第8話
祖父母と一緒に馬車で夜会会場である王宮へ向かった。
馬車の中では、祖父から赤い目を見せると縁を結びたい令嬢が殺到する可能性があるため、赤い目を晒さないよう気をつけるよう言われた。
赤目はそれほどまでか。もう2年間毎日続けているので強い魔術を使う時以外は問題ないし、夜会で魔術など使うこともないだろうから大丈夫だろう。
会場には家格が低い者から入場するため、侯爵家は最後の方だ。もう大半の貴族が到着し、会場に入っているようだった。
まず侯爵家の控室として使える個室に案内され寛いでいると、城で働く使用人が呼びにきた。
家名を呼ばれて祖父母と共に会場に入ると、とても煌びやかな会場の様子が目に飛び込んできた。
キラキラ光を放つシャンデリアが天井からいくつも下がっていて、真ん中はダンス用に開けられていたが、王族が座るであろう一段高い場所のすぐ下にはオーケストラが柔らかな音楽を奏でていた。
周りにはテーブルがいくつか置かれ、椅子に座り料理を摘んでいる人もいたし、立ったままグラスを片手に談笑する人もいた。
会場を眺めていると、ウェイターが数種類の飲み物が注がれたグラスをトレーに乗せて近づいてきた。
彼が持っているトレーの上にはスパークリングワイン、白ワイン、炭酸水、ハーブウォーターがあるが、好みのものが無ければ他のものをお持ちしますと言われた。
15歳の成人からお酒を飲めるので、お酒を飲んでも問題ないが、日頃から隊員たちの酒での失敗を聞いているせいか、この場でアルコールは憚られた。
祖父母はそれぞれスパークリングワインを手にしたが、私は炭酸水を手にとった。
間も無く、オーケストラの音が止み、王族が入場した。
皆が一斉に左胸に手を置き頭を下げる。
「皆、面を上げよ。
昼間、滞りなく成人の義が行われた。
今年新たに成人となった彼らを貴族として迎え入れることができて嬉しく思う。
今日は成人となった彼らを歓迎し、おおいに楽しんでくれ。」
王の挨拶が終わると、再びオーケストラの音楽が始まった。
ダンスの曲が流れると、次々と手を取り合って会場の中心に集まっていく。
それをボーッと眺めていると、なぜか複数の令嬢がやってきた。
「フェルゼン侯爵様、よろしければ私と踊りませんか?」
「あなた、抜け駆けはよくないわ!」
「そうよ、ファーストダンスは私が!」
「あなたでは無理よ。釣り合わないわ。」
「いいえ、私こそフェルゼン侯爵様のお相手に相応しいわ。」
着飾った令嬢に囲まれ、腕やジャケットの裾など掴まれ揉みくちゃにされるし、キャーキャー甲高い声で喚かれて耳は痛いし、何よりも香水が臭い。
色々な香水のキツイ匂いが混ざり合って、倒れそうになる程臭い。
初めは戸惑っていたが、匂いに耐えられなくなると、逃走を決意。
「申し訳ありませんが、私はこれから仕事で席を外しますので、失礼します。」
少々の冷気を纏って彼女たちに告げれば、彼女たちは顔を青くして一斉に距離を取った。
私はその隙に逃走して、控室へは身体強化を使って走った。
ふぅ・・・息ができないかと思った。
バルコニーへ繋がるガラスの扉を開けて外に出ると、ジャケットを脱いで、香水の匂いが落ちるようにバサバサと振り回した。
みんな香水付け過ぎだろ。頭から被ったのかと思うほど酷かった。
無理だ。あんなの無理だ。
ダンスなんかとんでもない。密着したら秒で窒息する自信がある。
確かに侯爵夫人だった祖母も香水を付けていたが、胸元に忍ばせたハンカチに数滴落とすくらいだったし、近寄って香りがキツすぎると感じたこともない。
今日は夜会デビューの日だから、このまま帰るわけにはいかないし、もう一度会場に戻るが、令嬢たちに囲まれることを考えると憂鬱だ。
祖父は赤目を出すと令嬢に囲まれると言ったが、赤目を出していないのになぜだ?
どうしてこうなった?
冷気を出せば引くことが実証されたから、また囲まれたら冷気を纏うか、それとも薄っすら自分の体に結界を纏わせるか・・・。
しかし触れてくる令嬢がいるとなると結界に触れた令嬢が怪我をする可能性があるからダメだ。
コンコン
そんなことを考えているとドアがノックされた。
「どうぞ」
バルコニーから室内に戻り、ドアの向こうの人物にそう伝えると、まさかの騎士団長が入ってきた。
「会場から逃げたんだってな。」
面白そうに団長は言いながらソファにどかりと座った。
「えぇ、まぁ・・・。」
「それで何があった?どっかの頭の硬い爺さんに難癖でもつけられたか?」
「いえ、令嬢に囲まれまして、香水の匂いが臭くて耐えられませんでした。」
伝えながら私も団長の向かいに腰を下ろした。
ブワハハハハハハ
団長は声をあげて笑うが、私にとっては大変なことだったんだ。
「まぁ、なんだ。あれだ。慣れだ。
それにしても初っ端から囲まれたか。人気者は辛いな。」
「祖父からは赤目になれば囲まれるとは言われていたんで、赤目にならないよう気をつけていたんです。実際赤目にもなってないし。
なんでこうなったんでしょう。」
「いや、まぁ、そうか。普段周りは男だらけだしな。
赤目云々ではなくウィルの外見だな。
容姿端麗で立ち姿も凛々しく美しいとなったら、令嬢は放っておかないわな。」
ニヤニヤとこちらを見る団長。
「そうでしょうか・・・。」
「そうだろ。俺だってウィルに見つめられたらドキドキしちゃう。」
「団長、冗談はよして下さい。気持ち悪いですよ。」
想像するまでもないがゾッとした。
「冗談はさておき、若くして侯爵家当主で最年少中隊長な上、容姿もいいからな。
これから大変だぞ。
既成事実作って無茶しようとするような奴も出てくるから気を付けろよ。」
急に真剣な表情になった団長に戸惑う。
怖すぎる。これなら死と隣り合わせの戦場のがまだマシだ。
はぁ・・・
俺が深くため息気をつくと、
「会場に戻るぞ。いざ出陣!」
団長はまたふざけて言いながら立ち上がった。
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