第13話

そんな充実した日々を送っていると、また憂鬱な夜会の話が届けられた。



あの初めての夜会の日から、祖母に勧められるまま何着か正装を仕立てている。


女性なら色々な色と形のドレスを必要とするだろうが、私は男なのでそれほどの種類は必要ないと言ったのに、貴族としてお金を使って国のお金を回すのも必要なことですと言われて、断れなかった。



今日は白い生地をベースに、水色で襟の縁に細い刺繍と、右肩からお腹にかけて蔓や葉の刺繍とオーガンジーで造られた花が付けられたジャケットに、ジャケットと同じ生地の白いパンツを合わせている。



これ、派手じゃないかな?

目立ちたくないんだけどな。



来てしまった。夜会の日が。

朝から憂鬱だった。


侯爵家の当主として、色々な貴族と関係を深めるのは必要なことなんだと、分かってはいるが、気乗りしない。



祖父母と共に馬車に乗り、会場へ向かう。

今日はコーエン卿の邸宅で開催される夜会に参加する。


到着すると、早速コーエン卿が私たちを見つけて、奥様を連れ手を振りながら歩いてきてくれた。


さすがにそこに割り込むような無作法な令嬢はいなかった。



「やあ、ウィルにフェルゼン前侯爵ご夫妻、ようこそいらっしゃいました。

来てくれて嬉しいよ。こちらは私の妻のエーデルだ。」

「ようこそいらっしゃいました。

フェルゼンご夫妻、初めましてフェルゼン侯爵、あなたのお話は主人からよく聞いておりますのよ。ふふふふ。」


にこやかに挨拶をしてくれるコーエン卿と奥様に少し緊張が和らいだ。



開催者を長く引き止めるわけにもいかないので、軽い挨拶をして離れると、ウェイターからウェルカムドリンクを受け取った。




そしてやはり、今日も来た。

令嬢がわらわらと。キツい香水を振り撒きながら、笑みを顔に張り付けて、目がギラギラしていて怖い。



寄ってくる前に、私はさっと会場の端に移動する。入り口付近で囲まれては迷惑が掛かるからな。



「お久しぶりですわ。フェルゼン侯爵様。」


知らない令嬢に声を掛けられると、私も私もとどんどん令嬢が集まってきた。

密度が凄い。入り混じった匂いも凄い。


「今日のお召し物も素敵ですわ。」

「フェルゼン侯爵様が参加されると伺いましたので、瞳の色と同じアメジスト色のネックレスをつけてみましたの。」

「まぁはしたないわ。婚約者でもない方がそのようなものを付けるなど。」

「今度私の家で開くお茶会にいらしてください。招待状をお送りしますわ。」

「あなたの家の格ではフェルゼン侯爵様をお呼びするのは失礼よ。」



私が言葉を発する隙も与えられず、令嬢たちのアピール合戦、牽制合戦が始まった。


先日陛下に注意されたため、さすがに私の身体を撫でるような者は居なかったが、腕や背中に軽い接触はあった。




はぁ・・・逃走したい。



コーエン卿が開始の挨拶をすると、ダンスの曲が流れ出す。


すると、私の手に令嬢の手がいくつも伸びてきて、掴まれる。

酒場で絡んでくる酔っ払いのがまだマシだな。




すると神はいた。


「ウィルお前も来てたのか。」


団長だった。


強面の団長が近付くと、令嬢達は手を離して一歩引いた。



「珍しいですね。王家主催の夜会でないのに参加されるなんて。」

正直助かった。ありがたい。団長は実は神かもしれない。



「ちょっといいか。」

「はい。もちろんです。」


壁際を歩いて人気がない場所に移動する。



「助かりました。ありがとうございます、団長。」

やっと息ができると、深く息を吐いて吸った。


「いや、モテる男は大変だな。」

「はぁ・・・団長、今日はどうしたんですか?団長も夜会はあまり好きじゃないと聞いてますが。」



「ダイターがウィルを心配していたから来てみただけだよ。」

陛下、団長にも呼び捨てされてるんですね。


「陛下が?」

「そう。この前の夜会で令嬢たちに集団で痴漢されたんだって?」


「痴漢・・・痴漢というのかは分かりませんが、囲まれて動けないくらいがっちり掴まれて、胸やら尻やらをベタベタ撫で回されました・・・。

それで陛下が助けてくれたんです。」



「うわーヤバいな。

それは立派な痴漢だな。今後、令嬢に囲まれたら冷気出していいぞ。俺が許可する。」

「・・・。」


あれは痴漢だったのか。



「ダイターが心配するわけだ。

今日も、変装して参加しようかなとか言ってたぞ。」


「それは不味いのでは?」

「うん、だから止めといた。で、俺が来た。」


「そうですか。ご心配お掛けしました。」



「俺じゃあ一時的に令嬢を遠ざけることはできるけど、ずっとってわけにはいかないからなぁ。

とりあえず前侯爵か、宰相のところに連れて行くか。そんでできる限り1人にならないように張り付いとけ。」

「分かりました。ありがとうございます。」



私は、周りに睨みを聞かせながら歩く団長と連れ立って、祖父の元に向かった。


団長は祖父に事情を話してくれて、祖父は自分が出来るだけ付いておこうと言ってくれた。



そして団長はそのまま会場を後にした。

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