第三輪 ❁百万本のバラ❁

「お!」

 港につくと、そこには沢山の人影があった。

「人……か? いやそれとも、あの人らもAIなのか?」

「彼らはヒトですよ」

「へぇ、普通に人間もいるのか。……いや、ふ……つう……?」

 彼らの頭。そのてっぺんから、明らかに髪じゃない何かがにょっきりと生えていた。


「あれ、花だよな。なんで頭から花が生えてんだ……?」

「あれは、まあヒトでいうファッションのようなものです」

「頭に花を生やすなんてファッション聞いたことないぞ。てか、どうやってんだアレ、飾りじゃなくてホントに生えてんのか?」

「この辺り特有の流行なのですよ。妖精文化の影響を多分に受けていますから」

「妖精たちも頭に花は生やしてなかった気がするけど……まあ、色々あるんだろうな」


 空にはでっかい入道雲を背にしてカモメが飛び交い、海も至って穏やかに澄んでいる。絵心なんてないが、思わず筆をとって絵にしたためたくもなるような、見事な青と白の対比だった。

 ……そう、そこまでは綺麗な綺麗な海の景色なんだけど。


「で……でっけぇ!! なんだあれ!?」

「クジラです」

「くじらぁ!?」

 確かに、よくよく見れば生き物の形に見えなくもない。しかし、クジラを見たことはあるが、ここまでバカでかかっただろうか。桟橋の横に浮いているその黒い影はもはや小さな島だった。

 椅子や机、ベッドなどが頭付近に載っていて、尻尾の方には積荷とおぼしき箱が積まれている。乗員や乗客と思しき人間たちの姿もちらほら見えた。


「アブラクジラと呼ばれるAIです。人間を乗せるために開発された種で、最大積載人数は百人に上ります。これに乗って、半島まで渡るわけですね」

「こいつもAIなのか!?」

「はい。基本的に生物であれば全てAIたり得ますので」

「はぇー……ってか、なんか背中に樹が生えてるぞ」

「ああ、あれは……動力源といったところでしょうか」

「ふーん」


「いらっしゃい! お二人さんかい?」

 たくましいおっさんが話しかけてきた。……やっぱり頭には花が生えている。

「はい。これで」

 フィサリスは、何か液体が入った小さなびんを手渡した。

「あい、確かに! じゃあ、いい船旅を!」


~✾*。✿:゜❀*❁。✾*。✿:゜❀*❁。~


 クジラの背に乗って、一夜が明けた。


 人間を乗せるために開発されたAIとだけあって、乗り心地は悪くなかった。少なくとも俺は船酔い――クジラ酔い? しなかったし、フィサリスはあいも変わらず無表情だ。

 しかし、ちょっと気がかりなことがある。なんだか背中が少しむず痒いような……


「ねぇ、フィサリス」

「はい?」

「俺以外にも、外から迷い込んで来た人をエッシェ公国のお花見に案内した事あるの?」

「ええ、何度かありますよ。直近だと、ローゼマリーさんという女の子を案内しました」

「ふーん、会ってみたかったな」

「向こうの都合さえよければ、会えるかもしれませんね」

「え、今もこっちにいるの!?」

「はい。公国の首都キヒズミで暮らされていますよ」

「へぇ……よっぽど住み心地がよかったのか」


「アニスくん」

「え!? あ、ん??」

 初めてフィサリスから名前を呼ばれた。超嬉しい。

「お渡ししておきたいものがあります」

「へ……?」

「これです」

 そう言って、フィサリスは二本の青い薔薇を手渡してきた。


「こ……! これって、これはつまりその、愛の――」

「これは『バラライザー』という品種のバラです。身の危険を感じたら、これを振ってください」

「身の危険? そんなもの感じるような場面が今後あるのか?」

「どうでしょうね」

「またまた脅かしてぇ」


 しかしその夜、フィサリスの予言めいた不穏な言葉は見事に的中することとなった。


~✾*。✿:゜❀*❁。✾*。✿:゜❀*❁。~


「ばっかさんだぁぁっ!!

 突如、誰かが叫びだした。俺は、慌ててベッドから飛び起きる。

「ばっか……?」

「追いつかれるぞ! 取舵とりかじいっぱぁい!!」

「おわっ!」

 急に船体が揺れてベッドからはね飛ばされそうになるが、なんとかしがみつきながら船の後方を見てみる。目の良さには自信があったが、黒い影がいくつか波を切ってこちらに迫ってくるのが月明かりに照らされてうっすらと見えるだけだった。


「なんてこった……ついてねぇ……」

 隣で寝ていた男がひどく青ざめている。

「なああんた、『ばっかさん』ってなんなんだ?」

「何って、あいつらこの船を襲おうとしてるんだよ! 積荷なんかを狙ってな」

「つまり海賊か!?」

「あぁちくしょう、ヘタすりゃ俺らも捕まってお花畑送りにされちまう……」

「お花畑……?」

 唐突に、船体がガクッと揺れる。


「うぁぁあああっ! 助けてくれぇ!!」

 後ろの方から、悲鳴が上がった。どうやら、もう海賊たちが移乗してきたらしい。

「くそっ! ――そうだ、フィサリス! フィサリスは無事か!?」

 離れて寝ていたフィサリスが心配だ……!



「フィサリス、フィサリスっ! どこだ!!」

 飛び交う悲鳴の中、俺は必死にフィサリスを探し続ける。

「っ!?」

 俺の前方で何かが一瞬きらめいた。反射的に身をひるがえし、間一髪で飛んできた何かをかわす。


「あいたっ」

 後ろを走っていた女性が、小さく声をあげて背中のあたりを抑えた。


――銃弾か!? いや、鉛玉なまりだまが直撃して「あいたっ」てことあるか……?

「おいあんた、大丈夫かい!?」

「う……」

 彼女は、その場にうずくまる。だらりとその腕がおろされると、抑えていた個所には銃創じゅうそうどころか血すらついていない。その代わりに――

「ん、なんだこれ……トゲ?」


「あ、あ、あぁあ……」

 女性は、身体をわなわなと震わせながら立ち上がろうとする。

「お、おいってば、どうし――」

「あーっはっはっはっはぁぁぁあ!! シャチさんだぁぁあああ!!」

「は!?」

 彼女は俺の手を勢いよく振り払うと、狂ったように叫びながら船体の後方へと疾走していった。




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