第39話 パーティーの準備
(華……?)
その名前はどこかで聞いたことがあったような気がした。
そういえば以前、李音様を起こしにいった時、魘されながら寝言でそんなことを言っていたような……? 薫さんやお二人の様子を見る限りあまり来るのを歓迎してるようには見えないけど……一体どんな方なのだろう?
「明日のパーティーにも来るそうです」
「まぁ、なんとなく予想はしていた。……母さんがわざわざ恋人を連れて来いと警告するわけだ」
李音は大きなため息をつき、じっと揚羽を見たが当の本人は上の空でその視線に気づかなかった。
華が……彼女が来るならやはり揚羽を巻き込むのは危険かもしれない。作戦は中止した方が……そう思い、明日一緒に行くことを断ろうとした矢先だった。
「……凪様、明日のエスコート喜んでお受けいたします」
「えっ?」
薫は意を決したように前を見据え、鋭い視線で凪を捉えた。名前を呼ばれた本人は少し驚いている様子だったがすぐに頷いて見せた。
「華が来る以上、揚羽さんを一人にさせるわけにはいきませんから」
「……どんな理由でも構わないよ。君と行けるのであれば」
凪はそっと薫の手を取り、跪くとその手に優しくキスを落とした。
「約束するよ。君の
薫は凪を見て、いくつもの感情がごちゃ混ぜになったような顔で笑った。そして珍しく李音のことをキッと睨みつけた。
「そうと決まれば明日は戦です。李音様も今更怖気付くことなどしませんよね?」
「いや、しかし……」
李音は少しだけ言葉に詰まった。薫の気持ちも痛いほどわかる。彼女は一度逃げる選択をしてしまい、その選択の結果、あんな悲惨な事故を招いたのだからもう二度と背中向けたくないという気持ちも理解できた。
しかし、面と立ち向かうのも正しい選択なのか、正直わからなかった。それほど華という女はやっかいな存在だった。
「私はもう二度と、失うなんてごめんです。その言葉の意味には李音様も揚羽さんも凪様も含まれていますからね」
***
次の日。結局あの後はすぐにお開きになってしまった。
薫は顔色が戻らず、体調もすぐれないと部屋に戻り、凪は明日の戦闘服を見直さなくちゃ! と張り切って帰っていった。李音も険しい表情のまま無言で自室に戻ったため、揚羽も自分の部屋に大人しく帰る以外選択肢がなかった。
結局、華と言う人物についてあまり情報を得られなかった。場の雰囲気的にどんな人なんですか? 何て脳天気に聞ける感じでもなかったし……。
そんなことを考えながら朝食を食べ終えた後、私は唖然とした。
「さぁ、揚羽さん。今日は磨き上げますよ」
薫が複数人の女性と共に部屋に押しかけてきたのだ。パーティーは15時から。それまでの間に髪のセットやらメイクをするとは聞いていたけど……ここまで大掛かりだとは思っても見なかった。
まずは薔薇の花びらを浮かべたお風呂で体を温めて血行を良くした後、筋肉をほぐすように極上のエステを堪能した。お肌がツルツルになったところでスキンケアをし、いざメイクを始めようとしたところに慌てて声をかけた。
「あ、もしよろしければ……これを使っていただけますか?」
私は使おうと思って鏡台に置いていた李音様から貰ったリップグロスを差し出した。もったいなくて今まで使えずにいたけど、今日みたいな特別な日にこそ使うべきよね?
