第27話 寝坊

 次の日の朝、昨日は一日中大変だったなと部屋で支度をしながら一人振り返っていた。


 薫さんには昨日起った出来事を包み隠さず話した。かなり驚いた様子だったけど、何事もなくてよかった! と喜んでくれていた。その後は注文してきた荷物が次々届いて目を回しながら後片付けをしたっけ。まぁ数週間分の食料や消耗品を買い込んだのだから当然か。


 後、出かけていった李音様は昨日は夜多くに帰ってきたみたいであれから顔を合わせていない。もしかして私と買い物に出かけたからお仕事が長引いてしまったのだろうか……。


「何か……お返しできないかな……」


結果的に昨日は色々頂き物を貰ってしまったし、私の面倒事に付き合わせてしまったし……。ここにきてからもう数週間は経っていると言うのにまだまだ全然李音様のことわかってないや。好きなものとか、苦手なものとか、なんでもいいからもっともっと知りたいな……。


 メイド服のスカートの右ポケットにいつも忍ばせている母の手作りのお守りと一緒に昨日頂いたリップグロスをそっと閉まった。




「えっ、李音様の好きなものですか?」


 朝食の準備をしながら薫に質問をしてみた。


「その……昨日のお礼がしたくて……」


 モジモジと赤くなる揚羽を見て、なるほど……と頷き、薫は少しだけ考えたフリをして「そう言うことは本人の口から直接聞くのがいいですよ!」とちょっとだけ意地悪な笑顔で笑って見せた。


 頼みの綱がそんなことを言うので、覚悟を決めて朝食の時に自分で聞くしかないかと少しドキドキして待っていたものの、いつもの朝食の時間が過ぎても李音様が部屋から出てくることはなかった。


「あらあら。昨日遅かったからお寝坊さんみたいですね。仕方ないので起こしてきてもらってもいいですか?」


 お願いしますねー! と元気よく背中を押されて食堂を追い出されてしまった。とりあえず言われた通り部屋に向かうことにした。


––––コンコン


 ノックを二回したがやはり中から返事はなかった。恐る恐る失礼しますと声をかけてからドアを開けてみるとカーテンは閉ざされたままで暗い部屋の中、奥のベッドからスヤスヤと寝息が聞こえてきた。


 そろりそろりとなるべく足音を立てないように近づき顔を覗き込むと思わずハッと息を呑んでしまった。


 か、可愛い〜〜! 普段はムッとするとすぐに眉間に皺を寄せているので威圧的な目をしているが今は無防備であどけない表情をしている。これは激レアだ……。


 あ、睫毛なが……、というか本当にこの人顔が整ってるな……、黙ってればめちゃくちゃモテそう……黙ってれば……。


 心の中で好き勝手言っていたら、李音はううんっと唸りながら寝返りを打つ。残念……もう少しだけ寝顔が見たかったな……。ちょっとだけがっかりしていると突然李音様は魘されるように呟いた。


「は……な……、やめ……ろ……」


はな? ……花? 一体なんのことだろう? 誰かの名前だろうか? というかなんだか魘されているし……、これは起こしても……いいよね?


「李音様、朝ですよ。起きてください」


 優しく揺さぶると李音様はハッとしたように勢いよく起き上がった。額には冷や汗が流れ、少し呼吸が乱れている。よほど悪夢を見ていたのかな……?


「大丈夫ですか? 魘されてましたけど……」


「揚羽か……よかった……」


 心配そうに顔を覗き込む揚羽を見てホッとしたのか徐々に荒い息は治まった。


「お食事の用意ができております。お疲れのようですし……お部屋にお持ちしましょうか?」


 本当は朝食を食べながらゆっくりお話がしたかったのだがあまり体調が優れなさそうだったのでそう提案をしてみたが李音様は首を横に振った。


「すぐ準備して降りていく」


 心なしか顔色が青白い気がする。体調が悪いのかな? と思い、私は無意識にコツンっとおでこを合わせて熱を計った。


「なっ!」


 突然の行動に李音は少しびっくりしたように目を見開いた。反対に揚羽は恥じることもなく熱を計り終える。


「よかった。お熱はなさそうですね」


「お前なぁ……、俺を子供扱いするな」


 頭が痛いとでも言うように彼は頭を抱えて見せた。その様子を見てもしかして普通はこうやって熱を計らないのかと思い大急ぎで謝った。


「あ、ごめんなさい! 私の母はこうして計ってくれてたから、つい同じように……」


 しゅんっと自分の行動を反省し小さくなる。その姿を見て李音は罰が悪そうに頬をかいた。


「別に……怒っているわけじゃない」


 強く言いすぎたか? と内心焦っていた。ただ急に顔が近くてちょっと驚いただけで……なんて言えるわけもなく心の内に言葉をしまった。しかし怒られたと思っていた当の本人はそれが違うとわかるや否やパァッと顔が綻んだ。


「じゃあ私下で待ってますので、準備が出来次第降りてきてくださいね!」


 急に落ち込んだり喜んだり、感情の忙しい小型犬みたいなやつだなと李音は思った。見えるはずもないのに何故だが思いっきりブンブンと尻尾を振っているように錯覚した。

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