べナットの旅立ち 〜カロリーヌ視点〜
べナットに振られてから、私は剣術に夢中で取り組んだ。別に剣術でなくてもよかったけれど、ただひたすらに剣を振るっているだけで、少し気が紛れた。
べナットが言うことは理解できる。私も頭では分かってた。
叶わない恋だって、分かっていたけど、どうしても伝えたかった。
あれから1年半が経過した。
会わない日が積み重なって、少しずつべナットに対する想いも整理できてきた。
そんなある日、私が最も恐れていたことが、起きてしまった。
戦争だ。ヒンメル王国とブリーゼ国の間が緊迫していると。
急いで情報を集めると、やはり戦争が起きるのは間違いなさそう。
きっとべナットは、戦地へ行くんだろう。
そうしたら、もうこの国には戻らないかもしれない。
そうなるのなら、せめてお別れの挨拶をしたい。
私は城を堂々と出て、職業斡旋所に行ったが、べナットは来ていないと言う。もう王都を出てしまったのだろうか・・・。
それならと、門番に聞きに行くと、べナットは戦争に行くために森で身体の調整をしているらしい。
私はすぐに門を出て、街道を駆けて森に入り、べナットを探した。
川で洗ったのか、シャツを枝に干しているべナットを見つけた。
シャツを干しているので、上半身は裸で、厚い胸板も、割れた腹筋も、腕の筋肉の筋1つまでもが彫刻のように美しいと思った。
「探しましたよべナット!」
私は嬉しくて、大声でべナットを呼んだ。
近付いてみると、その鍛えられた身体には、数えきれないほどの傷跡があって、少し動揺した。
「お前、その格好はどうした?」
「あれから私は剣術を学んで、守られる女ではなくなったの。」
ちゃんと戦闘の訓練を続けた私は、ここへ来るのにドレスなんかは着てこない。
動きやすい服装で、野盗が出ても戦えるように帯剣している。
「そうか。」
「ヒンメル王国とブリーゼ国の間で戦争が始まる気配があるわ。あなたも知っているから、こうして森に篭って調整をしているのでしょう?」
「ああ。俺は傭兵だからな。戦争が起きればどこへでも行く。この国とももうすぐお別れだな。」
「・・・。」
そんなあっさりと別れを口にして・・・。
「大丈夫だ。戦争が起きても、この国には影響はほとんど無いだろう。」
「・・・行かないで・・・。」
そうじゃない。この国の事を心配してくれるのは嬉しいけど、そうじゃない。
私はグッと拳を握りしめて消え入りそうな声で呟いていた。
「はぁ?何て?」
聞こえなかったか・・・
「行かないで!行かないでほしいの!」
「何でだよ。俺は傭兵だと何度も言っているだろ?戦争があればどこへでも行く。それが俺の仕事だ。」
「それでも。それでも行かないでほしいの。あなたが死んでしまうんじゃないかって怖いの。」
最後に挨拶をしようと思ってきたけど、今回は旅に出るのとは訳が違う。
べナットの身体に刻まれた傷跡を見て、それを思い知った。もう二度と会えないかもしれない。そう思うと怖くてたまらなかった。
「そりゃあ戦争だからな。死とは隣り合わせだ。いつだって生きて帰れる保証はない。それでも俺は行く。」
「それでも・・・。
私はあなたに生きていて欲しい。
本当は、最後にお別れを言いたくてここに来たの。
でも、その傷・・・」
その傷を、増やして欲しくない。
私の言葉なんかで引き止めることなんて、できないことは分かっているけど。
「こんなのはもう治ってる。」
「あなたに何かあったら私・・・。」
私は駆けてべナットの硬い胸に抱きついた。べナットは相変わらずクマのように大きくて、胸というよりお腹だったけど、それに両手を回しても、手は届かなかった。
「おい、離れろ。」
私は絶対に離れないと、腕にこれ以上ないくらい力を入れて締め上げた。べナットにとってはこれくらいの力、痛くも苦しくもないんでしょうね。
「嫌よ。離れたくない。べナットを戦場に行かせたくない。」
私は彼の顔を見上げながら、涙を必死に堪えた。
「もう、俺の事なんか気にするのはよせ。お前はこの国で、みんなを守って生きていってくれ。」
なぜ、そんなに悲しそうな顔をするの?
戦場には何があるの?
なぜ彼は戦場に行かなければならないの?
「・・・どうしても、行くの?」
「あぁ。」
「そう。私が引き止めても、べナットの決心は揺らがないのね。」
「あぁ。そうだ。」
私に、べナットは止められそうにない。
「じゃあ、べナット約束して。死なないって。」
「そんな約束はできん。」
「もう。こういう時は例え嘘でも、分かったって言うものよ。頑固なんだから・・・。」
「なんかすまん。」
「それと、私のことお前って言うのもやめて。私にはカロリーヌって名前があるの。」
「あぁ、すまん。か、カロリーヌ、様?」
「いいわよ様なんかつけなくて。」
「・・・。」
名前、初めて呼んでくれた。
「もう、行くわ。」
「あぁ。」
「ちょっと耳貸して。」
「あぁ。」
私はしゃがんで耳を近づけてくる彼の頬にキスをしようとしたが、頬は髭だらけだったので、仕方なく耳にキスをした。
これくらいは許してよね。
「じゃあね!」
「あぁ。」
唖然としたべナットの顔を最後に見れた。
さよなら、愛しいベナット。
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