「素敵なお色ですね。是非、使いましょう」
女性はにっこり微笑み、快く承諾してくれた。
しかし、お金持ちのパーティーに出席するのってこんなに入念に準備が必要だったのか。正直、甘く見ていた。メイドの私がこんな最上級の贅沢を味わえるなんてきっと最初で最後だ。非常に貴重な経験をさせてもらったなぁ、なんて考えていたら全ての支度があっという間に終わったようだった。
「とっても可愛らしいですよ」
プロの人の腕はすごいものだ。鏡に映る自分はいつもの質素で見窄らしい自分ではなく童話に出てくるお姫様みたいな自分がそこにいた。
着ていくドレスは私の瞳の色と合わせたのか鮮やかな青いドレスに金色と銀色の糸で蝶と花の刺繍が入ったドレスが部屋に届けられていた。
もしかして李音様が選んでくれたのだろうか? と一瞬思ったがすぐに首を横に振った。以前も似たような感じで洋服を買ったことがあるがその時は店員さんにお任せしていた。きっと今回もプロの人が選んだのだろう。過度な期待はしないよう肝に命じた。
「あら、可愛らしい。お姫様みたい」
先に準備が終わった薫がやってきた。その姿を見て私は思わず息を呑んだ。大袈裟かもしれないがまるで天女が舞い降りたのかと錯覚するほど美しかった。上品で大人っぽい白いドレスに包まれた薫に思わずボーッと見惚れていると目の前の天女……じゃなくて、薫さんは眩しく笑った。
「貴方達もう帰っていただいて結構よ、本当にありがとう」
その一声に女性達は後片付けを始め、あっという間に去っていってしまった。私は慌ててお手伝いをしてくれた方々に頭を下げた。女性達が去った後、時計を見て薫は「私達もそろそろ行きましょうか、下で李音様達が待ってるわ」と優雅に歩き出した。
私も着慣れないドレス姿に悪戦苦闘しながら、でも礼儀作法で習ったことを生かしながら上品に、でも急いで下におりた。
階段を降りていると玄関前にヒラヒラと手を振る凪様の姿が見えた。隣には李音様もいた。
「やぁ、待っていたよ。僕達の
「お前、なんか素直に気持ち悪いな」
「酷いなぁ、李音。
李音に皮肉を言われても、ニコニコと上機嫌そうに凪ははにかんだ。そして薫の姿を見るや否や、わかりやすいくらい顔が真っ赤になった。
「ちょっと待って、それは反則」
先ほどまで見せていた余裕が嘘のようになくなり、少年のように照れる凪を見て薫は素直に笑った。
「何言ってるんですか。凪様は本当にお世辞が上手いんだから」
「いや、お世辞じゃなくて本気なんだけど……」
ボソボソと今にも消え入りそうな声で反論したが残念ながら薫の耳には届かなかったようだ。タイミングよく李音が呆れた声で言葉を発したからだった。
「で、お前はいつまで薫の後ろに隠れてるつもりだ?」
指摘され思わずビクッと体を震わしたがどうしても恥ずかしくて前には出て行きづらかった。思わずしがみついた薫の背中から無言で顔をひょこっと出して見せたら目を丸くして驚く姿が見えた。やはり私なんかでは彼の隣に立つのは釣り合わなかっただろうか? がっかりされてなければいいけど……。
「え、可愛い。揚羽ちゃんめちゃくちゃ可愛い! 出ておいで、怖くないよほらほら」
なんだか少し犬みたいな扱いを受けている気がするが凪様が満面の笑みで「おいでおいで」をするのでもう少しだけ隠れていた体を前に出してみた。
「えー、待って。本当に可愛い、いいね、そのリップの色!」
「……!」
凪様にベタ褒めされてる中、李音様には何故か無言で睨みつけられた。が、怒っていると言うよりは頬を染め恥ずかしそうにしているように見えた気がした。そう思ったのは私だけじゃなかったのか李音様の表情を見て凪様と薫さんは顔を見合わせて笑った。
「そう言うことね。李音、プレゼントのセンスあるじゃん」
「黙っていないで少しは素直に可愛いって褒めたらどうです?」
一言も李音様から貰った、なんて言葉にしていないのに二人にはお見通しだったようで小悪魔のように揶揄った。
「お前な……。何も今日につけてこなくても」
二人に揶揄われて少しだけ機嫌悪そうにでも恥ずかしそうに李音は赤くなった顔を手で隠すように覆った。
「いえ、今日だからこそ、つけてきたんです」
だって私にとって今日は特別な日になる。
最初で最後、貴方と対等に並べる日。この日が終われば私と貴方はまたただの主従関係に戻る。今日だけは貴方の隣に特別な関係でいることを許される。
「今日はよろしくお願いします」
私は授業で習ったことを思い出しながらドレスの裾を掴み、優雅にお辞儀してみせた。
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