陛下と宰相、再び


「なぁ、聞いたか?」

「唐突に何です?」


「ベナットだ。」

「はぁ、彼が何か?」


「疾風という二つ名がついた傭兵についての調査はどうなんだ?」

「まだ3日程度しか経ってませんのでまだです。この王都だけで活動している人物なら3日あれば十分ですが、色んな国の戦地を渡り歩いていますので、時間がかかると思いますよ。」


「そうか。仕方ないな。」

「ええ。それで、先ほどの聞いたか?という質問の意図は?」


「その前に一般論として聞くが、騎士団の中で団長の強さはどの程度なんだ?」

「弱い者には着いてきませんから少なくともトップ3には入ると思います。」


「そうだよな。弱くないよな。」

「ええ。この国の中でもトップクラスだと思います。」


「ここで登場するのがベナットだ。」

「はぁ、なんだか期待の星を見つけたような言い方ですね。」

前にも増して陛下はベナットのことを好きになったんだな。



「あながち間違いでもない。」

「そうですか。」

「ここに来た日、騎士団に連れていっただろ?

その翌日に、騎士団の中のどの隊に所属させるかを決めるために模擬戦をやったらしい。」

「ほぅ。まぁそうなりますよね。事前情報が無いですからね。」



「体格も良いし元傭兵だし面白そうだという理由だけで、団長が自ら相手をしたそうだ。」

「それで?」


「なんと、団長が手も足も出なかったそうだ。」

「と言いますと?攻撃を全て交わされたとか?防戦一方の戦いにでもなりましたか?」


「そうではない。文字通り、手も足も出なかったそうだ。まず、動きが速くて目で追えなかったらしい。」

「ほぅ、それで?」


「攻撃も見えず、防ぐ事もできなかったと。一歩も動けず、攻撃を繰り出す事もできずに、最後には首に剣を添えられて終わったそうだ。」

「それ、ちょっと盛ってますか?」


「いや、事実そのままだ。そしてだ、その後のベナットが面白いんだ。」

「そうですか。」

陛下、めちゃくちゃベナットにハマってるな。面白い玩具でも見つけたようだ。



「ベナットは戦地で怪我をしただろ?あれは思っていた以上に重症だったらしい。

1ヶ月前に怪我をして、5日間意識不明、その後多少回復して戦地を出たがカロリーヌを見送ったあと、また10日も意識不明になったらしい。

で、目を覚まして1週間回復に専念して、何とか移動できそうだと、10日かけて旅をしてシュタット王都に来たのが4日前だ。」


「それは確かに、王都に来てすぐに陛下が呼びつけたのは可哀想でしたね。そして休養を取る間も無く・・・

そんな状態で団長と戦ったのですか?」


「そうなんだ。

怪我からの回復の状況を考えれば、あと1月ほど静養させて、徐々に体力を回復して3ヶ月から半年後の全開を目指すところだろう。」


「まだ静養するべきところを戦っても、本来の力は出せないのでは?」

「そうなんだよ。怪我も完治しておらず、体力や筋力も落ちていたから、全く力を出せなかったらしい。」


「そうでしょうね。」

「そこにきて、団長が全く動かずに攻撃も避けないし、攻撃をしても来ない。

自分は実力不足で期待はずれだったせいで、団長がまともに相手をしてくれなかったと勘違いをして塞ぎ込んだらしい。」


「なんと・・・。」



「でも実際は、そんな状態でありながら、団長の遥か上の実力があったと。」

「そのようなことが・・・。」


「なんでも、自分の体力や筋力の低下が思った以上にショックだったらしい。あの大きな身体で、地面に蹲って頭を抱えていたらしい。」

「なんですかそれ。可愛らしい純真無垢な少年みたいですね。」



「だろー?面白いだろ?」

陛下がドヤ顔をしている。

彼はカロリーヌ様に続いて陛下の心も虜にしたのか。何とも面白い男だ。


「ところで、彼は静養させるんですか?

そうなると、武闘大会への出場は難しくなるのでは?」

「そこが悩みどころなんだが、ベナットは休む気がないらしい。それよりも早く自分の本来の身体を取り戻したいそうだ。」


「それで身体は大丈夫なんですか?」

「分からん。このままベナットがやりたいようにやらせるか、無理矢理治療に専念させるか・・・迷っている。」

もう彼はカロリーヌ様だけのものではなくなったな。



「彼ももう子供ではないので、彼のやりたいようにやらせれば良いのでは?

でも、カロリーヌ様のことをかなり大切にしておられるので、カロリーヌ様のために無茶をする可能性はありますが・・・。」


「そこはカロリーヌが止めるだろう。」



「ところで陛下、傭兵というのは皆んなそれほど強いんでしょうか?それとも彼が傭兵の中でも強すぎるのか。」

「それな。そこは知りたいところだ。だから疾風の調査が気になったんだよ。」


「なるほど。」



「彼以外にも団長を凌駕するようなレベルがゴロゴロいるようであれば、この国にいる傭兵を調査して監視下に置かなければなりません。」

「そうだ。彼のように人物であるとも限らんからな。」


「暴れられて騎士が太刀打ちできないと困りますね。」

「そうなんだよ。この国の騎士団のレベル、上げられるかな?」


「ベナットの影響で多少は上がるのでは?教えるのが上手そうなら、彼に騎士の指導を頼むのも良いかもしれませんね。」

「それはもうしているそうだ。」


「そうなんですか。私の中で彼の印象がどんどん変わっていきます。」

陛下が彼に惹かれる気持ちが、私にも分かってしまった。


「そうだろー?今のところ悪い部分が見当たらないのが怖いところだ。」

「確かに。全部演技だとしたら・・・かなり危険な人物ということになりますね。」


「怖いことを言うな。」


「読み書きとマナーはどうなんです?まだ判断するには時間が足りませんか・・・。」

「まぁそうだな。読み書きの書きは自分の名前くらいしか書けなかったそうだ。

読みは、情報屋からもらう情報を読む程度はできるらしい。」


「情報屋、ですか・・・。彼が入手していたのは戦争の情報だけなんでしょうか?

何か裏稼業のような者と関わりがあったりとかは?」


「なぁ、それまずくない?」

「王都で生活していた頃の彼の行動を調査します。」


「頼んだ。」


まったく。彼は色んな意味で目が離せないな。


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