第11話
初めての夜会が終わって、中隊長の任命式も問題なく終わった3日後、さっそくコーエン・シュテルター公爵、宰相閣下より飲みに誘われた。
社交辞令ではなかったようだ。
「やあ。さっそく誘わせてもらったよ。」
「お疲れ様です。宰相閣下。お誘いいただきありがとうございます。」
「ウィルバート君は何を飲む?」
「実は私はまだアルコールを飲んだことがなくて。」
アルコールに呑まれて宰相閣下の前で醜態を晒すのはまずい。しかし、ここでジュースなんかを頼んでもいいのかも分からない。
「じゃあ、今日は初めてだし1番よく飲まれてるエールでも飲んでみるかい?
騎士団のみんなもたぶん好きだと思うよ。」
「はい。」
「まだお酒の味を知らないないなんて、可愛いねー」
「・・・。」
酒を飲んだことがないなんて、子供だと思われただろうか。大人と付き合っていくためには酒にも詳しくならなければならないな。
今度隊員とも飲みにいって勉強しよう。
宰相閣下はエールを注文してくれて、間も無くジョッキに入ったエールが届けられた。
「エールは安くて市井でも人気だし、仕事終わりに一杯みたいな軽いノリのお酒だね。
さあ、いただこう。」
「そうなんですか。いただきます。」
ジョッキ同士を軽くぶつけて乾杯する。
「どう?いけそう?」
「はい。発泡しているんですね。」
味は無かったが、炭酸のピリピリとした舌と喉に感じる刺激が悪くないと思った。
「うん。アルコール度数が低いし水のようにゴクゴク飲むものだね。
酔いたい時にはアルコールが高いものを一気に煽ったりするけど、それは勧めないかな。」
「はい。」
「今日君を誘ったのはね、ダイターから君と話したって聞いたからなんだ。」
「夜会の日に宰相閣下と挨拶させていただいた後でお会いして、別室でお話しさせていただきました。」
宰相閣下は陛下のことを呼び捨てするほどの仲なんだな。気さくな方だったから納得できる。
陛下と話した内容というと、両親の話だろうか。
「ふふふ、相変わらずウィルバート君は硬いね。ダイターとはもっと砕けた話し方をしてるんでしょ?私にもそうしてよ。
その宰相閣下ってのも何だか壁を感じるなー」
宰相閣下は私の目をジーッと見つめる。
両親の話ではなかった。
「いえ、あの・・・。」
なんか、デジャヴ?
ジーッとジーッと見つめられる。
「・・・では、コーエン卿とお呼びしても?
私のこともウィルでいいです。」
「うん、いいよ。前侯爵にもそう呼ばれていたしね。」
コーエン卿はニコニコと嬉しそうにしている。
何だろう?こう揃いも揃って国のトップに立つ人が私のような若輩者に砕けた会話を要求するって。
敬語って何のためにあるんだっけ?
これも父ちゃんの息子であることが影響しているのだろうか。
父ちゃん、凄いな。私は中指にはめた金色の指輪を見つめた。
「何か食べるかい?お腹空いているだろ?
適当に頼んでいいかい?
苦手なものはある?」
「はい。あ、えっと、肉が・・・苦手です。」
「あ、そうなんだ。若いのに珍しいね。じゃあ野菜と魚介にしよう。」
「ありがとう。」
コーエン卿は肉が苦手な理由を深く追及することなく、料理をいくつかと、薄くスライスされて塩とオイルがかかったパンを頼んでくれた。
その後、コーエン卿はウイスキーをチビリチビリと飲んでいた。
私はずっとエールを飲み続けた。
「ダイターは、ウィルの両親のことをずっと気にしていたからね。」
「そうだったんですね。」
やはり両親の話か。
「ウィルと話せたことで、救われたと言っていたよ。」
「陛下にも伝えたんですが、両親はいつも笑顔で、幸せだったと思っています。」
これは本当にそう思っている。
「ウィルの村が襲われた時の報告書は読んだことがあるかい?」
「いえ。何かおかしいことでも?」
「ウェスリーは魔術で剣に炎を纏って戦っていたようだ。かなりの数の敵を屠った様子だったとも書かれていた。
あとリリーは、ウィルが敵に見つからないよう、床下に閉じ込めて隠蔽の魔術をかけていたそうだ。」
「・・・・。」
知らなかった。父ちゃんと母ちゃんが魔術を使えることすら知らなかった。
「ウィルの両親は、最後まで抗って戦ったんだ。君はその両親を誇りに思うといい。」
「はい。
・・・父ちゃん・・・母ちゃん・・・。」
ずっと昔に、ずっとずっと心の奥の方に閉じ込めていた、苦しいとか悲しいとか悔しいとかの感情が、ジワジワと滲み出てきたような気がした。
きっとアルコールのせいだ。
そういうことにしておこう。今はまだ。
「ウィル、目の色が戻ってしまっているよ。」
「あ、魔力操作が乱れてた。」
私は目の色を変える魔術をかけ直した。
>>>両親の墓
両親のことを改めて思い直した私は、あの時心に決めた約束通り、両親と村の人たちの墓を作るため、6歳まで暮らした村に行くことにした。
祖父母に相談したら、今を逃したからもう機会がないから着いていくと言った。
あの時壊滅した村は、朽ちた木材が僅かに散らばる草原になっていて、両親と村人の遺体の上に置いた黄色い花が一面に咲き誇っていた。
村の皆んなが埋葬されているであろう、土が盛り上がった山の横には、色褪せた木の立札が刺してあり、戦没者へ慰霊の言葉が綴られていた。
村の跡地をゆっくり歩いて回ると、あの頃、畑仕事の合間に、父ちゃんと一緒に座ってお昼を食べた大きな石を見つけた。
その石を墓石にするために木札のところまで移動させ、立札に書かれた内容を魔術で石に掘っていく。
火を焚き、祈りを捧げ、成人したことやフェルゼン侯爵家を継いだこと、騎士団中隊長になったことを報告した。
祖父母は涙を流して、墓石を撫でた。
他には何もない場所だけど、いつかまた会いに来ることを誓った。
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