べナットとカロリーヌ

「ベナット、お疲れ様。緊張したでしょう?

それに敬語、私のために頑張って覚えてくれてありがとう。2人の時は敬語なんて使わなくていいのよ。ふふふ。」

「すまん。まだ慣れてなくて・・・」


「魔女の話も聞きたいわ。」

「そうだな。」



「ねえ、さっきみたいに抱っこしてよ。ベナットの左腕は私の特等席なの。」

「いや、ダメだろ。城の中でそんなことをしたらダメだ。俺もカロリーヌも怒られる。俺は下手したら斬首か?」


「だって、せっかく会えたのにお父様には呼び出されるし、ベナットとくっ付いていたいのに。」

カロリーヌは頬を膨らませて拗ねている。


「カロリーヌ、俺もできることならずっとカロリーヌを抱きしめていたいと、触れていたいと思う。

でも、さっき外壁の門を抜けた時に言ったように、俺はまだお前に相応しい男とは言えない。

必ず相応しい男になってみせるから、それまで待っていてほしい。」

俺は立ち止まって、カロリーヌに向き合って、待っていて欲しいと告げた。


「ベナット・・・。」

カロリーヌが俺を見上げる瞳が潤んでいて、その表情に胸がドキッと高鳴った。

ダメだ・・・



「カロリーヌ、そんな目で見るな・・・。」

「え?」

「あ、いや、その・・・そんな目で見られたら、抱きしめたくなるから・・・やめて、ほしい・・・。」

俺は顔が熱くなって慌てて顔を逸らした。


カロリーヌの右手が、俺の左手の薬指に絡んでギュッと握られた。


「・・・。」

「・・・。」


お互いの手の一部が少し触れているだけなのに、何だこの恥ずかしさは。

カロリーヌの温度がほんのりと伝わってきて、俺の体温と重なって・・・。


ここにカロリーヌが居るんだってことを実感できる。



指先から全身に幸せが染み渡っていく。

この感情を教えてくれて、

「ありがとう。」


「え?」

「いや、指先から幸せを感じた。この感情を教えてくれてありがとう。」

「私も。幸せを感じたわ。」



「騎士団まで行きましょう。」

「そうだな。」

歩き始めると放された指が、寂しいと思った。

俺は、寂しいという感情を知ってしまった。これも、彼女が俺に教えてくれた感情。




「そうだ。カロリーヌ、俺が借りた大きな馬なんだけど、名前はあるのか?」

「あの馬はベナットの馬よ。野盗から助けてくれたお礼として受け取って。名前もあなたが決めていいわ。」


「そうか。ありがとう。名前無いと可哀想だよな?」

名前か・・・



「そうね。あの馬は、体は大きいけどとっても優しくて、足も速いの。まるでベナットみたい。

だから私は道中ベナちゃんって呼んでたわ。」


「カロリーヌ・・・それは無い。」

俺がそんな名前で呼べるわけない。気持ち悪すぎる。


結局、馬の名前は風という意味を持つヴィントになった。



「ベナット、そう言えばね、救護所であなたが寝ている時にエンブとギンロウと名乗る人が来たわ。」

「あいつら無事だったんだな。良かった・・・」


「彼らはそれぞれ肩と足に怪我をしていて、今回は戦場から引くって言っていたわ。」

「そうか。やっぱりあいつらも怪我を負っていたか。あいつらも目立つから、あの奇襲の時に真っ先に狙われたんだろう。

そうか、2人も引いたか。戦争が長引くかもしれんな。」


「あなたのことをシップウと呼んでいたけど、シップウという名前はあなたの苗字なの?」


「いや違う。速い風という意味の疾風で・・・俺の、二つ名、だ。」

カロリーヌに自分の二つ名を知られることになるとは思わなかった。



「ベナットには二つ名があるのね。」

「あぁ、一応・・・。

戦場でよく顔を合わせる傭兵同士は大体二つ名があるから、二つ名で呼び合う。」


「じゃあエンブとギンロウという方達も?」

「あぁ。炎舞は髪が赤くて舞うような剣捌きからついた名で、銀狼は銀色の金属鎧を着て狼のように獰猛な戦いをすることからついた名だ。」


「そうなのね。じゃあベナットの疾風は?」

「二つ名の説明を本人にさせるのか?俺が自分で付けたわけじゃないし恥ずかしいのだが・・・。」

戦地では怪我をして横になっている姿しか見せていない。そのこともあり、恥ずかしくて俺は視線を彷徨わせた。



「ふふふ。私にはなんとなくベナットが疾風と呼ばれる理由が分かるわ。

野盗を相手にしているところを見ているもの。」

「そ、そうか。

もう二つ名のことは忘れてくれ。恥ずかしい。」


「いいじゃない。ベナットにピッタリの二つ名だと思うわ。」

「・・・。」

もっとカロリーヌの隣に立つに相応しい男になりたい。



「それとね、彼らが私のこと恋人なのか?って訊ねるから、未来の妻だと言っておいたわ。」

「は?あの時はまだそんな関係じゃなかっただろ?

いや、今もまだ・・・。」

勝手な事を、と思いつつも未来の妻という言葉が嬉しかった。



「本当のことでしょ?」

カロリーヌがタタタッと走っていって俺に向き直り、悪戯っぽく笑った。

・・・俺はこんなに我慢しているのに、カロリーヌはなぜ煽るような事をするんだ・・・

俺は立ち止まり、ドキドキする鼓動を落ち着かせるために両手で顔を覆って耐えた。


これも、彼女に相応しい男になるための試練の一つなのか。地味に辛いな・・・。

でも耐えなければ。


カロリーヌを求める気持ちはしばらく心の奥底に封印しよう。


「ベナット。」

「なんだ?」

「キスして。」

「ダメだ。」

「抱きしめて。」

「ダメだ。」


「何でよ?」

「俺を揶揄ってるんだろ?」

「半分。でも半分は本気。」

「そうか。」

「もう・・・。」


「監視がいるしな。」

「え?」

「カロリーヌのことが心配なんだろう。国王陛下を責めるなよ。」


そんな会話をしていると、騎士団に着いた。

団長室に連れて行かれて、騎士団長に挨拶をし、その後、寮に案内してもらった。

騎士団長は、俺ほどではないがかなり大柄の男だった。

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