第二王女ですが何処の馬の骨とも分からないクマのような傭兵に嫁入りしたい

たけ てん

出会い

「我らが命に替えても食い止めます!王女様、どうかお逃げください!」

護衛騎士の叫び声が聞こえる。


お祖母様に会いに行った帰り、私は街道を馬車で移動中に野盗に囲まれた。


一応この国の王女だから、馬車の前後には馬に乗った騎士がそれぞれ2人ずつ付いていたけれど、野党の数は多かった。

20人ほどに囲まれると、騎士たちは私の退路をなんとか確保して野盗に向き合った。


一緒に馬車に乗っていた侍女は、馬車が横転した時に私を庇って足を負傷してしまったし、1人で逃げるしかない。


私は剣同士が当たる金属音、怒号を背に聞きながら、動きにくいドレスの裾を摘んで必死に走る。

靴は脱げてしまい、片方無いし、ドレスの裾だって泥だらけだけど、そんな事を気にしている暇はない。


誰か・・・道を誰かが通りかかる事を祈りながら走る。


こんなに走ったのは子供の頃以来だと思う。心臓は痛いし、喉はカラカラに張り付いて、息も上手く吸えない。

でも止まれば命は無いかもしれない。


「あっ」

その時は突如訪れた。ドレスの裾が街道脇の岩にかかって引っ張られて、足がもつれた。

もうダメだ・・・


このまま転んで、そして間も無く追いつかれて、野盗に殺される・・・

地面に倒れゆく時は、スローモーションのようにゆっくりだった。

私はギュッと目を瞑る。


しかしいつまで経っても地面に激突しない。

激突しないどころか、何か硬くて温かいものに支えられている感覚がある。


恐る恐る目を開けると、目の前にはクマ。



「きゃあああああ!」


「うるさい。何なんだ?大丈夫なら自分で立ってくれ。」

クマが喋った。

いや、それはクマのように見上げる程に大きくて、クマのように毛だらけだけど、人だった。


慌てて私は支えられていた体を起こして、その人物を凝視した。


頭には濃い茶色の髪がボサボサに生えており、顔の大半が髭だらけ。

目元も髪で隠れてよく見えないし、獣の毛皮でできたベストを着て、腰にも何の毛皮か分からない毛皮が巻かれている。

大きなハルバードを肩に担いだその人物は、本当にクマが後ろ足で立ち上がったみたいな見た目をしていた。


「あ、ごめんなさい。ありがとうございます。」

「ああ。大丈夫か?」


私はそう聞かれて慌てて後ろを振り向くと、野盗があと十数歩のところまで来ていた。


「助けてください。」

この人も野盗の1人かも知れないけど、もうこの人しか頼れる人はいない。この人も野盗だったら、もう諦めるしか無い。


「分かった。ちょっとここで待ってろ。」

「え、はい。」


そう言うとクマのように4本足で掛けていく。わけではなく、ちゃんと2本足で掛けて行った。と思う・・・。

と言うのも、あれだけ大きな身体なのに、信じられないくらいのスピードでハルバードを振り回して、敵がパタパタドミノ倒しみたいに倒れて、そしてすぐに戻ってきた。


私の目にはほとんど見えなかった。

風みたいにビュンッて行って、ビュンッて戻ってきた感じに見えた。


「すまん。間に合わなかった。

お前の護衛とメイドは助からなかった。」

「そう、ですか・・・。」


「どうする?」

「どうしましょう。私、これからどうすればいいんでしょう?」

本当に分からない。護衛も御者も侍女も亡くなって、馬車は横転して壊れているし、靴は片方無いし、どうすればいいの?

亡くなった方の遺体もどうすればいいのか分からない。

小さい頃から色々教育を受けてきたはずなのに、何一つ分からないし、何の知識もない。


「靴、片方無いのか?」

「はい。逃げている時に無くなってしまって・・・。

あ、もう片方もヒールが折れてる。」

「そうか。ちょっとこの上で待ってろ。」

「はい。」


彼は腰に巻いていた毛皮を地面に敷いて、その上に乗るように言うと、街道を外れて森に入って行った。




「・・・戻ってこないわね・・・。」

まさか1人で置いて行かれた?

血だらけの遺体もそのままだし、怖い。

じんわりと目に涙が浮かんできた。


「待たせたな。かなり遠くまで逃げてた。」

彼は馬を連れて帰ってきた。


「遅いです。こんなところに死体と一緒に置いて行かれたのかと思いました。」

クマのような大きな身体で、馬の手綱を木に括り付けている後ろ姿に文句を言いながら、涙が溢れてきた。


もう、一度溢れ出したら止まることを知らなくて、次々と溢れてくる。

振り向いたその人は、一瞬ぎょっとしたあと、慌てて駆け寄ってきた。


「悪かったよ。馬があんなに遠くまで行ってると思わなくて。

泣くなよ。」


「ふふふふ」

何だか大きな身体でオロオロしている姿が、面白くて、笑ってしまった。


「なんだ、平気なのか。嘘泣きか?

まったく。死体片付けてくるから、泣かずに待ってろ。」

「はい。」


街道の脇に穴を掘って、盗賊はそのまま担いで運んで埋めていた。

騎士と御者と侍女の分は、遺品を見繕って持ってきてくれた。

馬車も、もうダメだろうと言って、通行の邪魔にならないように脇に避けてくれた。

馬車って、人が持って動かせるものなんですね。


「馬は乗れるか?」

「乗馬はできますが、今はドレスなので無理かと・・・。」

「そうか。じゃあ横向きに乗って頑張って捕まっとけ。俺が馬を引いていく。」

そう言うと、私の腰を掴んで軽々と馬に乗せた。


「凄い!小さい頃にお父様に高い高いをしてもらって以来だわ。」

大人をこんなに簡単に持ち上げられるなんて、その太い腕は伊達じゃないのね。

少しドキドキした。


「落ちるぞ。黙って捕まっとけ。」

彼は手綱を引いてゆっくり歩き出した。


「あなたは乗らないの?」

「俺はこんな細い馬には乗れん。馬が可哀想だ。」

そうか。確かにクマのような大きな人を乗せたら馬が可哀想かも。

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