第23話 再会
着ていたメイド服と余分に買った替えの服は荷物になるので店から屋敷の方へ郵送することにした。しかし、どうにも落ち着かない……。
綺麗な洋服に身を包んだことも理由の一つだが、私は拓也以外の男の人とあまり接したことがなく、男の人と二人でこうして街を歩く行為はなんだかデートみたいだと意識してしまっていた。
さっきまではお使いって名目があったから緊張しなかったけどなんだか少し照れてしまう……。
「疲れたか?」
先程までテンションが高く張り切って買い物をしていた揚羽が急におとなしく口をつぐんだので李音は首を傾げた。
「あっ、いえ! そう言うわけではなくて……」
どうしても変に意識してしまって思わずゴニョゴニョと口篭ってしまう。
「……朝から買い物続きだったからな。先にそこで休憩するか」
気を使わせてしまっただろうか? そんなつもりじゃなかったのに……。このままでは足手纏いになってしまう。それだけは嫌だと。私は先に言ってしまおうとする李音様の服の裾を無意識に掴んだ。
「すみません、本当に大丈夫です。私は……何をすれば良いのですか?」
浮かれていた気持ちをグッとしまい込んで、私はきちんと身を引き締めた。私情を混ぜてはいけない、これは仕事だ。
「そうか。ならもう少し付き合ってもらうぞ」
そういって李音様はいきなり私の手を取り、徐に繋ぐとまた前へと歩き始めた。
最初は歩幅と歩くスピードが合わなくて引っ張られる形で早歩きで着いて行こうとするとやがて彼の方が私の歩くスピードに合わせてくれた。
「悪いがしばらくこのままで」
勝手に繋がれた手は不快な気分にはならず、むしろとても暖かいと思った。久々の人と触れ合う温もりはやはり心地が良かった。
お前はこのまま隣を歩くだけでいい。そう言われてとりあえずついていくことにする。そして突然。目的地の場所にたどり着いたのか、李音は足をとめ繋いでいた手を離し、揚羽にそっと耳打ちをした。
「ここでしばらく待っていろ」
そう言ってやけに人が多く行き交い、目立つような時計台の下で一人待つよう指示をしてきた。
「いいか。俺を信じろ、絶対何があってもだ」
それは一体どう言う意味があって、どういう意図なのか。揚羽には皆目見当もつかなかった。でも彼が信じろ、と言うのだ。その言葉を必ず守ろうと思った。静かに首を縦に振ると、李音は満足そうに「いい子だ」と笑い、優しく揚羽の頭を撫でるとその場を後にした。
何人もの何人もの行き交う人の群れの中、ひたすら李音様の言葉を守り一人待ち続けた。そろそろ足が疲れてきたなぁと感じ始めた頃、不意に後ろから声をかけられ名前を呼ばれた。
「揚羽?」
その声にビクッと体が震える。まだ記憶に新しいその声は、もう二度と聞きたくないと願った男の声。
「拓也……」
どうしてここにいるの? そう言葉を続けたかったが名前を口にするだけで精一杯だった。拓也の隣にあの女の姿はなかった。今日は一人でこの街に来ていたのだろうか?
「久しぶり、まさかまた会うとはな」
拓也はヘラヘラと笑いながら近づいてくる。思わず後退りをした、しかしここで待っていろと李音様に言われたのだ、逃げ出すわけにはいかない。
大丈夫。気を強く確かに持つのよ。そう心の中で何度も唱え、震える足を拓也に気づかれまいと強くつねった。
「あれ、髪切ったの? 似合うんじゃん、すげー可愛い」
だめ、拓也の言葉なんかに飲まれては。また私が傷つくだけ……
「後、今日なんかお洒落じゃん? いつもそうしてればよかったのに」
無視。そうよ……。無視すればいいのよ。相手にすることない……。平常心、平常心……一度深呼吸をして心を落ち着かせるのよ。
「どうした? 俺に会えて嬉しくて何も言葉が出てこないのか?」
ただ青ざめた顔で黙っている私を見て拓也は勝ち誇ったようにただ笑っていた。
この女は絶対に俺から逃れられない、拓也はそう思い込んでいた。なぜならこの女をそういう風に追い込んだのは自分なのだから。
最初は少しの興味本位と俺からの好意で始まった。優しくすれば優しくするほどこの女は俺を強く求めた。それがいつしか快感へと変わり、このまま俺がいなくなったらこの女はどういう顔をするのか見たくなった。
綾乃はもちろんいい女だ、だがあいつはダメだ。別に俺がいなくなってもこの世の終わりみたいに悲しんだり、泣き叫んだりしないだろう。ある程度揚羽を絶望の淵に追いやったら綾乃とは別れ、揚羽の元に帰るつもりだった。
するとこの女は馬鹿みたいに喜ぶんだろうな。そしてまた俺に溺れるんだ。ゾクゾクする。
結婚資金なんて嘘をついたけど綾乃と俺は結婚するつもりは全くない。ただお互いしばらく自由に遊んで暮らせる金が欲しかっただけ。
しかし一つ嬉しい大誤算だったのは、揚羽があっさりあのような大金を用意できるほど俺にのめり込んでいたなんて……本当に最高の女だよ。お前は俺なしじゃ生きていけないし、俺も手放すつもりは毛頭ない。
まだもう少し絶望の味をじっくり味わって欲しくて街中で見つけた蝶に糸をかける。
蜘蛛のように彼女を捉え、決して掴んではなさず、ゆっくり自分自身の毒でじわりじわり痛ぶって弄ぼうと拓也は不気味に笑う。
「まだ俺のことが忘れられないんだろ?」
仕方のないやつだな、と拓也は揚羽の肩を抱き寄せようと近づいてくる。
その魔の手から逃げ出したくてももう足が震えて思うように動かなかった。いくらつねってもその小さな痛み如きでは振り払えないほどの恐怖が体を襲った。
(やめて……、私に触らないで……やだ、嫌だ……怖い……!)
ようやく塞ぎかけた傷口はいとも容易くまた痛み出す。何度でも何度でも心に深い闇を堕とすのだ。拓也が肩に触れようとした手よりも早く、後ろから誰かに強く抱きしめられた。
「ごめん、待った?」
その声色は温かい響きで揚羽の心を落ち着かせるかのように優しかった。だが目はちっとも笑っていない、目の前にいる穢らわしい生き物を威嚇するかのように鋭く光った。愛しい人に触れるかのようなその熱を帯びた腕に抱かれて私はその人の名を口にする。
「り……おん……さ」
名前を呼び、続けて「様」と続けようとしたらそっと唇に指を当てられ止められた。そしてもう一度ぎゅっと強く抱きしめる力が強くなる。突然見知らぬ男に抱かれる自分が捉えたはずの蝶をみて、拓也は酷く動揺を見せた。
「だ、誰だ……そいつ……」
「初めまして、元彼さん」
李音は皮肉を込めてその名で拓也のことを呼んだ。するとみるみるうちに拓也の表情が鬼のような形相に変わっていく。
「俺の女に、何か御用ですか?」
凛とした紫の瞳は目の前の蜘蛛を睨みつけ、ただ腕の中にいる蝶を守りたいと思っていた。
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