第31話 看病

 アップルパイを三人で食べた後、薫はもう大丈夫、普通に動けるわと強がっていたけどやはり足を見ると異常なほどに腫れていて痛々しかったので最終的に強引に自分の部屋で休むよう李音に命じられていた。薫は心底申し訳なさそうな顔をしていたが普段が働きすぎなのだ、この機会にゆっくり体を休めてもらいたいと思った。


 なので今日の李音の身の回りは珍しく揚羽が担当していた。コーヒーをお出ししたり、お部屋の空気の入れ替えをしたり、書類をまとめたり、他にも呼ばれたらなんでもこなした。


「なかなか板についてきたじゃないか」


 そう褒められると悪い気はしなかった。えへへと素直に喜ぶと李音もつられて小さく笑うようになっていた。


 夕方5時を過ぎた頃だった。李音の部屋にあった山のような書類の仕分けを頼まれつつ、今日の晩御飯はどうしようかと悩んでいると突然けたたましく李音のスマホが鳴った。


「凪か、どうした?」


 どうやら電話の相手は先ほど屋敷に来ていた凪のようだった。揚羽は悪いと思ったがもしかしてあの飴について何かわかったのかと思い少しだけ聞き耳を立てていた。


『さっきの飴わかったよ。もう聞いてびっくりだよ』


「なんだ」


『EDENだよ、エ・デ・ン』


「何?」


 エデン? どこかで聞いたことのあるフレーズのような気がしたけどなんだったか思い出せない……。しかし会話の様子から只事ではない雰囲気がひしひしと伝わってきた。


『まっさか得体の知れない物体がすでに加工されて飴玉に化けているなんてね、どうりで見つからないわけだ』


「つまりそれを食わせたり、溶かしたりして使うってことか?」


『そうゆうこと!』


 もー、びっくりだよー! と凪の拍子抜けた声が聞こえたのを最後に李音はスマホを手に部屋を退室したのでこれ以上話を聞くことはできなかった。一人部屋に取り残され、とりあえず言われた通り書類の山と睨めっこを続けていた。しばらくすると部屋に戻ってきた。


「悪い。これから出る」


 コート掛けから薄手のものを選び、手渡した後そういえば夕飯はどういたしますか? と聞いたところ、外で食べてくる、2人で食べていて構わないという返答だった。後、薫を頼んだ。具合が悪そうなら勝手に医者を呼んでも構わない。そう言い残して李音は急ぎ足で去っていった。ポツンと取り残され、ひとまず残りの書類を片付けてしまおうと揚羽は大急ぎで仕訳作業に取り掛かった。


 40分ほど時が過ぎようやく作業が一段落した。揚羽は様子を見に行こうと薫の自室まで足を運びノックをした。


 どうぞという返事が少し息苦しそうに聞こえた。扉を開けると薫はベッドに横たわっていた。起きあがろうとしているみたいだったが上手く力が入らないのか少しモゾモゾと動くだけだった。


 異変を感じ、すぐさま駆け寄ると薫の顔がいつもより赤みを増していた。熱があるのかと思い、コツンとおでこを合わせる。あ、この間これをしたら李音様は酷く驚いていたっけ? もしかして薫さんもびっくりさせてしまっただろうか? と熱を測り終え、顔を覗き込んでみると何が起こったの? とでも言いたそうにキョトンとした顔で見られていたがすぐにクスッと笑った。


「薫さん、熱、ありますよね?」


 正確な温度はわからないけど確実に普段より体温が高いことはわかった。薫は弱々しい声で、そこの引き出しに検温計ありますのでとっていただけますか? と指差した。改めて熱を測ってみると38度以上の熱があることがわかった。やはり昼間無理をしたせいだろうか?


「お医者様を呼びましょう」


 すぐさま医者を呼びつけ見てもらうことにした。やはり怪我からの発熱のようで二、三日は安静にして薬を飲んでいれば落ち着くとのことだった。消化の良いお粥を作り頑張って食べてもらうと汗をかいて気持ち悪そうだったので体を拭いてあげて着替えを手伝った。すると体力を使い果たしたのか疲れてすぅすぅ寝息を立てて寝てしまったのでホッとして部屋を出た。


 今日は李音もいないし一人ご飯だった。最近は人と一緒に食べることが多かったからこの寂しさも久々だなと思った。今日は疲れたので早めに寝ることにした。





***


次の日。揚羽はいつもより少しだけ早く目覚めた。李音は昨日は家に帰ってきてないみたいだった。様子が気になり、急いで薫の元へ走っていくとまだベッドの中で苦しそうに唸っている姿があった。


「お加減はいかがですか?」


 冷えたタオルで汗を拭いつつ顔色を伺う。昨日よりは大分マシだがまだ熱がありそうだった。食べられる分だけでいいですからねと粥を口に運んであげると薫はそれをパクッと口にいれ、もぐもぐしながら頷いた。


「ゆっくり休んでくださいね。何かあったら呼んでください」


「あり、がとう」


 薫はそう呟くとまた目を閉じて眠ったようだった。一安心して部屋を出てキッチンへと戻った。


「あれ、小麦粉がもうない」


 ふと片付け作業していると小麦粉が切れていることに気づく。そういえばアップルパイの練習で私がほぼ使ってしまったのだった。


「後で買い出しに行った方が良さそうね」


 私はとりあえず鍋に残ったお粥を腹にいれ、同じものが続くと飽きるだろうからお昼は消化の良さそうなうどんにしようかなぁと思いながら後片付けをした。


 そして今日も一人で午前中の仕事をこなしたらあっという間にお昼になった。私は昼食を作り、薫さんの部屋に運んだ。朝よりは顔色が良くなっていて熱は下がったようだった。しかし油断は禁物である。


「お願いしますから今日一日は安静にしててください!」


 鼻息荒く絶対安静を命ずると薫はあらあらと小さく笑った。


「あ、そうだ。小麦粉を切らしてしまって外に買いに出ようと思うんですが何か食べたい果物とかありますか?」


 林檎もこの間箱で買ってきたが同じくアップルパイを焼く練習材料として消費してしまったので今屋敷にあるフルーツは缶詰がほとんどだった。どうせ外に出るなら生の果物を買ってきてあげたかった。


「そうですね……。それではお言葉に甘えて苺が食べたいです」


 お金はキッチンにある財布を持っていてくださって構いませんのでと言われたので食器を下げ片付けた後、準備をして屋敷をすぐ後にした。

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