第46話 プレゼント

 高価な宝石、綺麗なドレス、どんなものだってただ願えば必ず私の物になった。少し我儘を言えば皆がいうことを聞いてくれた。だから私に手に入れられないものなんてないの。


 あぁ、でも今まで一つだけ、お姉ちゃんがどうしても譲ってくれなかったものがあったけ……? それは……


「ねぇねぇ、李音様。華のも一口あげる、あーんしてあげる〜」


 華はピンク色のマカロンを手で摘むと笑顔でそれを押し付けてきた。李音はそれを軽く手で押しのけると「もうお腹いっぱいだ」とハッキリ断った。


 当然、華は思いっきり剥れて不機嫌になった。チラリと横目で見たらまだ茹蛸のように顔を真っ赤にしている自分より優遇された女を見て酷くイラついた。


「何よ! 李音様の意地悪!」


 彼女の声がだんだんとヒステリックになっていく。このままでは昨日の二の舞になりそうだ。また怒り出した彼女が暴れてしまっては困る。李音はやれやれと思いながら立ち上がり、むくれる彼女の機嫌を取るため手を差し伸べた。


「華。一緒に出かけるぞ」


「……つまり華とデートしてくれるの?」


「デートのつもりはないが一緒に買い物に行こう。久々に帰ってきたんだ、好きなとこ連れていってやる」


 その言葉にわかりやすく華はパァッと笑顔になった。ルンルンと鼻歌さえ歌いながらご機嫌に李音の手を取り、強引に腕を掴んだ。


「華、歩きにくい」


「えへへ〜。李音様優しい〜やっぱり大好き〜」


 ほらね、やっぱりみーんな華のこと一番に可愛がってくれる。華は絶対に一番じゃなきゃダメなの。だから李音様の一番も華の方が相応しいと思うんだけどなぁ……。どうすれば李音様は華に振り向いてくれるんだろう?


 もう一度チラリと揚羽のことを盗み見た。少しはヤキモチでも焼いて自分に嫉妬している姿を期待したが全然そんなことはなかった。上の空というか自分の世界に入ったきり戻ってきてないように感じた。


(なんなの? 余裕ってわけ?)


 面白くなかった。何もかもめちゃくちゃに壊してやりたいと思った。早くこの場から立ち去りたくて強引に腕を引いた。李音も大人しく華に連れられ、そのまま部屋を後にした。その二人の様子を心配そうに薫は見送った。


(きっと気を利かせて連れ出してくれたんだわ……。早くあの子を説得して帰さないと……)


 頭の中でどうすれば華を追い払えるか、そればかりを考えていた。勿論、薫にとって華は可愛い妹であることに変わりはない。姉として慕ってくれるし、扱いにくい性格をしているが本人に悪気があるわけじゃないのもわかっている。まだ幼い彼女は自分の感情をコントロールする術を知らないだけ。こちらが大人な対応をすればいい……だけなのだが、時折薫は妹のことが恐ろしくてたまらない時がある。


 悪びれる様子もなく自分から何もかもを奪っていくあの子が悪魔に見える時があるのだ。


 そしてそれは、最終的に姉の自分だけでなく、他人さえも巻き込み、いつかその人の大切なものも平気で奪い去る時が来るのではないかと心配していた。私の妹はきっと病的な『欲しがり』だ。


 今はまだお気に入りのおもちゃを取られた子供のような心境なだけで本気で李音様に恋しているわけではない。華はただ自分にはないものに強く惹かれているだけ。何とか彼女が本気で李音様を『欲しがる』前に諦めさせなくては……。






***


「ねぇねぇ、李音様。どの色が華に似合うと思う?」


 自身のツインテールにつける髪飾り選びに華は李音の意見を求めた。


 この手の質問は本当に苦手だ。店員にでも選んでもらった方が手っ取り早いし、プロの意見の方が信頼もできるだろうに。


 そんな不満を心に抱きながら李音は華が好きそうな派手な薔薇の花飾りを指さすと「やっぱり〜」と大喜びをした。聞かなくても最初から答えが決まっていただろうに。さっきからこの花飾りだけ何度も何度も手に取っては悩んでいたのを見ていた。


「えへへー、李音様からのプレゼント」


 嬉しそうに髪飾りを合わせて鏡に映る自分をみて喜んでいた。まぁ、上機嫌だし、別にいいか。


 華は他にも気になるものが多々あるらしく右に左にと棚から棚へちょこまか動いて回っていた。その動きにいちいちついていくのも面倒だったので少し離れて様子を見守っていると、ふと視線の端で何かがキラリと光った。吸い寄せられるようにその小物を手に取ってみる。


 それはシンプルなシルバーのペアリングだった。特に高価そうな宝石がついているわけではなく、プレゼントしたとしてもあまり重くなく、気負わせずにすみそうだと思った。


(って、今は華と買い物に来てるのに一体誰にプレゼントしようと考えてるんだ)


 脳内に先程の揚羽の顔が浮かんだ。


 ……そういえば泣かせてしまったな。もっと上手く感情を隠すべきだったのに……つい驚きを隠せなくて変な顔をしてしまった。


 別に彼女の意見を拒みたかったわけではなかった。彼女も色々考えた末、一度のキスで華が認め、諦めがつくなら仕方がないと腹を決めての提案だったのだろう。


 でも命令や指示で彼女の意見や感情を殺し、無理やりするのは違うと思った。だからどうしても受け入れることができなかった。

 

「プレゼントですか?」


 リングを手に取り、しばし考え事をしながら突っ立っていると店員が話しかけてきた。


「あちらの妹さんにでしょうか? だとしたらこちらはサイズが少し大きいかもしれません」


「あ、いえ、これは別の女性にと思いまして。でも確かに指輪のプレゼントだとサイズがわからないと贈りにくいですね」


 そういえば彼女の指のサイズを知らない。恋人ではないので当然と言えば当然なのだが。


「左様でございましたか。もしよろしければこちらとセットでいかがでしょうか?」


 そう言って店員は同じシルバーのシンプルなチェーンを差し出してきた。


「こちらのチェーンに指輪を通していただくとほら、ネックレスとしてもつけることができますよ」


 なるほど、これなら例えサイズが合わなくても無駄にならなさそうだ。それにこのペアのデザインをなぜだが無性に気にいってしまった。


 別に物で釣ろうとは思ってはいないが自分が素直にいいと思ったものをプレゼントしたかった。


 不思議で皮肉なものだ。先ほどの華の質問には店員にでも任せればいいと思ったはずなのに。現に以前、揚羽と買い物に来た時だって自分で何かを選んでやろうとは思いもしなかった。


 でも今は違う。素直にピンときたこの指輪を彼女にプレゼントしたいと思った。


(喜んでもらえるだろうか……?)


 店員に頼みこれだけ個別包装にしてもらい、こっそり胸ポケットに隠し、まだまだ欲しがり続ける華の買い物にしばし付き合った。

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