第3話

 夜が明けて用心棒に会うと、おれは目をしばたたかせるしかなかった。二人の姿が思っていたのと、ちょっと変わっていたもんだから。二人とも力が強そうには見えなかった。


 一人は男で、金色の髪に青い目、白い肌をしてる。初めて見る容姿だ。男は優しそうな顔をしてて、あごひげを少しだけ生やしているけど、ひげがないほうが似合いそうだった。

 

もう一人は女で、こちらは茶色い髪に茶色の目、白い肌をしてる。愛想よく笑っている姿が陽気に見えた。よく見ると、二人とも紺色の作業着を身に着けてる。

「はじめまして! 私はルディアと申します。どうぞよろしくお願いいたしますよ。何をしていても口だけはよく回るお調子者ですが仲良くしていただけたのならこれ幸いです」

 と女ことルディアが一気にいった。しゃべり方が軽やかだ。

「こちらはヴィルハルト。寡黙なものでめったにしゃべりませんがお気になさらず。皆さんにお世話になるのが嫌いというわけではございませんので、どうか優しく接していただきたく――」

 というルディアのことばと、

「よろしくお願いします」

 というヴィルハルトの声が重なった。

「重なりましたね、発言が」

「ああ」

 と二人は互いに顔を見た。ヴィルハルトが苦く笑って、ルディアが陽気に笑ってる。


 変なやつら。というか、本当に用心棒になるのかな。


 おれの考えが顔に出ていたのか、ティマトがおれを見て、眉をひそめた。

「二人は頼りになる。街で酒場の用心棒をしていてな、特にルディアは大男を投げ飛ばしたこともあるそうだ。酒場の主人から聞いた」

 おれは二人を見る。投げるって、民話の英雄みたいに悪いやつを鮮やかに投げ飛ばすってことかな。それに、投げることもっていうのは、他にも何かやるってことなのかな。


 おれは眉を寄せた。

 とても信じられないなぁ。二人とも背は高いけど、細っこいんだもんな。


「おや、私たちの腕をお疑いで。私は拳聖と呼ばれたシュルタの志と技術を継いでいます。そこいらの剛のものも大型獣も軽く仕留めますよ」

 と笑顔でルディアがいった。シュルタは人の名前でいいみたいだけどなぁ。

「怪しい」

「よさんか」

 とおれとティマトの声が重なった。

「信じていただけないのもよくわかりますよ、何しろこんな細腕。ただし、腕に肉がついているからといって、強さになるのかはわからないものですよ」

 とルディアが楽しそうにいった。

「武術とは神秘ですからね」

 と付け足しながら、ルディアが笑顔のまま腕を回してる。怖いぞ。

「私のことばが信じられないとおっしゃられるのでしたら、私の技を信じていただくのがよろしいでしょう」

 とまた笑顔でルディア。

「技って?」

「木の板をご用意いただければ、打撃で板を二つに割ってみせますよ」

 とルディアが辺りを見渡した。ついでにルディアの拳が空を切る。

 ルディアの拳の動きはむだがなくてきれいだった。


 おれは血が沸き立つのを感じる。

 いいな、おれもやりたい、とおれの心が躍った。


 おれは自分でもびっくりした。調理するときよりも心が躍ることってあるんだな。

「手ごろな木があればいいのですが」

「いや、必要ない」

 ルディアとティマトの声がかぶさった。

「リューグを投げればいい話だ。こいつも暇を潰せていいだろう」

 とティマトが言い切った。

「ティマト、だめよ!」

 とおれが不満をいう前に、イリスが悲鳴みたいな声を出した。

「乱暴なことはやめて、お願い」

 イリスが黒い瞳を涙で濡らした。


 イリスの涙で、おれの心は少しだけ沈んだ。イリスに心配させてしまったことと、イリスに信じられてないことがおれは悔しかった。

 きっとイリスはおれがルディアに投げられて、地面に叩きつけられると思ってる。

「おれは大丈夫だよ、イリス」

 おれはイリスに笑いかける。イリスを安心させたかった。

「乱暴なことになんて、ならないからさ」


 おれは体中の血が沸き立つのを感じる。それと同時に、うまくいったときの、イリスへのことばも思い浮かべる。何ともなかったろ、イリスってことばをかけたいな。

「では投げましょうか。リューグさん、こちらへどうぞ。大丈夫ですとも、悪いようにはいたしませんので」

 とさわやかな声と笑顔でルディアがいう。

「よし、そばにいけばいいんだな?」

 おれはルディアに向かって歩いていく。すると、

「失礼しますよ」

 とルディアの声が低くなったかと思うと、ルディアにおれの腕を取られ、足を蹴飛ばされた。


 目の前の空と地面が逆転した。違う、おれが回ってるんだ、と思った瞬間、おれは体が地面に叩きつけられないように動いた。

 しなやかにおれの足が地面につく。おれの目の前には空と、笑顔のルディアが映った。

「素晴らしいですね! こちらも加減をいたしましたが、お見事です」

 ルディアが嬉しそうな声を出した。視界の端で、ティマトが何かを思い出したような、失敗を悔やむような顔をした。何でそんな顔をするんだろ。

「リューグ……」

 とイリスが心配そうな、安心したような声を出している。

「イリス、何ともなかったろ?」

 とおれは歯を出してイリスに微笑む。ルディアがおれの背中を押す。おれはルディアに押された力を利用して立ち上がってみせた。


