第5話
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戦争に駆り出された先で、敵にやられたという村に着いた時、村は目を背けたくなるような酷い有様だった。
すぐに敵を蹴散らして夕方には敵を完全に排除して簡易本部を作ることができたが、生き残っているのはもう虫の息となった人が数人しかいなかった。
こんな辺鄙なところにある村にしては、意外と倒された敵の死体も多く、剣に炎を纏って戦ったような痕跡もあった。
他に生きている者がいないか生命反応を探ると、一軒の壊れかけた家の中、僅かに隠蔽の魔術が残っており、それに隠されるように小さな生命反応が確認できた。
自ら向かうと、隠蔽の魔術が残る床板の下に生命反応があったため、無理やり床板を剥がすと松明を翳した。
ウィルを拾った時は驚いた。
血塗れの子供が床下に寝ていたから。引き摺り出してみると、その血はその子のものではなく、怪我もなかった。
そしてその子の目を見て更に驚くことに。
魔力が非常に高いと言われる真っ赤な目をしていたからだ。
彼は両親の死体をじっと見ていたが、泣くでもなく怒るでもなく、感情を失ったように、ただただじっと見て、それは死を受け入れているように見えた。
翌朝になると、家の脇に生えている小さな花を摘んで、遺体の上に乗せていく彼の姿に胸が締め付けられた。
たった1人の生き残りだし、何より赤目は珍しい。
この子は使えると判断して、連れていくことにした。
彼は優秀だった。教えたことはすぐに理解して、再現してみせた。適応力も高く、戦場に放り込んでもすぐに戦力となった。
戦争が終わって王都に戻ると、あの辺境の村に赤目の子供がいた違和感、魔術が使われた痕跡があったことから貴族を調べ始めることにした。
平民に赤目の子が産まれることなど聞いたことがない。
だいたいが魔力が高い高位貴族に産まれるため、彼は貴族の子である可能性が高いと思われた。
彼があの村にいた理由は分からないが、親戚がいるのなら親戚の元で暮らすのが良いと思った。
隠し子だった場合、隠蔽されているだろうしなかなか特定は難しいか。
彼の縁者が特定出来ないまま3年経ったある日、ウィルが新たな魔術を作った。
目の色を変えることができる魔術だ。
急に中隊長室に訪ねてきたのは、アメジストのような紫の瞳のウィル。
「ロルト。この目どう?」
そう尋ねるウィルに、驚愕して言葉を失った。
赤目の印象が強かったせいか、ウィルは別人に見えた。
聞いてみると、昨夜完成させた魔術のようで、赤目の膨大な魔力の彼でもなかなかに魔力を消費するとか。
今のところ、別の魔術を使いながら紫の目を保つことはできないらしい。
最近図書館に通っていると思ったら、魔術の研究をしていたのか。
ウィルは赤目が目立つのが嫌だったそうだ。
そして気付いた。
ウィルの顔は誰かに似ている。
赤目の時は赤目のインパクトが強くて気づかなかったが、確かに見たことがある顔立ちをしている。
そこから思い至ったのはウェスリー・フェルゼン。
フェルゼン侯爵家の長男だった男で、エトワーレ王国学園に俺が10歳で入学した当初、生徒会長を務めていた最上級生15歳の青年。
端正な顔立ちといい、シルバーグレーの髪、目の色はアメジストを思わせる紫だった。
19歳の時にウィルが生まれたとすればおかしい話ではない。
しかしウェスリー・フェルゼンは学園卒業後、17歳の時に亡くなっているはずだ。
他に手がかりがない今、調べてみる価値はあるだろう。
それからウィルは、普段はアメジストの目で過ごすようになった。
遠征や訓練の際には赤目に戻していたが、魔術にもだいぶ慣れたとか言って、日常的に目の色を変えていた。
ウェスリーの死には不審な点があった。
王都から出た街道で、野盗に殺されたことになっているが、葬儀などは行われていないようだ。
安全とされる王都に近い街道で野盗に襲われるのも違和感がある。
当時ならあり得たのだろうか。
そして、同じ時期に、伯爵令嬢であるリリー・フランメも同じような死亡報告がされている。
フェルゼン侯爵家は国王派、フランメ伯爵家は貴族派、敵対派閥同士だった。
そして調査を進めると、ウェスリーとリリーは恋仲にあり、反対派閥同士のためかなり揉めていたようだ。
妻に、リリーと仲が良かった夫人とのお茶会に積極的に参加して探ってもらうと、そのような話が出てきた。
その夫人曰く、死亡したのは嘘で、駆け落ちして2人はどこかで幸せになっているはずと。
そんな家を捨ててでも一緒になろうと思える相手に出会えるなんて素敵よねーとウットリと語ったとの余談もあったが。
顔が似ていることからも、ウェスリーとリリーの子である可能性が高いが、決定打がない。
ウィルは赤目だし、状況証拠だけで動くのは危険だと思った。
また暗礁に乗り上げたか・・・。
そんなある日、ウィルが珍しく熱を出して寝込んだ。
「ウィル、大丈夫か?」
私は彼の寮の個室にお見舞いに向かうと、彼は魘されて汗をびっしょりかいて苦しそうだった。
身体を拭いてやるために、濡れたシャツを脱がすと、彼の首に紐でかけられた2つの指輪が目に入った。
そういえば両親の遺体から指輪をそれぞれ抜き取ってずっと付けていたな。
布で身体を拭いて、新しいシャツを着せると、指輪に手を掛けた。
ごつい金色の指輪の横には、フェルゼン侯爵家の紋章が彫られていた。
そして、赤い石のついた銀色の指輪の裏には、≪リリーに愛を捧ぐ ウェスリー≫と彫られていた。
これで確信した。やはりウィルはウェスリーとリリーの子供だったのだと。
しかし慎重に動かなければならない。
今はだいぶ落ち着いているとはいえ、侯爵家と伯爵家はそれぞれ敵対派閥。赤目の子が親族と分かればどちらも親権を主張して争いになりかねない。
フェルゼン侯爵家は今、ウィルの祖父が当主をやっている。
ウェスリーの弟が侯爵家を継いだが、先の戦争で亡くなっており、妻はいたようだが子はおらず、弟の死後は婦人の座を返して田舎の修道院へ入ったそうだ。
現時点では後継は決まっていないらしい。
人物的には正義感が強く頑固だが、真面目な人柄で、特に問題はなさそう。
フランメ伯爵家は今、リリーの兄が当主となり、妻と4人の子供がいる。
妻も子もなかなか激しい性格のようで、金遣いも見た目も派手だ。下位貴族をいじめているという話も聞く。
当主は良くも悪くも目立たない人のようで、人物的な問題は特になさそうだが、やけに金回りがいいのが怪しい。
先に侯爵家に話を持って行くか。
私はまず侯爵に手紙をしたためた。
ウェスリーの息子と思われる子供が見つかったため、話をしたいと。
そんな大事な時に、遠征の話が出た。
王都から南に馬で1時間ほど駆けたところにある街に、闇組織の拠点が確認された。
そこを壊滅させるのに私の中隊に所属する小隊と戦士の小隊が指名され、私が統括することになった。
ウィルは熱が下がったようだが、病み上がりのため置いて行く。
戻ったらウィルに両親と血縁者の話をしてやろう。
孤独でないことが分かれば少しは安心するだろう。
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