第2話 名刺

 拓也とまた明日会う約束をし別れた後、この短い期間でどうやって一千万という大金を用意するかと頭を悩ませていた。普通に考えて今日明日でそんな大金を用意できるわけがない。かと言って用意できなければ拓也の命が危ないという……


 あの後やはり想像していた通り、借金取りの人達にこのまま金が用意できないのであれば、臓器でもなんでも売ってこいなどと脅し文句を言われていると教えてくれた。


 今はまだ半分冗談なのかもしれない。しかしその冗談がいつ本当になるのか……。一刻も早くその恐怖から彼を救ってあげたいと揚羽は思っていた。


「一体どうすれば……」


 思わず弱音がこぼれ落ちた。銀行とかでお金を借りる……? いや、そんな多額のお金をまだ20歳になりたてで仕事も安定していない若者に易々と貸してくれるわけがない……


拓也だってきっといろんなところでお金を借りられなかったから私を頼ってきたに違いないし……。かといって私だってお金を借りられるような身内や親戚なんていない……。


 あれもだめ、これもダメ。頭の中で案を出しては却下する。とりあえず、黙って立ち尽くしていても仕方ない。そう思い、少し早歩き気味で歩き始めると同時にリンリンと小さな音が鳴り始める。ふと音の方向を覗いてみると揚羽が持っていた鞄についているお守りの鈴が小さく音を出していた。


「……ッ! そうだ……名刺……!」


 それは生前母が残してくれた一枚の名刺。どうしようもなくなった時、困ったことがあったら相談してみてね、きっと力になってくれるはずよ……。これを渡す時、母はそう言っていた。


 揚羽はそれを同じく母がくれた手作りのお守りの中へと折り畳み、毎日肌身離さず大切に忍ばせていた。揚羽の好きな色だからと母が買ってきた少し上質な淡い紫色の生地で作られたお守りの中から三つ折りにされた紙を取り出す。


 広げてみてみると書かれているのは名前と電話番号のみ。


 しかし使われている紙の肌触りといい、みる方向から少しずつ色が変わるインクの発色の綺麗さ、そして余白の部分に上品にあしらわれた金色の模様細工。これ一枚でもすごくお金がかかってそうな気がした。


 つまり、これを作った持ち主はお金持ちの可能性があるのでは……? しかし、名刺をみて尚更電話をかけようか否か悩んだ。


 いくら母がそう言っていたとはいえ、初対面の相手にお金を貸してくれなどと頼むのはやはり気がしれた。


 しかし、悩んでいてもお金を用意することはできない。ならば、ここに賭けてみても良いのではないだろうか……?


 ……。


 少しの沈黙。揚羽はこの沈黙を破るかのように、一つ、大きな深呼吸をした。心臓の音がドクンと高まるのを感じる。


 フーッと大きく息を吐き出し終え、意をけしてスマホを鞄の中から取り出し、プッシュボタンを一つ、また一つと確実に押していき、覚悟を決めてコールボタンを押した。


ートゥルルルルルル


 しばらくコール音が鳴り響く。その音を右耳で受け流しながら、よかった、とりあえず電話は繋がるみたいだ、と安堵を漏らしていた。


ーガチャッ


 短いコール音の後、ついに電話が繋がり一瞬ピリッとした空気が流れたような気がした。


「もしもし」


 透き通った掴みどころのない水のような美しい声、電話に出たのは女性のようだった。


「突然すみません、私、あかつき揚羽あげはと申します」


 ごくりと唾をのみ、揚羽は言葉を続けた。

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