第4話

>>>xxx女の子視点


もうダメかと思った。


邸の裏から秘密の抜け道を通って出られる森。

王都の塀を超えるのは怖いけど、叩かれたり蹴られたりして1人になりたい時、ここに来る。


今日は奥様にティーカップのソーサーを投げつけられて、頬を切った。

汚い血が着くと言って邸の外に出されたあと、頬にヒールをかけてこの森に来た。


ここではウサギやリスなどの小動物はたまに見かけるが、まさか大きな猪に遭遇するとは思わなかった。


必死に逃げても所詮は子供の足。みるみる追いついてくる猪に、もうダメだと思った。


このまま追いつかれて突き飛ばされて死んでしまうのだと思った。


真後ろまで猪が迫って、もう触れるかという瞬間、大人のものとは違う少し華奢な子供のような腕で抱き上げられ、フワッと飛んだような・・・。


次の瞬間、水の弾ける音と猪が去っていくのか、足音が遠ざかって小さくなって、やがて聞こえなくなった。



それは本当に一瞬の出来事で、何が起きたのか分からなくて、シンと静まり返った時、助かったのだと実感したら急に怖くなって全身が震えた。




抱っこされたまま、その人の服の胸元をギュッと握って、涙が出ないようぐっと我慢した。

するとその人は、抱っこしたまま、私の震えが収まるまで背中をトントンしてくれた。


震える私を叩く人はいたけど、抱っこして背中をトントンしてくれる人は初めてだった。


その人は私を抱っこしたまま木の根に座った。



「あ、」


その人が声を発する。その声は子供の高い声で、この華奢な体の人は子供だと確信した。

その人の声に視線の先を見ると、その人の手の甲が傷ついて血が滲んでた。



「ヒール」


私はその人の手の甲に自分の掌を翳し、唯一使える治癒の魔術を唱えた。



「ありがとう」

その人の優しい声がした。




お礼を言うのは私の方だ。いつまでこの人に甘えているんだ。

私は立ち上がってその人の前に立った。



「天使か妖精?」


!!!


今まで気づかなかったけど、その人は思ったより幼くて10歳くらいの少年で、ビックリするくらい綺麗な顔立ちだった。


うわー綺麗な子。サラサラなシルバーグレーの髪を肩まで伸ばし、真っ赤なルビーのような目は切れ長、艶のある唇は薄めで、少し日に焼けた肌をしていた。



「ふふふ、私は天使でも妖精でもないですよ。

それよりも、先ほどは危ないところを助けていただきありがとうございました。」


彼の天使か妖精?と言う発言がおかしくて、少し笑ってしまった。

でも、ちゃんとお礼を言って頭を下げることができた。



頭を上げると、彼は私の顔をじっと見つめてきて、恥ずかしくて顔が熱くなった。



彼の隣に座ろうとすると、私が座る場所にハンカチを敷いてくれた。


私が、この森へは1人で遊びに来たと言うと、彼は驚いていたが、あなたもそうでしょ?と言うと、それもそうか。と納得していた。



彼は連日書類仕事をやらされて、嫌になって逃げてきたのだと言う。



「あなたは期待されているのですね。それに、大切にされている。」

その歳で書類仕事を任されるなど凄い。

それはもう、文字も計算も、必要な知識もすでに習得しているということ。私のように見放されていれば、勉強をする機会もあるかどうか。


羨ましいと思いながらそう伝えると、彼は一瞬驚いた顔をして、憑き物が落ちたように何だかスッキリとした顔になった。

憂のある顔も素敵だったが、瞳に光が射すと更にキラキラと輝いて美しかった。




私は、仕事を与えられているがいつも失敗して怒られてしまうので、優秀なあなたが羨ましいと言ったら、

彼は、失敗は誰にでもあることだし、努力していれば必ず報われる日が来ると言った。




帰り道、「大人になったら俺のお嫁さんになってくれる?」

と何だか真面目に聞かれたから「はい」と返事をした。


恥ずかしくて顔を見れなかったけど、彼は手を繋いだまま私の歩幅に合わせてゆっくり進んでくれた。




彼は家まで送ると言ったけど、私は邸の正門から戻るわけにはいかない。


さすがに塀の抜け道を彼に案内するわけにもいかず、用事があると言って、繋いだ手を解いて走って逃げた。


彼の足ならすぐに追いつけただろうけど、彼は私の事情を察してくれて、追いかけてくることはなかった。






>>>ウィル視点


こんな外壁の外の森に女の子が1人で遊びに来たという発言といい、森に向かって走り去ったことといい、やはりあれは天使か妖精なのだと確信を深めた。


俺が騎士団に戻ると、赤目だから拾われたんだと話をしていた隊員に謝られて、ロルトの部屋に連れて行かれた。


「抜け出してごめんなさい。」


確かにウィルを拾ったのは赤目がきっかけだが、それはあくまできっかけで、その後のウィルの働きは戦いも書類仕事も勉強も、上司として親代わりとして評価してるし、大切に思っていると言われた。


今まで散々連れ回したが、嫌でなければ団にいて補佐として支えてほしいと。

俺は団から出ても生きていく術を知らない。団に残ってロルトを支えることに了承した。


そして、今日、森で天使か妖精の女の子に会ったと話をしたら、ロルトは温かい目で微笑んでいた。


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