第26話 収穫

「ばーか。お前は物じゃねーだろ」


 結構真面目に言ったつもりなのに、李音様は何言ってんだ、とクスッと笑った。


「……? でも初めて会った時も、さっきだって……」


「あぁ、例えな。ただの例え。お前意外と真面目だな」


 ハハっと李音は笑う。繋いだ手はまだ解けていない。ただ温かい温もりがそこにあった。そして再び彼が歩き出すので慌ててついていく。


「今日はこのまま帰るか。またあいつと顔合わせんの面倒くさいしな」


「え! でも、街の調査は終わったんですか?」


「余裕」


 どうやらさっきの待ち時間の間に全て終わらせたらしい。いくらなんでも早すぎるでしょ……。まるで未来を知っていたから効率よく動けたかのような行動だ。


 前に私が部屋で鋏を持っていた時もいつの間にか部屋にいたし、薫さんも驚いていたし、李音様って一体何者なんだろう? 揚羽はまるで鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をしながらそんなことを考えていた。






 車に揺れること20分、ようやく屋敷へと帰ってきた。朝あんなに張り切って出ていったのに情けないことに既にヘトヘトになっていた。


「お二人ともお帰りなさいませ、あら?」


 お出迎えしてくれた薫の目がみるみる丸くなる。そしてニヤニヤと微笑ましそうに笑うと何故か少しだけ頬を赤く染めながらうんうんと一人納得したように頷いた。


「お二人の仲が良さそうで安心いたしましたわ。揚羽さんとってもお似合いですわ」


「え、どういう意味で……あっ! 服!」


 そういえばメイド服は屋敷へ荷物と一緒に送ったんだった。早く着替えて仕事に戻らないと!!


「ち、違うんです!これは決してサボっていたとかではなく!!」


 はたからみれば業務を放棄してしかも私服で帰ってきたみたいになっている! 違うんです違うんです! これは誤解なんです!!!


 一人、あたふたと焦っている揚羽を特に気にもせず李音は薫に目配せして口を開いた。


「薫、悪いが急用ができた。この後すぐ出る」


「あら、承知いたしました」


 薫は何かを察したように微笑む。そしてただいま鞄をお持ちいたしますと言っていそいそと駆けていってしまった。説明しようとした矢先、薫さんがいなくなってしまったので行き場のない弁明の言葉をどこにしまおうかと悩んでいると不意に李音様に名前を呼ばれた。


「これ、やるよ」


 そう言って手のひらに乗せられたのは透明なビニール袋に紫色のリボンでラッピングされた赤いリップグロス。これってさっきサンプルで塗ってもらったものと同じやつだ。


「似合っていたから。嫌じゃなければたまにつけるといい」


 ドクンっと心臓が小さく脈を打った気がした。


「……私、なんか今日甘やかされてばかりですね」


 ふにゃりと顔が自然と綻び、思わず笑みが溢れた。どうしよう、期待してはいけないのにどんどん心の中に温かい感情が芽生えていく。でも今はまだ……それは気のせいだと思うことにしよう。


「俺は特に甘やかしたつもりはないが?」


「いえ! 十分甘やかされてます! 李音様って怖そうに見えて意外と優しいですよね」


「……お前な、褒めるのか貶すのかどっちかにしろ」


 そんなやりとりをし少し間が空いてから、ぷっと二人で笑い出す。この時間がとても心地よいと思った。


 その後すぐに戻ってきた薫から李音は鞄を受け取り、行ってくると二人に声をかけるとそのまま出かけていった。二人で彼の背中が見えなくなるまでお見送りをした後、薫は目を輝かせた。


「急用だなんて言ってらしたけど、あの様子じゃ本当はお仕事お休みじゃなかったみたいですね」


 嘘が下手なんですからと薫は笑ったが、私はその言葉に目を丸くした。


 つまりわざわざ仕事を遅らせてでも私の買い物に付き合ってくれたってこと? どうしてそこまでして一緒に行ってくれたのだろう?


「そ・れ・よ・り! 揚羽さん! その可愛い格好一体どうしたんですか? 何かあったんですか? まずはお茶でも飲んでゆっくり休憩しながらお話し聞かせてくださーい!」


 さっきよりもっと強くキラキラと薫は目を輝かせ、少し興奮気味で詰め寄った。……これは逃げられそうにない。私は観念して、一体どこから話せばいいのかと頭の中で整理しながら薫さんと一緒に食堂へ向かった。






***


「悪い、待たせた」


 李音は紅葉狩家の屋敷につき、凪の部屋へ訪れると早速で悪いが、と言いながら書類の入った封筒を差し出した。


「何か収穫はあったかい?」


 先に一人で作業に取り掛かっていた凪は、ひらひらと手をかざし挨拶をするとその封筒を受け取り微笑んだ。凪とは家同士の付き合いが長く昔ながらの腐れ縁だ。今はこうして両家共同で何本か会社を運営したり、妙な噂について調べたりしている。


「調べてみたところ、Edenとはどうやら違法薬物のことらしい」


 ご機嫌なその答えに、へぇ、流石に仕事が早いなと凪は口笛を吹いてみせた。


「茶化すな」


「これでも素直に尊敬してるんだよ? 本当にいくら調べてもあの噂以上のことはわからなかったんだから」


 凪は肩をすくめて戯けて見せたがすぐに険しい目つきで受け取った封筒を開けると、素早く書類に目を通した。


「まぁ、そんな危ない代物を俺たちの縄張りで取引してるって言うのはちょっと調子に乗りすぎかな……。近いうちにお仕置き、しないとね」


 クスッと凪は笑うがその目はちっとも笑っていなかった。

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