カロリーヌの覚悟

ベナットに森で会った数日後、門番に聞きに行ったら、あの日の翌日、荷物を抱えたべナットは王都を旅立ったそうだ。


この戦争の発端は、ヒンメル王国に鉱山が見つかったことだった。ブリーゼ国はその土地はブリーゼ国の物だと主張。

ブリーゼ国の国境からその鉱山までの距離は約100キロ。

国境から鉱山までの土地と、その周辺を全てブリーゼ国の物にしようと攻め入り、国境に近いヒンメル王国の村を焼いたりしたそうだ。


ベナットのことだ。恐らくヒンメル王国側に付き、ブリーゼ国を押し返す側に加勢するだろうと予測を立てた。


ここシュタット王国からは小国であるネーベルを挟んでヒンメル王国に入り、ブリーゼ国との国境まで行くのが最短ルートで早馬でも7日はかかってしまうだろう。


そのため、なかなか戦況は入ってこない。

風のように野盗を倒すべナットを見ていることからも、べナットはかなりの腕のはず。

そうそう遅れをとるとも思えないけれど、戦争なんて何があるか分からない。




ガシャーン



不安に思う日々を過ごしていたある日、突然ソードベルトが切れて剣が落下した。


べナットに何かあったのではないかと、嫌な汗が流れて、居ても立っても居られなくなった。

父や周りに言えば、絶対に反対されるだろう。王女が他国の戦場に行くなんて、許可が出るはずもない。


私はそんな迷っている時間も惜しいと、革鎧に肩当て、帯剣をして、銀貨と金貨を一掴み袋に入れて持ち、馬に乗って城を出た。



街で野営に必要な道具と、薬と包帯などの救護用品を袋に入るだけ買い、門から出てネーベル方面へと駆けた。

食料は途中の街や村で調達して、ネーベル国へは翌日の夜には着いたが、ほとんど休みなく走ったため馬がこれ以上は無理そうだった。


別の馬を買うと、今度はヒンメル王国に向けて走った。3日目は走り通して、4日目の早朝にヒンメル王国に入ると、もう一度馬を変えた。

今回はかなり大きい馬だ。この馬を見た時、ベナットのための馬なんじゃないかと思ってすぐに購入した。

帰りにまだ、途中まで共に駆けた馬が残っていたら、連れて帰ろうと思う。


ヒンメル王国内では戦地の情報収集をしながらのため、進行速度は遅くなった。

ここまで出発から5日かかっている。最低限の仮眠だけ取り、昼夜問わず駆けたため、もうボロボロだった。

でも、べナットの命には変えられない。




ベナット、死なないで。


私は祈りながら戦地へ向かった。

5日目の夜中に戦地に着いたが、ベナットがどこにいるか分からない。

馬を連れてひたすら探し歩くと、空が明るくなり始めた頃にべナットを見つけた。


べナットは前線近くの救護所で、床に布を敷かれた上に横たわっていた。

救護所と言っても、かろうじて布で屋根が張られているだけで、とても簡素なものだった。


「ベナット!」

べナットの名を呼びながら駆け寄るも、反応はない。

硬く閉じられた目と、青白い顔。

足にも腕にも上半身にも包帯がぐるぐると巻かれ、その包帯には血が滲んでいた。


「ベナット・・・。」

私はべナットのクマのように大きな手を握るが、反応はなく握り返してもくれない。


救護の腕章を付けている人を呼び止めて、ベナットの状態を聞いてみる。


「彼は、いつ運び込まれたのですか?

何があったのですか?

今はどんな状態ですか?

彼は・・・。」

詰め寄って責めるように質問をした。


「落ち着いてください。彼の身内ですか?

運び込まれたのは5日くらい前で、あれです。この前の奇襲。

彼は足に毒矢を受けて、動けないところを複数人で攻撃されたんじゃないでしょうか。

血だらけで意識が朦朧としながらも、何人か怪我人を担いでここまできたんですよ。

ここにいる人達はほとんどあの時の被害者です。」


「そうですか。」

周りを見渡すと、30人近くの人が床に寝かされており、彼のように意識がなさそうな者も何人か見受けられた。


「容態は、今は何とも。

血がかなり出ていますし、今は解熱剤で熱を下げていますが、薬が切れればまた熱は上がるでしょう。

意識がないのでこのままでは栄養を取れずに衰弱死ということもあるかと。もしくは傷口から感染症にかかるかも。

あまりいい状態とは言えませんね。」


「彼を移動させても?」

「別に構いませんが、あの大きな身体をあなたが動かせるとは思えませんね。」


「そうですね・・・。」

「意識が戻って身体が動かせれば、引いたらいいと思います。もう戦えないでしょうし。引けるなら引いてもらえると助かります。」

「分かりました。」



べナットの横には彼の荷物が置かれていて、ハルバードの柄の部分は半分に折れていた。血だらけの、彼の大きな胸当てには横に大きく一筋の切り裂けた跡があり、いつも着ていた毛皮のベストと腰巻きもあった。


私はベナットが感染症に罹らないように、桶を借りて水を汲み、布を濡らして顔や髪や身体を拭いていった。

力の入っていない腕はとても重くて、こんなに力無く横たわる彼を見続けるのは辛かった。

反対に回って手を持ち上げると、彼は何か布を握っていた。他は力が入っていないのに、その布だけは離さないようきつく握り締められていた。



何をそんなに握り締めているんだろう・・・。

その布の正体が気になって、色んな角度から眺めてみた。



!!!!



少し血の付いたその布の端に、見えてしまった。クマが。私が刺繍したクマが。


「私があげたハンカチ、持っていてくれたんだ・・・。」

私は横たわるべナットのお腹の上に突っ伏して泣いた。

しばらく泣いて、ここまで殆ど休みなく駆けてきた疲れもあり、そのまま彼のお腹の上で眠っていた。


しばらくすると目が覚めて、身体を起こし、まだ目を開けないベナットを見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る