第28話 料理

 朝食の時に薫の助け舟もあり、なんとか自然に色々お話ができた。だが返ってきた答えは至ってシンプルだった。好きなもの嫌いなもの特になし。それって聞いた意味があまりなかったとも言える。


 私は食べ終えた食器を洗いながらどうしようとため息を一つついた。薫はあらあらと困ったように笑った。


「李音様ったら女の子にこんな顔させちゃって罪な方ですね」


 それじゃあ内緒ですよ? と薫は優しく耳打ちをしてくれた。


「あんなこと言ってましたけど本当はアップルパイがお好きなんです」


「む、難しそう……。私、お菓子作りって、あんまりしたことなくて……」


 昔から自分にとってお菓子は高級品すぎてあまり口にできないイメージだった。ましてやカビたパンで腹を膨らますことだってあったのに甘味ものなどあまり見かけたこともなければ食べたこともなく、手作りしようにもレシピも形もわからない。


「あら。薫がついていますわ! 丁度李音様、今日から仕事で三日ほど屋敷を空けるそうよ。その間に一緒に練習してみましょう」


 パチンっと魅力的なウィンクを一つくれた。とっても心強い味方だ! 揚羽は嬉しくなって思わず薫に抱きついてありがとうございます! とお礼を言った。薫も嬉しそうに揚羽のことをギュッと抱きしめた。とても仲のいい姉妹のように二人はすっかり打ち解けていた。


 お昼すぎに李音様を仕事へ見送った後、早速薫さんとのお菓子作りの特訓が始まった。


「お菓子作りはきちんと分量を計ることが大切です」


 しっかり丁寧にそしてわかりやすく薫は教えてくれた。でも粉がダマになったり、火加減が少し足りなかったり反対に強すぎたり……なかなか最初は上手くいかなかった。


 初めてできたのは少し黒焦げの塊だった。料理は少しはできる方かなと思っていたけどどうやらお菓子作りの才能はないみたい……。


 薫さんと一緒に三時のおやつとして初めて作ったアップルパイらしきものを味見してみる。うん、カリカリしててちょっと、いや……かなり周りは焦げてるけど中はカスタードの甘さとかちょうどいい所もある、あ、ここは生焼けっぽいかも……。


 反省すべき点をノートに纏めていると薫さんはニコニコと頬杖をつきながらご機嫌そうにこっちを見ていた。


「こうやって私以外に李音様のために何かしてくれる人が出来て本当によかったです」


 そういえばこの間から疑問に思っていることを聞いてみることにした。何故ここの屋敷はこんなに広いのに他の従業員がいないんだろう? 街でもよく新しいメイドがどうのこうのと言われたから全く誰も働いてなかったわけじゃないと思うけど……。


 薫はその質問に対して少しだけ困ったように首を傾げた。


「まぁ、李音様があまり人を多く屋敷に迎え入れたがらない点もありますね。少数精鋭派と言いますか、まぁ現に私一人でほぼ賄えますし」


 でもそれは薫さんが優秀すぎるだけな気もする……。こんな料理も掃除も気もきいて、おまけにすっごい美人でなんの非の打ちどころもないスーパーメイドさん……滅多にお目にかかれない気がする……。


「それに、ちょっと前はその……私の妹が来てまして……」


 言葉の歯切れが悪くなり、薫の白くて美しい肌に青が差し込んだ気がした。


 もしかして私のアップルパイで具合が悪くなってしまったのだろうか……?


 というかよくよく考えたら李音様のこともまだよく知らないけど、薫さんのことだってよく知らないなと思った。この二人は聞いたこと以上のことはあまり語らないというか秘密が多そうというか……。


 私だって過去のことを全部二人に包み隠さず話しているわけではないけれどお世話になったこの二人のことはもっともっと知りたいと思ったらもう口から言葉が溢れ出ていた。


「私、薫さんのこと大好きだから……薫さんのこともっと知りたいです」


 お礼をしたいのは李音様に限ったことではない。薫さんにだっていっぱい、いっぱい感謝をしているのだ。その素直な気持ちに薫さんは一瞬目を丸くして驚いたように見えた。何か変なことを言ってしまっただろうか……?


「ふふ、ありがとう。私も揚羽さんのこと本当の妹よりも可愛くてしょうがないわ」


 頬を赤らめ恥ずかしそうに、でも嬉しそうに綻ぶ薫さんを見てなんだか幸せな気持ちになった。




***



 次の日も負けじとお菓子作りに勤しんだ。昨日失敗したところは間違えないように慎重に。昨日よりは見た目も程よく、味もそこそこなものができた気がした。


 三日目、明日の三時前には李音様が帰ってくると聞いたので明日のおやつになんとしてでも間に合わせたいと最後の特訓をしていた。


「すみません……連日同じものの味見して貰っちゃって……」


「ううん。私、食べるの大好きだから全然気にしないで」


 薫さんは黒焦げでも少し生焼けでも形が崩れていても嫌な顔ひとつせず味見をしてくれた。そして的確なアドバイスをくれるのだ。本当にとてもありがたかった。


「いよいよ明日ですね」


 まるで自分のことのように目をキラキラと輝かせ薫は揚羽の手をぎゅっと握って、最後にお菓子作りのとっておきの隠し味をお教えしますと耳打ちをしてきた。


「それは美味しく食べてもらいたいってその人を想う気持ち、つまり愛情なんですよ」


 その言葉にドクンと心臓が脈を打った気がしたけど、やっぱり知らないふりをしてまだ名もついていない温かい気持ちにそっと蓋をして閉じ込めた。


この気持ちを恋と呼ぶのは、まだあまりにも早すぎてどうしても認めたくなかった。

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