べナットの旅立ち

あれから1年半が過ぎた。


俺は相変わらず、土木作業などをして生活をしている。

戦争がないのは平和でいいことだが、俺みたいな傭兵は商売上がったりだな。

一応身体が鈍らないように訓練は続けていたが、なんとも平和な日々を過ごしていた。



そんなある日、隣国ヒンメル王国と、その向こうのブリーゼ国の辺りがきな臭いと噂が流れてきた。


俺は酒場に足を運んでマスターに話を聞くことにした。


「あらべナット、久しぶりじゃない?あなたも例の噂を聞きつけたのね〜?」

「ああ、詳しい情報は入ってるか?」


「いいえ、まだよ。

それより、久しぶりなんだから何か飲むでしょ?」

「ああ、じゃあウイスキーロックで。」



「分かったわ。」

髭面のマスターはいつものように小指を立ててウイスキーをグラスに注いだ。

この、口調がオネエのマスター、意外にもこんな形だが情報屋をやっている。

情報屋と言っても、貴族のゴシップなどは扱わず、各地の戦争や、薬や違法奴隷など犯罪情報を専門としている。



「いつごろ例の情報が入る予定だ?」

「そうね、あと1週間ってところかしら?何もなければ、その頃に情報抱えた子が戻ってくる予定よ。」

「そうか。じゃあその頃にまた来る。」

「ええ、待ってるわ」

マスターは俺に向けてウインクをよこしたが、俺はそれを無視してウイスキーを煽ると、店を出た。




久しぶりだな。明日からは宿を引き払って、森に篭って本格的に訓練を開始しよう。


「長いこと世話になったな。」

「べナットさん、もう出ていくのね。寂しくなるわ。これ、前金でいただいてた宿代の精算分よ。

またのご利用お待ちしています。」

「あぁ。」

俺は金を受け取ると、宿を出た。

食料を買い、門へ向かう。



「あれ?べナットさん、荷物多いですね。どこかに行くんですか?」

門番の男が気安く話しかけてくる。


「戦争が近いって噂だからな。しばらく森に篭る。」

「ええ?戦争?」

「ああ、だが心配しなくてもいい。この国の話じゃないから、戦争が起きてもこの国に影響は無いだろう。」

そう言うと、門番の男はあからさまにホッとした様子だった。


「いつそっちに発つんです?」

「早ければ1週間後だな。」

「そうですか。お気をつけて。」

「ああ。」

俺はそのまま森へ向かった。




森に入って5日目。

川でシャツを洗って枝に干していると、王女様が1人でやってきた。


「探しましたよべナット!」


声がした方を向くと、髪を一つに高く結い上げ、ピッタリとした上下にブーツを履いて、革鎧に革の肩当て、帯剣をした王女様がいた。


「お前、その格好はどうした?」

「あれから私は剣術を学んで、守られる女ではなくなったの。」

少女の面影は残しつつ、引き締まった身体にピンと伸びた背筋は、少し大人になったように見えた。

彼女の言っていることは本当なのだろう。

不覚にもその凜とした立ち姿にドキッとした。



「そうか。」

「ヒンメル王国とブリーゼ国の間で戦争が始まる気配があるわ。あなたも知っているから、こうして森に篭って調整をしているのでしょう?」

「ああ。俺は傭兵だからな。戦争が起きればどこへでも行く。この国とももうすぐお別れだな。」



「・・・。」

「大丈夫だ。戦争が起きても、この国には影響はほとんど無いだろう。」



「・・・行かないで・・・。」


「はぁ?何て?」

急に目を伏せて呟いた彼女の消え入りそうな声が聞き取れずに、俺は聞き返した。


「行かないで!行かないでほしいの!」

「何でだよ。俺は傭兵だと何度も言っているだろ?戦争があればどこへでも行く。それが俺の仕事だ。」


「それでも。それでも行かないでほしいの。あなたが死んでしまうんじゃないかって怖いの。」

「そりゃあ戦争だからな。死とは隣り合わせだ。いつだって生きて帰れる保証はない。それでも俺は行く。」

戦場だけが、俺の生きる場所。



「それでも・・・。

私はあなたに生きていて欲しい。

本当は、最後にお別れを言いたくてここに来たの。

でも、その傷・・・」


「こんなのはもう治ってる。」

シャツを干していたから、上半身裸の俺の古傷が見えてしまったんだろう。



「あなたに何かあったら私・・・。」

彼女は俺に向かって駆けてきて、俺の腹辺りに体当たりして抱きついてきた。


「おい、離れろ。」

引き剥がそうとするも、凄い力で絡みついてくる。


「嫌よ。離れたくない。べナットを戦場に行かせたくない。」

彼女は俺の顔を見上げて涙を堪えている。

彼女はまだ俺のことを・・・

でもダメだ。俺は傭兵。身分も国籍もない。それに、俺は戦場でしか生きられない。



「もう、俺の事なんか気にするのはよせ。お前はこの国で、みんなを守って生きていってくれ。」

「・・・どうしても、行くの?」

「あぁ。」


「そう。私が引き止めても、べナットの決心は揺らがないのね。」

「あぁ。そうだ。」

やっと彼女は腕を離した。



「じゃあ、べナット約束して。死なないって。」

「そんな約束はできん。」

「もう。こういう時は例え嘘でも、分かったって言うものよ。頑固なんだから・・・。」

「なんかすまん。」


「それと、私のことお前って言うのもやめて。私にはカロリーヌって名前があるの。」

「あぁ、すまん。か、カロリーヌ、様?」

「いいわよ様なんかつけなくて。」

「・・・。」



「もう、行くわ。」

「あぁ。」


「ちょっと耳貸して。」


「あぁ。」

俺がしゃがんで彼女の顔に耳を近づけると、彼女は俺の耳にキスをした。



「!!!!!」



「じゃあね!」

「あぁ。」

俺はその感触に驚いて、彼女が去って行くのをしゃがんだ状態のまま唖然と眺めていた。



暫くそのままボーッとしていると風が吹いて、

「ックシュンッ」

寒いな、シャツ、もう乾いたかな?

シャツを着て、毛皮のベストを着た。

もうその日は、訓練をする気にはなれなかった。



翌日、酒場を訪ねると、やはりヒンメル王国とブリーゼ国の間で戦争の兆候があると言う。

戦場となる土地の場所や気候、地形、戦争が起きた理由などの情報を買い、その日のうちに俺は発つことにした。

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