べナットの葛藤

戦場を撤退するところまで遡る。



「これなら、ゆっくり馬で移動できそうね。」

「馬か・・・。」

俺を乗せることができるような馬は滅多にいない。カロリーヌを1人で帰すか・・・。


「大丈夫。ベナットが乗れそうなくらい大きな馬を連れてきてるから。

こっちにいるわ。」

「・・・よくこんな大きな馬を見つけたな。」


「そうでしょう?大人しくて優しい子よ。」

こんな馬を彼女はどこで見つけてきたんだろう?


そんな話をした翌日、俺とカロリーヌは戦地を後にした。

歩みの遅い俺を馬に乗せて、カロリーヌは手綱を引いて歩いた。

情けないことだ・・・。


戦地を離れてしばらく移動してヒンメル王国内の街で宿を取った。

やはり長時間の移動はキツい。


「カロリーヌ、お前、城抜け出して来てるだろ?」

「・・・。」

「やっぱりな。他国の戦争に来る許可なんか降りるわけないもんな。」

前から城を抜け出したりしていたが、それとは話が全然違う。ここは他国だ。



「ベナットを助けたかったの。迷いは無かったわ。」

「ダメだ。どうか頼む。帰ってくれ。」

そんな風に言ってもらえて、嬉しくないわけがない。心が震えるくらい温かい気持ちになる。でもダメだ。


「何で?何でそんなことを言うの?迷惑だったの?」

「違う。そうじゃ無い。カロリーヌには感謝しているし、来てくれて嬉しかった。

でも分かってるだろ?このままこの国で見付かれば、外交問題に発展しかねない。」

「・・・。」


「きっと陛下は心配して探しているはずだ。何も起きないうちに帰るべきだ。」

こんなところにいることが知れれば大変なことになる。カロリーヌも分かっているはずだ。


「べナットも一緒に・・・。」

「ダメだ。俺はまだまともに動けない。置いて帰ってくれ。」

ヒンメル王国とブリーゼ国との戦争だけで済まなくなるようなことは避けたいし、彼女がその発端になるような事は何としてでも避けなければならない。



「心配なの。」

「俺は大丈夫だ。ちゃんと身体を治してシュタットまで行くから。先に行って待っていてほしい。」

どうか、分かってほしい。

そう言った時、ベッドで上半身を起こして話をしていた俺は、目眩を起こして仰向けに倒れた。


「大丈夫?」

「かなり出血したからな。まだ血が足りないだけだ。問題ない。」

血が足りないな。起き上がれない・・・。


「・・・。」

「情けないな・・・。」


「そんなことない。べナットはよくやっているわ。」

「・・・けど、こんなんじゃ、好きな女にキスもできない。」

自分で言って恥ずかしくなって、俺は顔を逸らした。


彼女が愛おしい。危険を冒してまで、俺を助けに来てくれた彼女を、恐れ多くも欲しいと思ってしまった。



「ベナット・・・」

彼女は俺の両頬を手で包んで、口にそっと触れるだけのキスをした。


カロリーヌが欲しい。こんなキスじゃ足りない。ゆっくり離れようとする彼女の頭を手で包み、俺の元に引き寄せた。


カロリーヌ・・・。カロリーヌとのキスは甘くて切なくて、逃げる彼女の舌を追いかけて、甘さも、温かさも、全てを俺のものにしたい。夢中で彼女の唇を、温度を求めた。


すると彼女は俺の胸を強く叩いた。

慌てて離れると、


「ハァハァハァハァ・・・

息、出来ない。苦しい・・・。」


「すまん。カロリーヌが可愛くて、つい・・・。」

俺は上半身を起こすと、膝の上にカロリーヌをヒョイっと横抱きに抱えて、壊れてしまわないよう優しく両腕で包み込んだ。



このまま、俺の胸の中に閉じ込めてしまいたい。

温かくて、柔らかくて、甘くて、一度彼女の感触を知ってしまったら、もう絶対に手放せないと思った。



「カロリーヌ、愛してる。シュタットで待っていてくれ。」

「はい。」

俺はカロリーヌの額にキスをした。



きっとこれが、最後のキスだ。



彼女は、持ってきていた薬や救護用品、食料と大きな馬を置いて宿を出た。



無事にシュタットまで辿り着いてくれ。

命を賭けてカロリーヌを守りたいという思いだけはあったが、今の俺では足手纏いにしか・・・。


カロリーヌ、どうか元気で、幸せに生きてくれ・・・。

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