第22話 洋服
ベーカリー小麦の宿を後にして、次の注文をしに別の店へと足を運んだ。
どこにいっても「薫ちゃんは?」「あの綺麗なお嬢ちゃんどうしたの?」「新しい子!?」「珍しすぎて明日は雨だな」とことごとく驚かれた。よっぽど人が来てもすぐ辞めていったんだな……。
李音様は確かに目つきが怖くて威圧的で口は悪いけど、別に虐められたり手をあげたりするわけじゃないのにどうしてだろう……、何か他に理由があるのだろうか?
「……お前、なんか失礼なこと考えてないか?」
「へっ!?」
後ろから声をかけられ思わずギクリと驚くと李音はやっぱりとでも言いたそうな目でギロリと睨みつけてきた。すでに色んなお店でお決まりの文句で揶揄われ続けた彼の機嫌は最高潮に悪くなっていた。
「……もっと笑えばいいのに」
「あ?」
私の声が小さくて聞こえづらかったのか威圧的に聞き返してくる李音様を横目に、ええい! もうどうにでもなれ! と私は言葉を続けた。
「もっと、笑えばいいと思いますよ……!」
ふんっと鼻息を荒く、言ってやった! という誇らしさで少し興奮気味に口にした。
それは本心からの言葉だった。確かに眉間に皺が寄っていても整っている顔なのだが、むしろ整いすぎているからこそ目力が強すぎて怖いというか……笑えばとっても素敵で全然怖くないのに。
「……余計なお世話だ」
李音は少しびっくりしたように目を見開いたが、またすぐにいつものツンッとした冷たい彼に戻った。心なしか顔が赤くなっているように見えた。
私の心の中の薫さんが「本当素直じゃないんですから」と呟いていた。全くその通りだ。と私は心の中で同意した。
「えっと、さっきのお店で頼まれてたお使いは終わりましたがこの後はどうしましょうか?」
一応漏れなどがないかリストを再度確認してみたが薫からお願いされたものはあらかた周り終えた。さっき李音は街の様子を少し見たいといっていた。と言うことはお使いの用事は終わったので今度は彼の用事を優先すべきだろう。……何をするのかは全然わかんないけど。
先に帰れと言われたら別に帰れない距離でもないし、何かお役に立てるのであれば一生懸命お手伝いしようと思っていた。
すると李音様は少しだけ考えた後、じっと私の方を見てきた。
「……お前、その格好のままだと目立つな」
と言われたが今の私の格好は普段から屋敷で着ているメイド服だ。買い物中はお使いにきているのだろうと想定できるので確かに不自然ではないのだが、街中を歩くとなると確かに少し目立ってしまうかもしれない。
「お邪魔でしたらお先に戻りますが……?」
「……いや、いい。とりあえず服を買おう。今すぐ着替えろ」
あそこにしよう、と近くのブティックへ入ろうとするが見るからに高級そうなお店で揚羽は一瞬で固まった。
「わ、私! お、お金……ないです……!」
とてもじゃ無いけれど自分の所持しているお金で買えるようには見えなかった。萎縮している揚羽をみて李音は「ばーか、俺の用事に付き合わせるんだから心配するな」と石のように動かなくなった私の手を引き、店へ足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
綺麗めメイクを施した上品そうな店員のお姉さんがにこやかに出迎えてくれる。
「こいつに似合う服を二、三着見繕ってやってくれ」
「に、二、三着!?」
今着る服を買うんですよね? 二、三着は多すぎますよ!!
パクパクと金魚のように口を開けたり閉めたり声にならない驚きをどう表現したらいいのか分からずにいると、「あら、着せ替え甲斐がありそうです」とやたら張り切った店員さんに連れられて試着室へと放り込まれた。
「お好きな色は何色ですか?」「スカートとパンツどちらがいいかしら」「どうせなら軽くお化粧もしちゃいましょう」とマシンガンのように次々に話をされて言われるがまま、されるがままの状態で私は軽いパニックに陥っていた。
「お待たせしました! 腕によりをかけてコーディネイトさせていただきました!」
店員のお姉さんが元気よく試着室のカーテンを開ける。
上品に金色の刺繍で散りばめられた花模様が素敵な白い清楚系のカットソーに、秋らしい赤いロングスカート。先ほどのメイド服とは違いカジュアルで動きやすく、でもとても女性らしい。
「お試しでで新色のリップも塗らせていただきました」
あ、さっき唇にちょんちょんって何かされたのリップグロスだったのか。改めて鏡に映る自分を見て、発色のいい、でも派手すぎない赤いグロスが確かに唇にのっていた。化粧っ気もなければお洋服や娯楽に回すお金もなかったので、初めてのお洒落にどうしても気持ちが浮かれてしまう。
試着室から出てきた揚羽を見て李音は「ふむ」と言いながら顎に手をかけ、きちんと上から下まで見た後、ゆっくりと頷いた。
「なかなか似合っている」
口元が少しだけ笑ったように感じたけどまたすぐにいつものクールな李音様に戻ってしまった。素直に褒められると思っていなかったので嬉しくて、え、えへへ……と思わず顔がニヤけてしまった。
「じゃあこれ全部お願いします、このまま来ていくので」
「かしこまりました、後、こちらが他のお着替え用の服になります」
「それも買います、あ、それと––––」
ニコニコ顔の店員さんと共に李音様は支払いのためレジの方へと歩いていってしまった。一人取り残された揚羽はもう一度鏡に映る自分を見てみる。
そこに写っている自分はいつもよりちょっと特別な自分で、やはり初めてのお洒落に心が浮かれてしまう。こんな贅沢、罰が当たらないだろうか……?
「あ、お嬢さん少し待ってね、今タグお切りします」
先ほどの店員さんがパタパタと慌ただしく戻ってきて服についている値札を取り外してくれる。見るのが怖かったけど……、やはり気になってしまったので細く目を開けて取り外された値札の0の数を見てみた。
「ひっ!」
一枚見ただけで揚羽は思わず息を呑んだ。自分では信じられないくらいの0が並んでいて改めて何か罰が当たるんじゃないかとヒヤヒヤしながらブティックを後にした。
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