到着すると、深呼吸をしてドアを開ける。
春真っ盛りの屋上は穏やかな風が吹いていて、空は雲一つ無い快晴だった。
屋上の奥には女子が一人手を前に組んで立っている。
少しくびれがついた茶色いボブ。豊かな胸に、整った顔立ち。
よく見るとその女はなかなかの美人だった。
同じクラスでは無さそうだな・・・
クラスメイトの顔も覚えてない俺は、そんな事を考えながら慎重に声を掛ける。
「悪い。待たせたな。」
「そんなに待ってないよ。屋上にいるの、楽しいし。」
「そうか。・・・一応確認なんだが、あの手紙を書いたのはお前か?」
「うん。来てくれてありがと」
彼女は静かに立ったまま、少し笑ってそう答える。
「それで、用件は何だ」
「なんだと思う?」
「さっぱりわからないな」
「ほんとに?」
そう言いながら、俺への距離を詰めていく。人一人分ほど離れた場所で立ち止まると、彼女はゆっくりと深呼吸をした。そして、思いつめたように俺を見つめる。
「じゃあ言うね。・・・・・私と付き合ってください」
「断る」
勇気を出してくれたところで悪いが、俺はノータイムで返事をした。
彼女はしばらくわなわなと震え、涙目で不服そうに俺に文句を言う。
「いくら何でも早くない?普通後で返事とかすると思うけど」
「俺はお前の名前も知らないし、全く心当たりがない」
「楓。二組の桜木楓!」
「じゃあ次に、桜木が俺のことを好きになる理由も分からん」
「覚えてないの?まあ結構前の事だから忘れてるか・・・・」
どうやら俺と桜木は何らかの接点があるらしい。
なんとなく見覚えのある顔ではあるんだが、いまいち思い出せない。
「私は君の事よく知ってるけどね」
「自分の事はあまり話さないんだけど」
「子供と音楽が好きで、放課後になるといつもコーヒーを買ってる。好きな銘柄はブルーマウンテン」
「ちょっと待て、なんで知ってる」
「さあね~好きだから、かな?」
放課後についてはともかく、コーヒーの銘柄なんて親にも言った事が無い。
俺は話を逸らそうと、前から気になっていた疑問を口に出した。
「そもそも俺には、・・・彼女がいるんだが」
「そんな事知ってるよ。でもね、」
そう言って、桜木は俺の鼻先近くまで詰め寄った。
桜木の髪が風に揺れ、シトラスのシャンプーの香りが鼻に広がる。
赤く染まった頬の端には小さなほくろが付いていた。
いくら冴えない俺でも、ここまで近くに来られると恥ずかしくなってくる。
たじろぐ俺に、桜木はにっこりと笑ってこう答えた。
「そっちのほうが燃えるじゃん?」
「はあ?」
「それに、君がもし別れた時はすぐにくっつけるしね」
「なんでそこまで俺に執着するんだ?理由を教えてくれ」
「そうだね、」
「じゃあ、」
「”夫婦みたい”って言ったら思い出せる?」
その瞬間、バラバラになったままの記憶が一つに結び付いた。
どことなく馴染みのある髪型、薄く塗られたピンクの口紅。
あれは高校に入り、南と付き合うずっと前の事だった―――
――――
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