街への帰還
王都の門には暗くなる前に着いた。
「降りれるか?」
「無理よ。」
「仕方ないな。」
そう言って、彼は丸太のような太い腕で私を抱えて降ろしてくれた。
「あ、靴が無いわ。」
「あーしょうがねーな。これの上に乗っとけ。」
彼は腰に巻いていた毛皮を、また地面に敷いてくれた。
「門を抜けるのって皆んなは並ぶのね。」
私は門を抜けるのに並んだ事など一度も無かったから知らなかった。
「貴族なら並ばなくても入れるんじゃないか?何か証明できるものはあるか?」
「ないわ。御者か侍女が持っていたかもしれないけど、今は無いわ。」
「そうか。じゃあ大人しく並んで待つしか無いな。」
順番がきたため、彼は自分の身分証を門番に提示して、私を見た。
「そう言えばあんた名前は?身分証はあるか?」
「カロリーヌ・シュタットよ。身分証は無いわ。」
「・・・そうか。門番さん、カロリーヌ・シュタットと本人は言っているんだけど、通れるか?」
「いや、えーっと、本人である証拠がないと難しいかと。あ、でも本人だったら不味いことに・・・。」
「自分上に聞いてきます!」
門番さんの1人は慌てて掛けて行った。
クマのような彼は、街道で野盗に馬車が襲われて助けに入ったけど護衛は全滅、野盗と共に街道脇に埋葬したと、門番に説明していた。
「どう見ても貴族だし、王女じゃなかったとしてもそのうち身内が迎えにくるだろ。門番にも保護してもらうように言ったから。
じゃあな。」
私を置いて立ち去ろうとする彼の服を咄嗟に掴んだ。
「いや。行かないで。お願い、1人にしないで・・・。」
私は彼の大木のような足に巻き付いて、離すもんかとギュッと力を込めた。
「俺は帰る。離れろ。門番さんもいるから怖く無いだろ?」
「いや。」
私は足に巻き付いたまま首をブンブンと左右に振った。
「はぁ、変な嬢ちゃん助けちまったな・・・」
「ははは、べナットさんにえらく懐いてるみたいですし?迎えが来るまで一緒に居てあげては?」
門番が笑いながら私を援護してくれた。
クマのような彼はべナットって名前なのね。
「分かった分かった。分かったからその手を離せ。」
そんなやりとりをしていると、先程上に確認すると言って駆けて行った門番が戻ってきた。王城に確認の伝令を飛ばしているみたい。
確認できるまで応接室で待つことになった。
「歩けない。」
「はいはい。抱えていけばいいんだろ?」
彼は片手で軽々と私を抱え上げて応接室のソファまで運んでくれた。
凄い。とっても力持ちだわ。素敵。
「べナットありがとう。」
「・・・。」
べナットはソファに座らず護衛みたいに立っていた。
「べナットはあの森で何をしていたの?」
「・・・訓練だ。」
「何の訓練?」
「・・・俺は傭兵だからな。腕が鈍らないように戦争がない時でもたまに訓練をする。」
「傭兵なのね。だからべナットは強いのね。」
「・・・。」
傭兵は、各地の戦場に駆けつけて戦う人という知識はある。でも戦争がない時に何をしているのかは知らなかった。
「戦争がない今は、何をして生活しているの?」
「土木工事とか、建築作業の手伝いをしている。」
「そうなのね。べナットは色々な仕事ができるのね。」
「・・・。」
べナットに色々質問していると、近衛騎士が4名と、王城から豪華な馬車が迎えにきた。
「もういいだろ?」
べナットは馬車の到着に気付くと、関わりたくないとでも言うように、裏口から風のように去って行った。
今度はべナットを捕まえることができなかった。
王城に着くと、お父様が心配して迎えにきてくれていた。
お父様に今日あったことを話し、亡くなった護衛達の遺品を渡した。
野盗の事は明日騎士団に調査させるみたい。壊れた馬車も脇に避けたとは言え、回収する必要があると思う。
「カロリーヌ、何もされていないか?」
「ええ、大丈夫よ。」
「本当か?」
「本当よ。ベナットが助けてくれたもの。」
お父様ってば心配性ね。
「そのベナットって奴に何もされていないか?」
「ベナットはとっても優しくて良い人よ。」
ベナットを疑うなんて、お父様でも許さないわ。
「そうだ。私、結婚するならベナットみたいな人がいい。」
「そ、そうか。考えておく。」
そうよ。結婚するならあれくらい大きくて強い人がいい。私のことをひょいっと軽々持ち上げられるようなが人がいい。
部屋に戻って湯浴みをして、夕飯を部屋で食べて、今日は走ったし疲れているからすぐに眠れると思ったのだけど・・・
全然眠れない。
思い出すのはクマのような彼、ベナットの事ばかり。
毛皮のベストを着て、毛皮を腰に巻いて、髪はボサボサだし顔も髭だらけだし、見たことないくらい大きい身体だし、ほんとうにクマみたい。
大木のような足は筋肉質で硬かったし、腕も持ち上げられた時に触れた感じは、とても硬かった。
毛皮の匂いと彼の汗の混じった匂いが何とも言えなかったけど、それはそれで野生的な彼らしいと思ってしまった。
そして、風のようにとっても動きが早くて、私の窮地を一瞬で救ってくれた。
もう一度会いたいな。
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