永遠に口づけを第4話
おれはルディアのいってることがわからなくて、首をかしげた。
「人形って、何のことだよ。それに罪って何だよ」
と、おれがいうと、
「静かにしていろ」
とティマトが低くいった。
「いえ、当然の疑問かと存じます。何しろティマトさん、あなたはリューグさんとイリスさんにほとんど常識や知識を与えていませんね?」
とティマトを注意するように、ルディアがいった。
「人形を所持する人間としては大変よろしくないことです。虐待に当たりますね」
「また人形って。それに人間って何だよ」
とおれは頭をかきながらいった。
「訂正します。知識に関してはほとんどではなく、まったく、が正しいようですね。列車に揺られてやって来てよかったですよ」
ルディアが腕を組みながら笑った。
「では、町の詰め所で伺いましょうか」
とルディアがティマトの腕を取ろうとした。
「待てよ!」
とおれは慌てて叫んで、ティマトとルディアの間に入った。
「やめろよ、ティマトは体が弱いんだ」
「やめるわけにはまいりません。警官というのは、悪いことをしたかもしれない方に話を伺うのが仕事ですから」
とルディアは笑顔でいったけれど、おれにはルディアの笑顔がとても怖く見えた。
怖いけど、負けるわけにはいかない、と自分を奮い立たせながらおれはいった。
「ほんとに悪いことをしたかどうかもわからないのに、連れていくっていうのかよ。それにおれの質問に答えてないぞ。人間って何だ、人形って何だよ」
おれにルディアが笑いかけた。
「どうか私たちを怖がらないでくださいね。疑いを晴らすためにも私たち警官がいるのですから。それに質問ですが、研修を受ければすぐにわかることですよ。研修もまた人形には必要なことです。人間と渡り合い、生きていく術が学べるのですから」
と、諭すようにルディアがいった。
またわからないことばが出てきたぞ。
「研修はわかったけど、他のは何なんだよ!」
おれは頭を両手で抱えたくなった。
「人間とは、生物の一種だ」
と決意を込めたように、ヴィルハルトがいう。
「報告書が待っていますねぇ」
とルディアが面白そうにいった。
「報告書って?」
「大人への第一歩です。それで、人間と人形のことはよろしいのですか?」
おれの質問にルディアが答えた後、おもしろそうに質問してきた。
「話してもいいだろうか?」
とヴィルハルトが話を続けようとする。
「ちょっと待った、まずは人間のこと。人間は鳥とかと一緒ってことか?」
「その通りだ、人とも表す」
「何だ、人間って人のことか。それならわかるよ、おれたちのことだろ」
とおれは安心していった。安心したおれとは違って、ヴィルハルトは固い表情をする。
「残念ながら、人形は人をはじめとした生物とは違う。人形とは、魔力という人間の生命力を源にしたもので動き、人とともにあるものの総称だ。人形は神木と呼ばれるものでできている。エスペルトでは五百年ほど前に最初の一体が造られ、いまでは二千体ほどが存在している」
ヴィルハルトの口から流れてくる話は難しいけど、おれはがんばって聞いた。
「人形を動かすための魔力は思いの石、と呼ばれる特殊な石に込めてられているとされている。思いの石は、人形の体のうち、人間の心臓があるところと同じ場所に埋め込まれている」
ヴィルハルトが一息ついた後、続けた。
「人形は年を取らない。子供は望めず、傷の治りは人間より早いとされている」
「何となく人形についてはわかった。でもどうしてされているばかり何回も続けるんだよ」
とおれは眉を動かす。おれを見たヴィルハルトが苦笑した。
「魔法士たちの弁だからな。魔法士はわかるだろうか?」
「魔法士って、民話で出てくる変わりのもののことだろ」
とおれがいうと、ヴィルハルトが困った顔をした。
「魔法士はこの世のすべてから真実を見つけ出すために、日々研究を重ねるものの総称だ。さまざまな分野に介入して人の歴史に糸を引いてきた存在でもある。なかには、エスペルトをほしいままにしたものもいた」
とヴィルハルトがおれの目を見ていった。
「人々からは恐れを抱かれていることも多いし、嫉妬もされている。民話では人の願望が先立つから、姿が史実とは違っているんだ」
おれを諭すように、ヴィルハルト。
「人形の制作は魔法士が担っている。また、魔法士は秘密が好きなものたちで、特に人形に関しては最小限のことしか明かしていない。政府機関も魔法士が怖くて口出しできない」
ヴィルハルトがもどかしそうにいった。
「魔法士協会という魔法士だけでつくられた集まりがあって、現実を変えるような力を持つところと強く結びついているためだ」
とつらそうにヴィルハルト。魔法士のこと嫌いになりそうだ、とおれが思っていると、
「あの、ヴィルハルトさん。私とリューグが人形なのだとして、それは幸福で推し量れるものなのでしょうか? 私にはわからないんです、人形であることが幸せなのかも、人形がこの国でどんな扱いをされているのかも」
