第38話 協力して欲しい
一ヶ月というのはあっという間に過ぎ去っていく。毎日レッスンが終わるとほぼ倒れ込むように眠っていた。自分の体力のなさを実感した。
しかし、体は段々慣れていくものである。日を増すごとに少しずつ体力がついていき、レッスンだけでなく毎日の家事業務も少しずつ復帰できるくらいの余裕は出てきた。
薫さんは無理しなくていい、気を使わずにレッスンに集中してくれて構わないといったけど、やはり私の本業はメイドのお仕事だ。いつまでも休むわけにはいかない。
もちろん、失敗は許されないからレッスンの方も手を抜くことはしなかった。最初の頃は怒られてばかりだったけど最近はレッスンの先生も見違えるほどよくなりましたよ、なーんて褒めてくれる。例えそれがお世辞だとしても、最低限なんとか形になりそうで安心していた。
いよいよ明日、本番のパーティーが開催される日だった。その前日の夜、いきなり凪様が大量の花束を持って屋敷に押しかけて来た。
「薫ちゃん! 明日は是非俺にエスコートさせてくだ––」
「丁重にお断りいたします」
凪が言葉を言い切る前に、薫は笑顔でその言葉を一刀両断した。
「パーティー自体興味がありませんのでそもそも行きませんわ」
「り〜お〜ん〜!」
凪はくーんっと子犬のような愛らしい嘘泣きで李音へ助けを求めた。李音は心底面倒くさそうにため息をつき、冷たい瞳で言葉を吐き捨てた。
「うるさい。本人の意思を尊重しろ」
「酷い! 李音は俺の味方をするべきだろっ!」
鬼! 薄情者! 血が通ってない冷血人間! 凪はまだまだ好き勝手悪口を言っていた。李音はその悪口を全てスルーしながらコーヒーを流し込んだ。
「揚羽ちゃんは俺の味方だよね? 揚羽ちゃんだって一人じゃ心細いよね? 薫ちゃんに傍にいてもらいたいよね?」
薫に笑顔で断られ、李音には冷たくあしらわれ、残る揚羽を絶対に味方につけようと怒涛の質問攻めと共に凪は素早く揚羽の両手を握り、上目遣いで懇願した。
「薫さん……本当に行かないんですか?」
恋人役では参加しないけどてっきりパーティーには一緒に行くものだと思っていた。それこそ凪が薫をパートナーとして誘いに来るのもなんとなく予想はしていた。
「えぇ、ちょっと訳がありまして社交界にはあまり参加はしたくありませんの」
「……」
薫のその言葉に李音は無言で彼女の顔を見た。きっと彼は参加したくない理由を知っているのだろう。でも何も言わないと言うことはよほどの理由なのかもしれない。
どうしよう、その理由を知らずに一緒に来て欲しいです。なんてこれ以上お願いするのは失礼だよね。
正直、心細かった。薫さんも一緒に行ってくれたらなんて心強いことだっただろう。
そう心の中で思ったことが顔に出てしまったようで薫は揚羽の顔をじっと見て少しだけ辛そうに笑った。
「……そんな顔をされると後ろ髪引かれてしまいますね」
「え! そんな顔、してましたか? ……すみません」
「謝らないでください。本当は一緒に行けたらいいのですが……私に勇気がなくて……ごめんなさい」
薫は珍しくぎこちない笑顔で笑った。流石の揚羽も今は無理矢理心配させまいと笑ってくれてるのだと察した。
「……李音。揚羽ちゃん、ちょっと借りるね」
「えっ? あ、あの」
そういえば凪様に手を握られたままだったのを思い出した。そのまま優しく右手を引っ張られ部屋の外へ連れ出された。扉を閉め、中にいる二人に話が聞こえないように部屋のすぐ側ではなく少し廊下を歩いて距離をあけた。
ある程度、距離が離れると凪はくるりと振り返り、揚羽に向き合った。そしてガシッと肩を掴むと身を少し屈めて耳元でヒソヒソと話しかけてきた。
「揚羽ちゃん。俺に協力してくれない?」
「きょ、協力ですか?」
「俺は明日、絶対薫ちゃんを誘いたい。彼女も本当はわかってると思う。前に進まなきゃって」
話が全く見えてこなかった。もしかしたら凪様も薫さんがパーティーにいきたくない理由を知ってるのだろうか?
ポカンと状況をうまく飲み込めずに口を開けている揚羽を見て、凪は自ら説明しようか否か悩みに悩んだ末、口を閉ざした。
「……俺の口からは薫ちゃんが行きたくない理由を言うことはできない。でも信じて欲しい。俺は半端な気持ちで誘ってるわけじゃないんだ。彼女の力になりたいんだ」
凪の瞳の奥に強く固い意志のようなものが垣間見えた。それは普段見せるおちゃらけたものではなく、真剣そのものだった。思わずその勢いに負け、揚羽はゆっくり首を縦に振り頷いた。
「私にできることなら……」
凪様には借りがある。この間、李音様と一緒に私を助けに来てくれたし、めちゃくちゃいい人だし、正直薫さんとお似合いだと思っていた。何かできることならしてあげたい。
凪は素直に頷いてくれた揚羽を見てパァッと笑顔になった。
「ありがとう。俺のお手伝いをしてくれる以上、俺も揚羽ちゃんの味方だよ。二人で協力し合おうね」
協力者同士の握手! そう言って凪様は手を握って勢いよくぶんぶんとふった。私はされるがまま同盟を組んでしまったようだ。
一先ず、あまり長い時間席を外すのもまずいので同盟を組んだところで私達は元の部屋へと戻った。
凪様には無理を承知でもう一度私の口から薫さんを説得してほしいと頼まれた。自分が誘うと意固地になってしまう恐れがあるからと言っていた。
「……随分遅かったな」
戻ってきた二人を見て、少しムスッとした表情で李音はソファに踏ん反り返って座っていた。
「一体何の話をしていたんだ?」
キッと李音に睨まれて思わず言葉に詰まった。すると凪はいつも通りヘラヘラした態度で李音の隣に座ると揚羽に目配せをして
「二人だけの秘密、だよね」
そう言って口元に人差し指をあて小悪魔な笑みを浮かべてみせた。
「あれ、薫ちゃんは?」
そう言われて部屋を見渡してみると、確かに先程まで座っていた薫さんの姿がどこにも見当たらなかった。李音は無言で廊下の方を指差した。
「お前らと行き違いで少し前に出ていった。電話がかかってきてな」
「電話? 一体誰から?」
「氷河家から」
その答えに凪は一瞬固まった。そしてワントーン低い声になって質問を続けた。
「……なんで?」
「さぁな。俺じゃなく直接本人を指名したところを見ると……」
丁度会話を遮るようにタイミングよくドアが開き、薫が戻ってきた。顔色は酷く青ざめている。その様子を見て凪は慌てて駆け寄り肩を抱いた。そのままフラフラと力ない足取りを支えながらソファまで誘導し座らせると頭を抱えて項垂れた。
「どうしましょう……」
その落ち込んだ様子の薫さんになんて声をかけたらいいのかわからなくて私はオロオロと狼狽えていたが二人は至って冷静だった。
まるで言葉の続きを待つみたいに。
「華が……あの子が帰ってきます」
二人は予想通りだったのか苦虫を噛み潰したような顔をした。
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