べナットの危機


「ベナット、起きて・・・。」


カロリーヌの声が聞こえた気がした。



何か首を誰かに触られたような、気持ち悪い感じがして意識が浮上してきた。


「ベナット!?」

カロリーヌか?いや、そんなわけはない。ここは戦場だ。彼女がいるわけない。

しかし、俺の目に映るのは心配そうに見つめる彼女の姿。


夢か、いや、死んだか?

起き上がろうとしたが全身が千切れるように痛んだ。

現実か・・・?


「カ、ロ、リーヌ?」

酷く掠れた声が出た。



「そうよ。カロリーヌよ。」

「な、ん、で・・・。」

「ちょっと待って、水を持ってくるわ。」

彼女は水を持ってくると、俺の頭を少し起こして、そこに膝入れて固定し、水を飲ませてくれた。


「動けるようになったら戦場から引くわよ。」

「・・・。」

なぜ彼女がここに?


「こんな状態じゃ戦えないでしょ?」

「・・・。」


「私があげたハンカチ、持っていてくれたのね。ぎゅっと握り締めていてくれて嬉しかった。」

「・・・。」


右手には、ハンカチの感触があった。

握り締めていたところを見られたと思うと、何だか急に恥ずかしくなった。



「格好悪いところ、見せちまったな。」

「そんなことないわ。

あなたは奇襲を受けた時に、血だらけになりながらも、怪我人をこの救護所に何人も運んで来たって聞いたわ。

ベナット、あなたは格好いいわ。」

そんなことまでなぜ知っている?



これは都合のいい夢かもしれない。


「・・・。」

俺は、カロリーヌの目をじっと見た。

本物か?誰かの悪戯か?


「やだ、そんなにジッと見られたら恥ずかしいわ。」

「・・・この動かない身体が、もどかしい。」

本当にカロリーヌなら、彼女の感触を触れて確かめたい・・・。


「そうね。早く治して帰りましょう。」

「そうだな。」

彼女の言う通り、帰ろう。

もう、傭兵は続けられないかもしれないし、続けられたとしても、悲しそうな彼女の顔を、もう見たくなかった。


「体力をつけるためにも、何か食べないとね。何かもらってくるわ。」

彼女は乾燥野菜と干し肉のスープと、パンを持ってきた。


「ベナット、食事を貰ってきたわ。」

彼女はまた俺の頭を少し起こして、膝を入れて固定した。


「このパン、このままじゃ食べられそうにないから、スープに浸すわね。」

スプーンに乗せたパンを俺の口に持ってきた。


「あーんして。」

恥ずかしすぎるだろ。何だこれは。俺はしばし逡巡したが、仕方なく口を開けた。


「髭が伸びすぎて口に被って邪魔ね。剃ってもいい?」

「・・・あぁ。」


「じゃあ先に剃るわね。」

確かに口にかかるほどに伸びた髭は邪魔だった。

彼女はサバイバル用の小さいナイフで、俺の髭を丁寧に剃っていった。


「これ、すごい量。ふふふ。

まるで獣の毛皮みたいだわ。ふふふ」

彼女は、抵抗できない俺をを良いことに、口髭だけでなく顎も頬も全部剃った。

そして、こんもりと出来た毛の山を見て笑った。


「顔が寒いな。」

髭を剃るなんていつぶりだろう。何だか気恥ずかしい。


「何その感想。ふふふ。じゃあ食事の続きをしましょうね。」

「・・・あぁ。」


「あーん」

俺は覚悟を決めて彼女に食べさせてもらった。彼女がどんどん口に運ぶスープを、無心でただ食べた。


「・・・ありがとう。」

「いいのよ。好きでやっていることだから。」


「・・・。」

やっぱり都合のいい夢かもしれない。何だか眠いし。次に目が覚めたら、戦場でたった1人打ち捨てられているかもしれない。



俺が再び起きると、辺りは夕方になろうとしていた。


「カロリーヌ・・・。」

やはり夢だったのだろうか・・・。


「ベナットどうしたの?私はここにいるわ。」

「そうか。さっきのは全部夢かと思って。」


「全部現実よ。」

「そうか。俺はまだ死んでいないんだな。」


「死んでないわ。早く動けるようになって帰りましょう。」

「あぁ。」

カロリーヌはいた。しかも、全部現実だと言う。生きていることも、カロリーヌが微笑んでくれることも。

俺は何か温かいものが胸に込み上げてきた。



2日もすると、俺は起き上がれるようになった。早く回復しなければ。彼女のためにも。


「ベナット、あなた髭が無いと整った顔立ちをしているのね。」

「いや、そんなことはない。」


「格好いいわよ。」

ハルバードを振り回す姿が疾風のようで格好いいと傭兵連中に言われたことはあるが、まさか女性に顔のことを格好いいと言われる日が来るとは思わなかった。


身体がでかいとか、クマみたいとはよく言われるが・・・。

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