とイリスが恐怖をこらえるようにいった。
「それは……」
とヴィルハルトが答えようとしたとき、ティマトがうめいた。
「ティマト!」
おれが慌てて振り向くと、ティマトが胸を押さえているのが見えた。
「いけませんね」
と短くいって、ルディアがおれのそばをすり抜けると、ティマトを軽々と抱き上げる。おれはおどろいて何もいえなくなった。
「長いすに寝かせましょうか?」
「ええ、お願いします」
とイリスが冷静な声で、ルディアに近づいていく。
「では、失礼しますよ」
と軽い動作で、ルディアがティマトを長いすに寝かせた。
素早い動きに、ティマトを軽々と抱き上げた力強さに、おれはひらめいた。武術のおかげってだけじゃないぞ。
「ヴィルハルト、もしかしてあいつは人形なのか?」
「ああ」
とヴィルハルトがうなずく。
「百年動いていると、ルディアはいっているよ。女性よりも二倍ほど力が強いとも。人形のなかには人間よりも優れた力を持つ個体もいる」
「百年!」
おれは目をしばたたかせた。
「人形って、そんなに長く生きてられるものなのか」
「人形による」
とヴィルハルト。
手当が終わったらしく、ティマトの寝息が聞こえてきた。とりあえずは安心していいみたいだ。おれはルディアを見て、人形と人って見分けがつかないなぁ、と思う。
おれが考えていると、ルディアといとしのイリスがおれを見た。
「いや、危なかったですね。連れ出していたら道端で倒れてしまっていたかもしれません」
とルディアがヴィルハルトに向けて朗らかにいう。
「大人の道をいくのも悪くはないようですね」
と、ルディアがいいながら歩き、ヴィルハルトの隣に並ぶと、ヴィルハルトの肩を軽く叩いた。
「好きにいう」
とヴィルハルトが苦笑いしている。
「さて、人形でいて幸せかという話だったな、イリスさん」
とヴィルハルトがイリスに向き直る。
「はい」
イリスが力強くうなずいた。
「決して、不幸ではないと思う」
イリスを安心させるように、ヴィルハルトがいう。ルディアがちょっとだけ眉を上げた気がしたけど、おれの気のせいだな。
「安心しました」
とイリスが心をほぐしたようにいった。イリスの安心した顔が見られて、おれもうれしくなった。途端に、おれの頭なかで疑問が湧いて出てきて、口から出た。
「どうやって人形と人を見分けてるんだ?」
またも質問しちゃって、おれは照れくさくなった。
おれのことは気にしてないみたいに、
「専門の札を使う」
とヴィルハルトが静かにいった。
「持ってるんなら見せてくれよ」
「慌てなくても、君たちの身元を検めるから待ってくれ。この国での人形の扱いについて、という質問も札を使った後で説明する」
とヴィルハルトが困ったようにいう。
ヴィルハルトが懐から何かを出した。
四角くて、手のひらと同じくらいの大きさだった。
「これが札だ。札を人形にかざすと、魔法陣というものが空中に出る。魔法陣とは人形の性格や人形が使う言語などを司るものだ。思いの石に刻まれているものでもある」
とヴィルハルトがいった。
「なら、おれからやってくれよ。イリスを怖い目に遭わせたくない。おれの後なら、イリスも安心すると思う」
「わかった」
ヴィルハルトが静かに、おれの額の近くに札をかざす。
すると、何かの形みたいなものが空中に浮かび上がった。
ヴィルハルトが少しだけ表情を動かした。
ヴィルハルトの表情が気になったけど、おれは魔法陣を見つめ直した。
「リューグさんは剣闘士型の人形だな」
「剣闘士?」
ヴィルハルトのことばにおれは質問した。
「闘技場と呼ばれる場所で、戦う剣士のことですよ。もっとも五十年前に廃止されていますがね。戦いに関することがあったとき、気分が昂ったはずですよ、リューグさん」
とルディアが肩をすくめていった。たしかに、とおれは思った。
「次はイリスさんの番ですね」
ルディアがイリスをヴィルハルトの近くに来るように促す。イリスは決心したようにうなずいた。
「少しの間動かないでくれ」
とヴィルハルトが札をイリスの額に向けてかざす。おれのいとしのイリスは大丈夫かな、とおれが心配していると、魔法陣がきれいに浮かび上がった。
急にヴィルハルトの表情が険しくなった。札を懐に入れてヴィルハルトが黙ると、魔法陣も消えた。
「厄介な事案ですね」
と短く、鋭くルディアがいった。
「また、おれたちには秘密か」
おれは低くいった。すごく大切なことをいってもらえないのはいやだった。
「わかった、確定したことから話そう」
と覚悟を決めたみたいにヴィルハルト。
「報告書は何枚書いても一緒ですからね」
と愉快そうにルディアが肩をすくめると、ヴィルハルトが苦く笑った。
すぐにヴィルハルトがイリスに向けて真剣な表情をした。
「イリスさんは介護型だが、本来あるはずの禁止事項が解かれている。禁止事項とは、人形が感じると好ましくない、と人が勝手に決めた感情や行動のことだ」
