カロリーヌの看護


「ベナット、起きて・・・。」


頬の髭に触れて、おでこに触れて、耳に触れて、首に触れたら、ピクリと彼が動いた。


慌てて手を離すが、目を開ける気配はない。


もう一度、そっと首に触れてみたら、またピクリと動いた。

私がべナットの首を上から下に向かってそっと撫でてみると、ピクピクピクッと動いて、そして瞼がゆっくり開いた。



「ベナット!?」

私が彼の名前を呼ぶと、何度か目を瞬いてから起き上がろうとして顔を歪めた。


「カ、ロ、リーヌ?」

「そうよ。カロリーヌよ。」


「な、ん、で・・・。」

「ちょっと待って、水を持ってくるわ。」

水を持ってくると、べナットの頭を少し起こして、そこに私の膝を入れて固定し、水を何回かに分けて口に流し入れた。


「動けるようになったら戦場から引くわよ。」

「・・・。」


「こんな状態じゃ戦えないでしょ?」

「・・・。」


「私があげたハンカチ、持っていてくれたのね。ぎゅっと握り締めていてくれて嬉しかった。」

「・・・。」

べナットは気まずそうに視線を逸らした。


「格好悪いところ、見せちまったな。」

「そんなことないわ。

あなたは奇襲を受けた時に、血だらけになりながらも、怪我人をこの救護所に何人も運んで来たって聞いたわ。

ベナット、あなたは格好いいわ。」


「・・・。」

べナットは、私の目をじっと見た。


「やだ、そんなにジッと見られたら恥ずかしいわ。」

「・・・この動かない身体が、もどかしい。」


「そうね。早く治して帰りましょう。」

「そうだな。」

何だろう?べナットはやけに素直に、帰るという私に賛同してくれた。



「体力をつけるためにも、何か食べないとね。何かもらってくるわ。」

そう言い、私は食事の配給所に向かった。


乾燥野菜と干し肉を塩と水で煮込んだスープと、硬いパンしかなかった。


「ベナット、食事を貰ってきたわ。」

またべナットの頭を少し起こして、私の膝を入れて固定した。

パンは硬くて食べられそうにないので、スープに浸した。


「このパン、このままじゃ食べられそうにないから、スープに浸すわね。」

そして、スープでふやけたパンをスプーンで少し掬って、べナットの口に持っていった。


「あーんして。」

べナットは恥ずかしいのか、目線を彷徨わせながらも口を開けた。


「髭が伸びすぎて口に被って邪魔ね。剃ってもいい?」

「・・・あぁ。」


「じゃあ先に剃るわね。」

私はサバイバル用の小さいナイフで、べナットの髭を丁寧に剃っていった。


「これ、すごい量。ふふふ。

まるで獣の毛皮みたいだわ。ふふふ」

どうせだし、動けずにされるがままのベナットを良いことに、口髭だけでなく顎も頬も全部剃った。

そしたら、こんもりと毛の山ができて、思わず笑ってしまった。


「顔が寒いな。」

「何その感想。ふふふ。じゃあ食事の続きをしましょうね。」


「・・・あぁ。」

「あーん」

べナットは素直に口を開けたので、どんどんスープとパンを口に運ぶ。


「・・・ありがとう。」

「いいのよ。好きでやっていることだから。」

「・・・。」


ベナットはすぐにまた眠ってしまった。

私も連日の寝不足で、うとうとしていると、ベナットの息が荒くなり、額に汗が浮かんできた。



私は救護の腕章を付けている人を呼び止めてみてもらう。


「解熱剤が切れたんですね。解熱剤は鎮痛効果もあるので、薬が切れると痛みも戻ってくるんですよ。

口開けて、流し込みますよ。」

「はい。」

救護員は薬を飲ますと去っていった。


私は桶を借りて水を汲んできて、べナットの額や顔の汗を搾った布で拭いて、首筋を冷やした。


しばらくべナットは荒い息を繰り返していたが、手を握って見守っていると、また静かな眠りについた。



私は馬のところに行き、水と草を与えると、またべナットのところに戻った。


べナットは夕方になると起きた。


「カロリーヌ・・・。」

目を開けると私の名前を呼んだ。


「ベナットどうしたの?私はここにいるわ。」

「そうか。さっきのは全部夢かと思って。」


「全部現実よ。」

「そうか。俺はまだ死んでいないんだな。」


「死んでないわ。早く動けるようになって帰りましょう。」

「あぁ。」

瞳を揺らしながら私を見るベナットが可愛いと思ってしまった。



べナットは食事をすると、また眠ってしまった。

私は救護所にずっといるのも迷惑かと思い、馬と一緒に寝た。



2日もすると、べナットは顔を歪めながら起き上がった。


「ベナット、あなた髭が無いと整った顔立ちをしているのね。」

「いや、そんなことはない。」


「格好いいわよ。」

そう言うと、べナットは頬を染めて目を逸らした。

またベナットの新しい顔を見つけてしまったみたい。

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