どうしても会いたくて
護身術を習い始めて一月経った。
べナットにはあれから会えていない。
私はこんなに会いたいのに、べナットは違うの?
まだ自分の身を完全には自分で守れないかもしれない。でも会いたい。
べナットに使ってもらいたくて、べナットを想って、ハンカチを用意して刺繍をした。
べナットは貴族じゃないから家紋がない。王家の紋章を入れるのは憚られたので、仕方なくクマの絵を刺繍した。ちゃんとハルバードを持たせた私の力作。
会いたい気持ちが募って、我慢できなくなって、私はまた平民の格好をして、早朝に城を抜け出した。
職業斡旋所に行ったが、今日はべナットは来ていないと言う。べナットがどこにいるか聞いたところ、分からないが滞在している宿は分かるそうで、宿の場所を教えてもらった。
初めて訪れた、宿が並んだ通りには、同じような建物が並んでいて、べナットがいる宿がなかなか見つからない。
キョロキョロしながら歩いていると、横の通りから人が出てきたのに気付かず、2人組みの男性にぶつかってしまった。
「ごめんなさい。」
「あぁ?痛てぇなあ。どこ見て歩いてんだ?」
うぅ、怖い。なんか近いし、見下ろされた目はギラギラしていて、一方後ずさってしまった。
「ごめんなさい。宿を探していて・・・。」
「そのゴージャスな髪はお貴族様かな〜?こんなところに1人でいていいのかな〜?
お兄さん達が遊んであげようか?」
何でしょう?この方達は。虫唾が走るとはこのことかしら?
手を出されても護身術で何とかなるかもしれないし。毅然とした態度で対応しなきゃ。
「いえ、結構です。失礼します。」
私が通り過ぎようとすると、1人が私の腕を掴んだ。咄嗟に習ったばかりの護身術で腕を解いたが、今度は髪を掴まれた。
「痛い!何をするのです?」
「何をするのって〜?こっちのセリフだよ〜、腕、痛かったな〜」
ニヤニヤと下卑た目つきが気持ち悪い。
腕は掴まれても解けるけど、髪は・・・
どうしよう・・・
怖い。
「おい、お前ら俺の連れに何してる?」
私の背後から巨大な影が差した。べナットの声だ。
「いや〜この子が・・・」
「何をしていると聞いているんだ。」
「す、すいません」
2人組の男は掴んでいた髪を離すと、謝りながら逃げていった。
「はぁ・・・。
で、お前は何でここにいる?」
逃げていく2人組の後ろ姿を眺めていると、声を掛けられた。
「ありがとう。」
「ありがとうじゃなくて、何でここにいる?
またそんな格好をして、護衛も見当たらないし。こんなところじゃ目立つ。移動するぞ。」
べナットと2人で公園まで行って、今日もべナットは私のために腰に巻いた毛皮を芝生の上に敷いてくれた。
「で、何であんなところにいた?
