べナット戦場へ

酒場のマスターから戦争の詳細を聞いて、俺はヒンメル王国側に付くことにした。


ここシュタットからは隣国ネーベルを抜けてヒンメル王国に入り、ブリーゼ国との国境を目指すルートが1番いいだろう。


馬がいればいいが、俺の身体だとなかなか乗せてくれる馬がいない。

走るか。人一倍足が速いから、走る分には問題ない。


よし、走ろう。

3日かけてシュタットとネーベルの国境に辿り着いた。

シュタット王国を出る時、カロリーヌ王女が俺を引き止める声が一瞬浮かんだが、頭を振って振り払った。


いいんだ。あっちは王女。俺は傭兵。けして交わることのない別世界の人間同士だ。


もう、会うこともないだろう。そう思うと、少し寂しいと思ってしまった。



ネーベルも3日かけて走って抜け、やっとヒンメル王国に入った。

戦争が始まろうとしているとは思えないくらい落ち着いた街並みで、シュタット王都と何も変わらない日常が流れているように見えた。


しかし戦地に近づくと、やはり傭兵や農民兵が増え、治安も悪くなっていく。


重い荷物を運んだであろう馬車の轍が、デコボコとそのままになっていたり、途中で野営をしたような痕跡も色々なところに見えた。



戦地へ着くと、傭兵として名前を登録する。

敵味方の判断ができるように、服や体のどこかに付ける赤い布を渡された。



いつも顔を合わせる傭兵仲間とも再会した。


「疾風、久しぶりー。元気そうだねー。相変わらずクマみたいだね。その頭も髭もその毛皮も。」

「あぁ、久しぶりだな。炎舞は、相変わらず軽いな。銀狼も元気だったか?調子はどうだ?」


「しっかり調整してきた。お前もだろ?」

「あぁ。1週間くらい森に篭ってた。」


「疾風は相変わらず真面目だな。ククク」

「疾風がその格好で森にいたらマジでクマと間違えられそうだよねー」

「そんな事はない。たぶん。」

アハハハハハハ



「よお!疾風、相変わらずでかいな。」

「大きさは変わらないよ。陽炎もその格好、相変わらずだな。」

「まあな。」


「あれー疾風じゃん。お前いるなら今回も楽勝だな!」

「隼がいるなら俺も心強いよ。」


俺たちはいつも二つ名で呼び合っており、顔見知りはだいたい二つ名がある。


二つ名が無いやつは、傭兵になっても二つ名が付く前にすぐ辞めたり、実力が足りずに命を落とす。

俺は疾風と呼ばれているが、誰が付けたかは知らん。


ブリーゼ国は傭兵も不足しているみたいで、だいぶヒンメル王国が押し返していた。


戦場を駆け回ってハルバードを振り回す。

久々の全力解放は爽快だ。


人を殺すことに喜びを感じるわけではないが、相手が死んでも死ななくても、戦いは俺の一部だ。

戦況をひっくり返した時の周りの兵の高揚感や、敵と味方の軍勢がぶつかり合う直前のヒリヒリと肌がヒリつく緊張感、作戦がハマった時の歓声、どれも俺の心を震わせる。



それは誰も想像していないところにきた奇襲だった。

いつの間に回り込んでいたのか、横っ腹から麻痺毒が塗られた毒矢の雨が降り、敵が雪崩れ込んだ。


大半の味方兵が毒矢を受けて、俺も、よりにもよって左足に毒矢を受けて動けなくなった。

動けない俺たちを蹂躙していく敵兵。

俺は動かない左足を引き摺りながらハルバードを振り回して応戦した。


しかし、得意の足が動かないことでかなりのハンデとなった。

いつもなら軽々避けられるような槍も腕に掠り、そんなのを繰り返しながら退いていくが、麻痺毒はだんだんと血流に乗って上半身にも回っていく。


とうとう胸をザックリと横一文字に斬られて、死を覚悟した。

毒矢を浴びていない味方兵が、何とか敵を食い止めてくれているうちに・・・

俺は意識が朦朧としながらも、まだ息がある倒れた味方を複数人、担げるだけ担いで救護所へ向かった。

たぶん辿り着けただろう。



「行かないでほしい。死なないで。」

涙を浮かべる王女様の姿が浮かんで、オレは胸元にしまってあった、彼女にもらったクマの刺繍のハンカチを出して握り締めた。



「カロリーヌ・・・。」


仕方ない。もし生き残ったら、彼女にもう一度会いに行こう。

情けなくもこんな下手を打って、だから行くなと言ったんだと怒られるだろうか。

ははは。

それはそれでいい。


・・・まだ、生きていたいな・・・。


最後のは夢か現実か、そのまま俺の意識は途切れた。

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