第40話 亜李沙の見定め
私達四人はお迎えの車に乗り込み、パーティー会場へと移動した。
会場は高層ビルの最上階。既に多くの人が集まり賑わっていた。私は李音様に、薫さんは凪様にそれぞれエスコートされ足を踏み入れた。
「さっきは二人がいて伝えにくかったが……」
不意に声をかけられ手を引いてくれてる李音様の顔を見た。
「ドレス、よく似合っている」
「!」
「リップも似合ってる。でも、次からは二人きりの時に頼む」
またあいつらに揶揄われるのはごめんだ、と李音様は笑った。
二人きりの時、って? その言葉の意味を聞こうかと思ったけどやっぱりやめることにした。私は臆病者だ。
「あら李音。待っていたわよ」
柔らかく艶のある優しい声が耳を包み込んだ。ふと声がした方を見ると20代後半くらいに見える若い女性が私達に向かってワイングラスで乾杯の動作を見せてみると、反対の手で投げキッスを飛ばしていた。
「んーまっ!」
「……普通に恥ずかしいのでやめてください」
「あら、愛する息子への愛情表現なのに〜」
李音の冷ややかな目に、ガックリとその女性は肩を落としてみせた。そして持っていたワインをグッと喉に一気に流し込むと近くを通ったウエイターのお盆にグラスを置いて、ツカツカとヒールの音を軽快に鳴らしながら近づいてきた。
愛する息子? と言うことは……この人が李音様のお母様?
揚羽はびっくりして思わず大口を開けそうになったが、はしたないところは見せられないとぐっと思いとどまった。どこからどう見ても子持ちの婦人には見えなかった。ものすごく若いというか……これが世にいう美魔女……。
「あら、こちらの可愛らしい方は? 是非紹介して」
「こちらは揚羽さん、現在お付き合いさせて頂いている女性です」
「初めまして、揚羽と申します」
「どうも初めまして、李音の母の亜李沙です」
えー、こんな可愛い子どこで捕まえたの? とキャピキャピした声で亜李沙さんは目を輝かせた。李音様は「人聞き悪いことを言わないでください」と制した。
「じゃあ揚羽ちゃんちょっと借りるわね」
「へっ?」
亜李沙さんは私の手を掴むと、「じゃっ!」と言ってまた歩き始めた。とりあえず大人しくついていくと奥にVIPルームとかかれた部屋に通された。
「ごめんなさいね。人が多いと腹割って話すのも難しいと思って」
とりあえず座って頂戴、と背中を押され誘導されるがままに椅子に腰を下ろした。そして目の前に用意された一口サイズのケーキが入った大皿からいくつか選んで小皿に分けてくれた。
「恋バナに甘いお菓子はつきものよね?」
パチンとウィンクをしながら亜李沙もケーキを頬張った。揚羽も遠慮がちに一口ケーキを頂いた。ふわふわの生クリームと丁度良い甘さで幾つでも食べられそうだ。
「今日は来てくれてありがとう。あの子、母親の私が言うのもなんだけど、頑固で怖くて冷たいところもある天邪鬼だけれどいい子なのよ」
「はい、存じ上げております」
「そう言うのもひっくるめて李音のこと、好き?」
むぐっと頬張ったケーキが詰まりそうになった。あまりにもストレートに言葉を投げられたから受け取る準備ができていなかった。
私は自分でも顔が真っ赤に染まるのを感じた。違う、もっと平常心で相手に簡単に悟られないよう心を操らないと。きちんと先生に学んだじゃない! こういう場では駆け引きする場面が多いからむやみやたらに本音で伝えてはいけないと。
私は深呼吸を一度して、落ちついてからきちんとお返事をした。
「はい。お慕い申し上げております」
「そういう堅苦しいのは二人きりの時はなしよ。揚羽ちゃん」
んふふ、と亜李沙は色っぽく笑って見せた。
「私はね正直、息子の結婚相手とかとやかく言う母親じゃないのよ? だって周りが決めた相手とか昔ながらの政略結婚じゃないんだから」
あ、私はもちろん旦那とは恋愛結婚だからね! と笑顔で付け加えていた。
「でもね、このパーティーには揚羽ちゃんの敵が五万といるわ」
先ほどまでの明るく優しい雰囲気とは一変し、鋭い視線で射抜かれる。この目、李音様とそっくりだ。冷たい氷のような視線。思わずハッと息を呑んだ。
「例えばその敵に怖気付いて逃亡するような子は流石にお断りなのよ」
ゴクリと生唾を飲んだ。既にこれは遠回しに私は失格だと言われているのだろうか……? いや、きっと違う。この言葉の意味は……
「……お優しいんですね」
「ん?」
惚けたように亜李沙は首を傾げてみせた。そして見定めるかのように言葉を待った。
「私が傷つく前に警告してくださってるんですよね?」
「へえ」
そう捉えるんだ、とでも言いたそうに亜李沙は短い言葉と共に頷いて見せた。揚羽は凛と前を見据え、背筋を伸ばし、美しい所作を忘れずに堂々と胸を張って答えた。
「ご心配ありがとうございます。私は確かに弱くてすぐ落ちこむし、怖いとすぐ逃げ出したくもなります。でも––」
質問の答えは既に決まっていた。
「私は逃げません、何があろうとも李音様のお傍を離れるつもりはございません」
もし、今後彼がメイドとして、恋人として、私を必要としていなくても私は彼の幸せを願い、彼の手助けをしたい。それは本当の気持ちだ。もしかしたら鬱陶しがられるかも知れないけどそれでも彼の傍にいたいのだ。
パンパンパンと規則的な音が部屋中に響いた。亜李沙が両手で拍手をして見せた。にっこりと笑みを顔に貼り付けたまま、しかしまだ目は笑っていない。
「言葉だけならなんとでも言えるわ。まずはお手並み拝見ということで」
そう言って亜李沙は残りのケーキを全部平らげると、パーティーを楽しんでね、と部屋から揚羽を送り出した。
どうしよう、答えを間違ってしまっただろうか……。
亜李沙の表情を思い出し、少しだけ気持ちがブルーになったけどすぐに切り替えることにした。
ウジウジしていても仕方ないわ、まだパーティーは始まったばかり。一度失敗したくらいでめげていたら最後までもたないわ!気持ちを切り替えていくのよ!
ひとまず李音の元へ急ごうと足を動かした。
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