陛下の憂鬱

「なぁ宰相、カロリーヌはあの傭兵の男に振られたんじゃなかったのか?」

「はぁ、私はそう聞いていますが。」


「だよな。傭兵にしては考えを持っていて、あのカロリーヌを説得して断ったと聞いたが。」

「私もそう聞いています。」


「だよな。カロリーヌが言うんだ、あの男と結婚したいと。」

「はぁ、カロリーヌ様は振られたのでは?」



「だよな。はぁ・・・。」

「何がありました?」

陛下は深い溜息をついた。



「なあ、カロリーヌが城を抜け出して、半月くらい行方を晦ました時、どこにいたか知っているか?」

「いえ、どこかの別荘か、修行と称して山籠りでもしていたのでしょうか?ストイックに訓練していましたからね。」



「私はカロリーヌから聞いた時、絶句した。」

「王女様が1人で何日も行方を晦ます事自体、私は絶句しましたが。」



「絶句の覚悟をして聞け。そしてこの事は、絶対に口外してはならん。

何とカロリーヌは、ヒンメル王国とブリーゼ国との戦場に行っていたらしい。」



「!!!!!」

絶句する宰相。

しばしの沈黙が流れた。


「だよな。私も聞いた時は現実を受け止められなかったよ。」

「私は今でも現実を受け止められません。」


「その続きがある。」

ゴクリ・・・唾を飲み込む宰相。


「カロリーヌは戦場には行ったが、戦ったわけではない。あの傭兵の男の危機を察知して、助けに行ったらしい。」

「ほぅ、凄い愛ですな。いえ、失礼しました。」

陛下に睨まれた宰相は、自分の失言に慌てて謝罪した。


「傭兵の男は奇襲を受けて大怪我を負ったようだ。大怪我の中でも、怪我をした仲間を背負って救護所に辿り着いたとか・・・。

いや、その話はいい。

ゴホン、とにかくそこにカロリーヌが駆けつけて看病したそうだ。」

「あぁ、それでそのカロリーヌ様の献身的な姿に、傭兵の男は落ちたと。」


「まぁ、端的に言えばそうなる。」

「それでその男はどうなったのです?」


「それがな、また考えを持っていてな、戦争中のヒンメル王国に王女がいることが知られれば外交問題に発展する可能性があるからと、カロリーヌだけ先に帰したらしい。」

「ほぅ。確かに傭兵にしては、かなりまともな人物のようですな。」


「あぁ。」

陛下は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。



「それでその男は今はどこに?」

「カロリーヌに先に帰って待っていろと言ったらしいが、2週間以上経ってもまだ王都に到着していないらしい。」

「そうですか・・・。

あの、王女に恋慕など畏れ多いと逃げたのでは?」



「分からん。ただ、カロリーヌが健気に信じて待つと言って聞かんのだ。

昨日も、外壁の門番にその男が着いていないか確認して欲しいとお願いしにきた。」

「そうですか。で、どうだったのです?」

陛下は顔を曇らせて横に首を振った。



「・・・陛下、その男を探すのですか?」

「いや、そこまでは・・・。」



「陛下、失礼ながら少々思った事を口にしてもよろしいでしょうか?」

「改まって何だ?いつも思った事を口にしておるだろう?」


「まぁ、概ねそうですが、念の為確認を。」

「あぁ、で、何だ?」



「陛下って実はその傭兵の男のこと、ですよね。」

「はぁ?何を!傭兵だぞ?」


「ですが、陛下は傭兵のくせにと言いつつも、まともな考えだと褒めたり、あのカロリーヌ様を上手く説得される事に感心しているように見えますよ。

それに、彼が王都に戻らない事を心配されているじゃないですか。」

「ぐぅ・・・そ、そんなこと・・・。」



「カロリーヌ様は、その傭兵と出会ってから変わられましたからね。

それまでは好奇心だけで突っ走って自由奔放な振る舞いが多かったですが、彼の言葉を受け止めて、目的をもって努力されるようになりました。」

「そうだな。」



「本当はそんなお二人を認めてあげたいのでは?」

「いや、それは無理だろう。相手は傭兵だぞ?」


「うーん・・・。そこですね。」

「・・・。」





コンコン

「カロリーヌです。」


陛下と宰相はお互い目を合わせた。

タイミングがいいな。


「入っていいぞ。」


「失礼します。」


「お父様、私、ベナットを迎えに行きたいの。許可をください。」

「ダメだ。許可はできん。」


「彼は大怪我をしていました。もしかしたらどこかで倒れているのかもしれないと思うと心配で食事も喉を通りません。」

「もう一度言うが、許可はできない。

だいたい迎えにと簡単に言うが、どこまで行くつもりだ?」


「どこまででも。」

「ダメだ。その男にも言われたのであろう、ヒンメル王国で王女が見つかれば外交問題に発展する可能性があると。」


「では、私は彼が倒れていたとしても助けに行くことも出来ないのですか?」


「なぁ、カロリーヌ、一応聞いてみるが、その男の事を諦める気は無いのか?」

「ありません。」



「騎士ならまだしも傭兵だぞ?

それに、お前を傷付けたいわけじゃないが、お前の王女という肩書きに恐れ慄いて逃げたんじゃないのか?」

「ベナットに限ってそんな事は無いわ。」


「その男の事を諦めると言うなら、私はお前の条件を出来る限り叶えることができる相手を探そう。」

「いりません。私はベナット以外とは結婚しません。」



「しかし、王女と傭兵では立場が違いすぎる。その辺りはどう考えている?」

「もし、私の立場が障害になるのなら、私は王族籍から抜けて平民になります。」


「なっ!・・・失礼しました。」

今まで陛下と王女の会話を黙って見守っていた宰相の口から、思わず驚きの声が出てしまい、慌てて謝罪した。



「カロリーヌ、バカな事を言うんじゃない。

そのような事、許可できるわけもないが、ずっと王宮で暮らしてきたお前が平民として生きていくなどできるわけがない。」

「それでも、私は彼を諦めない!」



「ふぅ・・・。」

陛下の口からはもう、ため息しか出ないようだ。



「私、彼に何かあったら死ぬわ。

だから、お願いします。迎えに行かせて下さい。」

「ダメだ。許可はできない。」



「陛下、差し出がましいのは重々承知していますが、一言よろしいでしょうか。」

「あぁ。」

陛下は非常に不機嫌だ。



「今陛下が許可を出さなければ、カロリーヌ様はきっと城を抜け出します。

外壁の門まで、などの条件をつけて許可をお出しになっては?」

「うむ、仕方ない。城を抜け出して国外まで行かれるよりはいいか・・・。

よし、王都の城壁までなら、その男を迎えに行く事を許可する。」



「分かりました。ありがとうございます。では失礼します。」


カロリーヌは許可を得ると、さっさと部屋を出て行った。

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