「殺意、性欲などですね」
とヴィルハルトのことばを引き継ぐみたいにルディアがいう。
「人形は感情に負荷がかかったとき、思いの石に亀裂が生じます。負荷がかかり続ければ、思いの石が砕け、人形は壊れてしまいます。二度ともとには戻りませんし、石を入れ替えることもできません。禁止事項の場合、破ろうとすると、負荷と相応かそれ以上の力が思いの石に加わります」
おれは寒気がした。おれが感じていた痛みは、まさか。違うよな、違っててくれよ、お願いだ。
ルディアが続ける。
「禁止事項によっては破っただけで思いの石が砕けてしまうこともあります」
おれはたまらなくなって、口を開いた。
「まさかと思うけど、おれの胸の痛みは……」
「君の禁止事項は性的接触と殺意を抱くことだ。魔法陣に出ていたが、誰かに触れたいと願えば、胸がかなり痛くなって、体が動かなくなっていたはずだ」
と、怒りと悲しみを乗せた声でヴィルハルトがいった。
イリスが息を飲む。
「まさか、ずっと苦しんでいたの、リューグ」
イリスが悲しみにうるんだ瞳でいった。おれは首を振る。
「苦しんでなんかないよ、イリス。これは恋の傷みだって、ティマトがいってた」
「ティマトさんの説明に問題があるようですね。恋の痛みではありません、思いの石に負荷がかかっていたために起きていたことです」
ルディアが少し怒ったようにいった。
「ひどい……! 私への想いがリューグを苦しめていたなんて!」
悲鳴に近い声で、いとしのイリスが叫んだ。
イリスを抱きしめて落ち着かせたい、と思った瞬間、おれの胸は激しく痛んで、何もできなくなった。
うそだ、と叫びたくなるのを、おれはこらえた。
「かつてはイリスさんのように、人形には何の禁止事項もなかったんです。でもね、人間たちが人形をいいようにしてしまう、という理由から人形たちに制限を設けました。世での人形の扱いを物語っていますね」
ルディアが頭をかいた。
「不幸であるかどうかはあなた方の感じ方次第ということになりますね。私にも禁止事項がありますけれども、武芸には何の影響もないので幸せといえば幸せです」
おれは拳を握った。
「おれには幸せだなんて思えない。愛し合うことすらできないなんておかしいだろ! 口づけして、永遠を誓い合えないじゃないか!」
イリスが両手で顔を覆う。
「人形の扱いが寒気のするほどひどいなんて」
おれたちの声を聞いて、ヴィルハルトが目を伏せた。
「不幸ではないと思う、などといってすまなかった」
とヴィルハルト。
「どうかヴィルハルトを怒らないでくださいね。ヴィルハルトはほかの人間よりも人形を理解し、慮っているのです」
とルディア。
「ヴィルハルトに怒ってるんじゃないんだ」
おれは何もかもに怒りたかった。人形なんてものを生み出した魔法士や、人間そのものに。
「何で、人形なんて生まれたんだ!」
というおれの叫びに、
「ときの権力者、つまり偉い人のことですが、他人とはうまくやっていけないと決めつけてしまい、自分にとって都合のいい友や連れ合いを求めたからです。人の形をしていながら人ではないものを」
とルディアが静かに答えた。
「魔法士からすれば権力者に取り入る機会だった」
ヴィルハルトが悲しそうにいって、また目を伏せた。
「時代が下るにつれ、人形は世に浸透していき、いまでは労働力となっている場合もある」
だから何とか型とか呼ばれているのか。ものみたいに。
おれは怒りと悲しみで心を冷やした。
いっそ、何も知らされていないほうがよかった。イリスとティマトとおれだけで暮らしていたほうが幸せだったんじゃないかって思える。
「大体のことはわかったよ。でもおれたちのことはほうっておいてくれればよかった」
とおれがいうと、
「残念ながらほうっておくわけにはまいりません」
と、ルディアがいままでで一番低い声を出した。
「リューグさんとイリスさんの置かれている環境はよくない。このままでは、半年もたたずにリューグさんは壊れてしまう」
とヴィルハルトが絞り出すようにいった。
「壊れるっていうんだな、死ぬじゃなくて」
おれは泣きたいのをこらえて、ヴィルハルトとルディアに向けていう。
「いろいろ教えてくれてありがとう。だけど、心がざわついてる。まさか壊れるっていわれるなんて」
「リューグ……」
いとしのイリスが涙声でおれの名を呼ぶ。
悲しすぎるイリスの声に、おれは弱音を吐くのをやめよう、と思った。イリスとの愛を守り抜くって決めたんだから。
「ごめん、しっかりしなきゃ」
とおれはイリスに微笑んでみせた。
おれはイリスを安心させたくて、イリスの瞳を見つめた。イリスの瞳は悲しみと慈しみのような色をしてた。
やっとおれたちが心を持ち直そうとしていると、
「……何をしている……!」
と唸るようなティマトの声がした。
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