まぁあんたは知らないだろうが、あの通りに1人でいる女はほとんどが客待ちの娼婦だ。
間違ってもあの通りに1人で入るな。」
「ごめんなさい・・・。
どうしてもべナットに会いたかったの。職業斡旋所に行ったら今日は来てないって言われて、宿を教えてもらったの。」
知らなかったとはいえ、私、危なかったんだ・・・
「なんで俺を探してたんだ?」
「これ、渡したくて。」
私はべナットにハンカチを渡した。
「これは何だ?」
「ハンカチ。私が刺繍したの。ここ。」
私はハンカチを広げて、ハルバードを担いだクマの刺繍を指差した。
「ブッワッハッハッハッ
お前、これ俺か?ヤバすぎんだろ!ワッハッハッハッ
ヒィ、苦しい・・・。これ、傑作だな。」
なぜかべナットにものすごく笑われた。
「・・・気に、入らなかった?」
「いや、ありがとう。」
べナットは、笑いすぎて目の端にキラリと涙が光ったのを、大きなクマのような手で拭ってそう言った。
べナットってこんな風に笑うんだ・・・
あぁ、もう、完全に落ちてしまった。いえ、落ちてることに気付いてしまった。
私はべナットに恋してる。
「ねぇ、べナット。」
「何だ?」
「私、べナットの嫁になりたい!」
「はぁ?またそんなこと言ってるのか・・・。」
べナットは呆れた様子でそう言って、ため息を吐いた。
「べナット、聞いて。
冗談じゃないの。本気なの。真剣なの。
私、べナットのこと、好きなの。だから・・・。」
また泣いてしまいそう。涙が込み上げて、溢れないように手をギュッと握って耐えた。
「うん。分かった。冗談じゃないのは分かった。
けどな、前に言っただろ?俺は傭兵なの。戦争が起こればどこの国へも行く。人を殺すのが仕事なんだ。
お前は王女様だろ?住む世界が違うんだ。」
やっぱりべナットは、私に向かって子供に言い聞かせるように話す。
「お願い、べナット。私のこと、子供扱いしないで。もうすぐ成人するわ。
断るにしても、ちゃんと1人の女として見て欲しいの。」
これは本音。べナットへの想いが例え叶わなくても、1人の大人の女性として見てほしい。
「え、もうすぐ成人・・・まだ10歳過ぎた頃かと。」
「酷い!私は14よ!」
「だがなぁ、俺は24だ。10歳も歳下の女の子を女として見るのは難しいぞ。」
べナット、24なんだ。思ったより若かった。
べナットは大きな腕を胸の前で組んで、難しい顔をして困っている。
でも、私のことを考えてくれている。べナットの頭の中に私がいるだけで、今はいいや。
「ごめん。子供かどうかじゃなくて、やっぱり俺にとってお前は一国の王女様で、お前の気持ちは嬉しいけど、想いには応えられない。」
べナットはちゃんと向き合ってくれた。彼の真っ直ぐな言葉に、一筋だけ、涙が流れた。
べナットは私の涙を指で拭おうと手を出したけど、寸前のところで手を止めて、少し迷って手を引いてしまった。
あのクマのように大きな手に、触れて欲しかった・・・。
「困らせてごめんなさい。もう、帰ります。最後に、城まで送ってくれますか?」
「ああ、分かった。ちゃんと護衛もしてやるよ。」
「ありがとう。でも護衛は要らないわ。私、この前べナットに『守られているような女はごめんだ』って言われてから、護身術を習っていたのよ。
もう、守られるだけの女じゃないの。」
あなたの隣に立てなくても、続けていくわ。
「そうか。頑張ってるんだな。」
クマのような大きな手が、わたしの頭を包み込むほど大きな手が、フワッと触れた。
そんなのずるい。そんなことされたら、あなたのことを、諦められなくなってしまう・・・。
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>>>陛下周辺
「カロリーヌ様付きの侍女からの話ですが、例の傭兵に振られたようです。」
「なんだ?振られたというのは。」
「何でも嫁になりたいと言ったら、住む世界が違うと、想いには応えられないと、ハッキリ言われたようです。」
「全くあいつは勝手な事を・・・
まともな考えができる男だったのが幸いだったか。」
「ただ、かなりショックだったようで、見ていられないとか・・・。」
「なんだ?部屋に引きこもって食事も取らんとか、そういう事か?
それなら暫くすれば解決するだろう。」
「いえ、騎士団に押しかけて、毎日倒れるまで剣術の稽古をしているようです。」
「あいつは・・・
どうせ長続きはせんだろ。放っておけ。」
「かしこまりました。
それとは別に、以前勉強していた各国の情勢と文化ですが、なかなか覚えも良く向いているのではないかと、教師からの言葉です。」
「ほう、ではカロリーヌは他国と縁談を結ばせるのがいいかもしれんな。」
「そうですね。近隣の年頃の王子を当たって見ましょうか?」
「そうしてくれ。」
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