第9話

会場までたどり着くと私は『仕事の話をしているから近づくなよ。』という雰囲気を醸し出しながら、団長と話をする。



「やはり結界は向かないでしょうか。」

「そうだな。結界で防ぐことはできても、周りに危害が及ぶ可能性がある。」

「では風の魔術はどうでしょう。霧散というか換気の要領で。」

「それではその場しのぎにしかならないし、散らすだけで完全に取り除くことはできないだろう。」

「そうですか。では、やはり氷の魔術で温度を下げて遠ざけるのが1番ですかね。」

「氷の魔術ねぇ、それ氷の魔術じゃなくて殺気なんじゃないか?」


「・・・そうかもしれません。軽く出ていたかも。」




令嬢たちは真剣に団長と魔術の話をしているウィルバートを見て、仕事熱心で素敵な方だわ。それに、真剣な眼差しが素敵ね。とウットリ頬を染めている者もいる。


それが令嬢たちの香水の匂い対策だとも知らずに。





そんな話をしていると、祖父が男性を1人連れて近づいてきた。


「ウィル、団長さんと難しい話をしているね。今は夜会なんだから仕事は忘れて楽しんだらどうだ?」

祖父が俺に話しかけてくる。



他に挨拶に行ってくると言って団長は離れて行った。



「??仕事の話はしていませんよ。むしろ夜会の話が中心だったかと。」



「そうか。まぁいい。ウィルに挨拶したいという人がいてね。紹介するよ。

こちらはシュテルター公爵家の当主で宰相を務めているコーエン卿だ。」

「初めましてウィルバート君。私はコーエン・シュテルターです。」


「初めまして宰相閣下。ウィルバート・フェルゼンと申します。まだ成人したての若輩者ですのでご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。」

私はきっちりと頭を下げた。



「そんなに堅苦しくしなくて大丈夫だよ。

それより、噂は聞いていますよ。大変優秀だとか。」

「いえ、とんでもございません。まだまだ勉強不足の私にとっては恐れ多い言葉でございます。」


「はっはっは

謙虚な青年だ。君の祖父にあたるのかな?前侯爵には仲良くしてもらっていてね、まぁ所謂飲み友達というやつだ。

今後は領地に引っ込むとか言うもんだからね、寂しいから誰か紹介してくれと言ったら君を紹介してくれることになったんだよ。」


「はぁ、そうですか。」

チラリと祖父を見ると微笑みながら頷いた。



「コーエン卿は気さくで頼りになる方だから、王都で何かあれば彼に相談するといい。

今後は私がすぐに駆けつけられないこともあるだろう。」

「そうだよ。成人したてで侯爵家当主と騎士団中隊長の兼任だろ?

困ったことがあればぜひ力になろう。」


祖父が領地に帰って、1人でやっていくのが少し不安だったから、凄くありがたい。



「ありがとうございます。宰相閣下にそのように言っていただけるとは、とても心強いです。

何かありましたらご相談させていただきます。」


社交辞令だとしてもありがたいな。





「お話は終わったかしら。終わったのなら、今度は私のところにウィルを貸して下さいな。」

祖母が近づいてきて、私の腕に触れた。


「ほどほどにな。」

ほどほどにとはどういう意味だろうか。祖父に聞く間も無く私は祖母に連れられて行った。




「まぁ、凛々しい立ち姿だこと。」

「これでフェルゼン侯爵家も安泰ですわね。」

「こんな立派なお孫さんがいらしたなんて知りませんでしたわ。」

そこには祖母の友人なのか、祖母と歳の近いご婦人方がテーブルを囲んでおり、私は祖母の隣の席に座らされた。



私は借りてきた猫のように大人しくご婦人方の話を聞き、時に相槌を打ったり、質問に返答したりした。

このご婦人方は、香水が控えめで、香りが混ざり合っても不快に思うほどの強い匂いは感じられなかった。



しかし、私のお相手の話になると、気分がすぐれなくなってきた。


「婚約者はいらっしゃるの?」

「世継ぎを早く夫人に見せてあげた方がいいわ。」

「私の縁戚に歳の近い令嬢がいるけどどうかしら?」

「今度会ってみない?」

などの質問を繰り返され、もうお腹いっぱいです。


のらりくらりと躱わし、明日の中隊長任命式のことなどをボーッと考えたりしていたが、心は冷める一方だった。



「じゃあもうそろそろウィルを解放してあげなくちゃ。ウィルももっと若いご令嬢方とお話をしたいでしょうし。」


祖母が質問が切れたタイミングでそう進言してくれて、やっと私は解放された。





私は酷い疲労感を感じながら席を離れ、バルコニーへ向かう。



すると間も無く、やはり令嬢に囲まれた。


「あら、フェルゼン侯爵様も夜風に当たりに?奇遇ですわね。」

「あなた、フェルゼン侯爵様をずっと狙っていたくせによくそんなセリフが言えますわね。」

「あちらに席をとっておりますの。ご一緒しませんか?」

「私、ちょっと酔ってしまいましたわ。」

などと言ってしなだれ掛かろうとする令嬢もいた。


風が通るバルコニーにも関わらず、人口密度が高いせいか香水の混ざった香りがキツい。



うぅ、まとわりつくキツい香りに頭が痛くなってきた。

団長は慣れだと言ったが、やはり私には無理そうだ。



両腕に複数の令嬢の手が絡み、どさくさに紛れて胸や背中や腹、尻なども撫でるように触られ、それも何だかゾワゾワして気持ち悪い。


なんの拷問だろうか。




逃走したい、逃走したい、逃走したい、逃走したい、逃走したい・・・





このまま冷気を放ったら、私の腕に触れている令嬢の手は凍るだろうか。


それなら軽く雷を纏って冬の静電気程度の軽い感電をさせて瞬時に離れさせるというのはどうか。

もう、怪我をさせてもいいから無理やり結界を張るか。




もう逃走することしか考えられなくなっているところに現れた救いの神。


「君たち、令嬢が人目のあるところで男性の身体にそのようにベタベタと触れるとは端ないねぇ。」

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