第四輪 ❁鷹は舞い降りた❁

「い……一体何だってんだ……」

 よくよく耳をすませば、悲鳴に混じってゲタゲタと気色悪い笑い声が聞こえる。この場で笑う者がいるとすりゃ、それは海賊だけだろうと勝手に思ってたが、違うのかもしれない。何が起きているんだ。


 キーッ!!


「!?」

 今度は、上空から甲高い鳥のような鳴き声。その声はだんだんと多く、近くなってくる。そして、鳴き声が耳元で聞こえるようになるにつれ、バサバサという羽音も鮮明に耳に入ってきた。

 デカい……たか!? たかが真夜中に、しかも数十の群れを成して、月を背に船体に向けて急下降してくる。

「畜生どうなってんだ!?」

 頭がどうにかなりそうだった。


「あれは、『ナイトホーク』ですね」

「フィサリス!? 無事だったのか!」

 いつの間にか、隣には何事もなかったかのようにフィサリスが立っていた。

「公国が保有する鳥型AIであり、普段は上空から海上を警邏けいらしていますが、海中に放たれているサンマイジタビラメからの異常信号を受信すると降下して対応に当たります」

「つまり、味方なんだな」

「はい。鷹を素体にして夜行性に改良された品種なので通称を夜鷹ナイトホークといいます」

「いや、夜鷹は夜鷹っていう鳥であって……まあいいか」

「ご覧下さい」


 フィサリスが指さす先、ナイトホークの鍵爪で掴まれた海賊と思しき男たちが、大人しくその場に座り込んで、しかもご丁寧に両手を高く掲げて降伏の意思を示していた。

「キュイッ、キュイッ」

 同じく、鍵爪で掴まれた何かが、クジラの背へ次々と上がってくる。アブラクジラには到底及ばないものの、それも何人かは背に乗せられそうな大きな魚のような生き物だった。

「『シャチューカ』ですね。非常に知能が高く、狩猟の名手でもあるシャチを改造したAIです」

「あの海賊たちはこれに乗って襲ってきたわけか……」

「公国の払下げAIが流通することも稀にありますが、ばっかさんが使うようなものは基本的に非正規品の違法改造AIですね」

「……ひでぇ話だな。生き物だってのに」

「いいえ、AIはAIですよ。それより、そろそろですね」


 水平線の彼方には、うっすらと昇り始めた朝日を背にして島の影が浮かんでいた。 


~✾*。✿:゜❀*❁。✾*。✿:゜❀*❁。~


「わお……」

 公国の港から見えたのは、一面の花畑だった。赤白黄色、紫に桃色、風にそよぐ花畑の上を、蝶や蜜蜂が舞っている。女の子じゃないが、見惚れてしまうし一日中ここで寝そべって過ごすのも悪くないような気がした。


「首都までいかなくても、ここでお花見すりゃよくね?」

「キヒズミでの花見は、またまるで違った趣がありますよ」

「ふーん。……あ、そうだ。ちょっと待ってな」

「何をするつもりですか」

「ひ・み・つ」

「いけません」

「え?」

 花畑に入っていこうとする俺を、フィサリスは冷たい声で制止する。


「何をするつもりであれ、花畑に入ってはいけません」

「いや、キミに花冠はなかんむりでも贈ろうかと思って……」

「なおのことダメです」

「どうして?」

「これらの花畑は、全て管理された農地だからです」

「ぜ、全部!? コレ全部か!? 地平線の彼方まで広がってるぜ……?」

「はい」

「ってか、農地? ふつー農地っていやあ麦畑とかブドウ畑とかじゃないのか」

「この花畑は、蜂蜜を採取して収穫するためのものなのです」

「へー、ハチミツね。随分と大がかりだな。……ん? でもそういや、妖精たちも花を育てて蜜を集めるってマカシが言ってたな」

「ハチもチョウも花も、全てがAIですよ」

「まじかよ、花も!?」

 一見自然そのものに見えるこの光景が、全て造られたもの・・・・・・だなんて、とても信じられなかった。


「モンキリチョウ達が受粉を担当し、ムガバチ達が蜜を巣へと運んで蜂蜜を精製します。このプロレダリアの花からは、普通の花より遥かに上質で大量の蜜が採取できるのですよ」

「ふーん、肥料とか雑草くさむしりとかは?」

「その辺りも、特定の草を選り好みして食べる主種の虫型AIや、地中にはミミズ型AI等を放っています」

「じゃあ、ここは全部自動で成り立ってるのか」

「いえ、虫型AIも含め、この花畑は全て人間の管理によって成り立っています」

「んん??」

「この場のAIは、あくまで人間による指示の基で半自動的に動いているに過ぎないのです。外の世界・・・・でいうところの、精密かつ有益なゼンマイ仕掛けの人形、といったところでしょうか」


「……フィサリスはさ、俺からしたらおんなじ人間にしか見えないけど、AIなわけだろ?」

「はい。その通りです」

「こういっちゃなんだが……フィサリスみたいなAIを造れる技術があるんだったら、この花畑を全部自動化するくらいわけないんじゃないの?」

「不可能ではないでしょう。ですが、それには二つの問題があると考えられます」

「ほう」

「一つは、費用対効果の問題。虫や花の命は短いものです。たかだか一年足らずで寿命を迎える高度なAIを造ったところで、利潤が小さいどころか赤字にすらなり得ます」

「せ、世知辛いな……」

「もう一つは、倫理的・法的な問題です」

「というと?」

「たとえば、ある花畑で全自動化されたハチ型AIが暴走し、誰かを刺したとします。この場合の責任は誰にあると思いますか?」

「そりゃ、農地の管理者じゃないのか。……いやでも、ハチは全自動で動いてるわけだし、そうなるとハチAIを造った奴の責任なのか? ……いや――」

「このエッシェ公国において、全自動化されたAIが事件・事故を起こした場合、その責任を誰が負うのかについての法整備が不十分なのが現状です。そのような中で、製造側も使用側もおいそれと全自動AIを使うわけにはいかない、というわけですね」

「はぁー……」


 俺は、ある疑問が頭をよぎり、好奇心からそのまま口に出して聞いてみた。

「――ちなみにだけど、この国でフィサリスが暴走したらどうなんの?」

「ヒト型AI関連法第12条第4項に基づき、公国内において私に不具合が生じた場合、アニスくんに責任を負っていただく形になります」

「なるほど、そりゃ気を引き締めないとな」

「冗談です、そんな法律はありません」

「えぇ……」

「でも、責任……取ってくださいね?」

「取るぅ」

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