 すると、ティマトの顔が一瞬だけ怒りで歪んだ。でもすぐにいつもの顔になった。忙しいぞ、何だよティマト。

「いかがでしたか? 打撃、投げ技、関節技、何でもござれが我が技でございます。ほんのひとときでも楽しんでいただけたようで」

 とルディアが上機嫌でまた腕を回す。

「またやるのか? ならおれにも技ってのを少しだけ教えてくれよ。やられっぱなしはいやだ」

 とおれは心を弾ませた。イリスにいいかっこうができるぞ、とも思った。

 イリスにはおれのかっこいいところを見てほしいもんな。

「残念ながらお教えできません。技は私のみが継ぐことに定められておりましてね」

「つまんないの」

 とおれはいじけようとする。

「手合わせならいつでもいたしますよ。この技をさびつかせないためにも、いいことですからね」

 と、楽しそうにルディア。

「ルディア、イリスさんのことを考えてやれ」

 とヴィルハルトがルディアを止める。

「ティマト」

 と珍しく、イリスが怒ったような、痛みをこらえるような声を出した。

「イリス、どうかしたのか?」

 おれは慌ててイリスのそばに駆け寄る。

「体は何でもないの」

 とイリスが優しくおれにいった後、ティマトに強い視線を送った。

「ティマト、リューグに荒っぽいことはもう二度とさせないで。お願い、約束して」

 とイリスが強くいう。イリスがおれのために怒り、願ってくれるなんて。うれしさと申し訳なさがおれの胸に広がっていく。

「悪かった」

 ティマトは困ったようにいった。

「私だけじゃなくて、リューグにも謝って」

 イリスのことばに、少しだけ怒ったように息を吐き、

「すまない」

 とティマトがいった。

「いいって、気にしてないからさ」

 とおれは明るくいった。


 顔には出さないけど、おれは少しさびしかった。おれのかっこうのいいところを見て、イリスが喜んでくれると思ったのにな。

 場の空気が沈んでる気がして、おれは、

「ルディアのことはわかったけど、ヴィルハルトは何ができるんだ?」

 と明るい声でヴィルハルトにいった。

「銃を」

 とヴィルハルトが短く答えた。

「銃?」

 銃って何だろう。おれがきいてみようとすると、

「あいさつは終わりだ。皆仕事を始めろ」

 とティマトが家に入っていく。イリスも続いた。

 何だよ、かわいくないな、ティマト。

 気持ちが晴れないままだな、と思いながらおれも家に入った。


 昼食の時間が近づいてきて、おれは支度をすることにした。

 忙しく道具を整えていると、ついつい銃のことが気になっちゃう。きっと武器のことなんだと思うんだけど、どんな形をしてるんだろうな。

 銃のことを考えて、気持ちが昂るなんて、おれはどうしちゃったんだろう。献立が思い浮かばない。民話で剣が出てくると嬉しくなるけど、ここまでにはならないのにな。


 しっかりしろ、と自分を叱って、おれは玄関に野菜を取りに行くことにした。

 玄関に置いてあるたくさんの野菜のなかから根菜を選ぶ。

 根菜は体にいいもんな、二人にたくさん食べてほしい、とおれは笑顔になった。

「こんにちは」

 と急に声をかけられて、おれは声のするほうを見る。


 声の主がおれと目を合わせる。声の主はルディアだった。

「素晴らしい出来の野菜ですね。まるで宝玉のようではございませんか。口に入れればさぞおいしいのでしょうね」

 と、とろけそうな笑顔でルディアがいった。野菜を食べたときのことを想像しているみたいだ。

「あげられないぞ。おれたち三人が一日で食べきれる量しかないんだ」

「残念です。余りがあるのかと思いましたが違うのですね」

 とルディアがさびしそうにいった。

「ほんのひとくち、というわけにもいかないようですね」

「自分で弁当を持ってきてるんだろ?」

 とおれはいってみせた。


 用心棒の二人は自分で弁当を持ってくるはずだって、ティマトがいってたもんな。

 昼はルディア、夜はヴィルハルトが家のまわりを見回るんだってティマトがいってた。

「弁当もおいしいのですが、できたてのものも魅力的ですね」

「あげないぞ」

「残念です」

 珍しく短くことばを切って、ルディアがいう。おれはルディアに申し訳ないと思った。

「ごめんな」

 とおれがいうと、

「いえ、お気になさらず。我々は冷えてもおいしい弁当というものを編みだしておりますので。ほしいと思ってもあげませんよ」

 と意地の悪い笑顔でルディアがいった。

「いらないよ、おれの料理があるから」

 とおれは胸を張る。それと同時におれの頭のなかで、疑問が這い出してきた。

「ルディアにききたいことがあるんだ」

「何でございましょうか。答えられる範囲というものがございますが、できうる限り誠実にお答えいたしましょう」

 と今度は優しい笑顔になってルディアがいった。

「銃ってなんだ?」

「武器ですね。大きさや長さは様々ですが、持っていると無敵になれるような気がいたしますので、調子に乗って使い続けてけがをしまう人もいるしろものです」

 扱いさえ間違わなければいいんだな、と思いながらおれはうなずいた。

「おれにも使えるかな?」


 銃があればセディンなんて怖くないんじゃないかなって、おれには思える。


「あまりおすすめはいたしませんね。簡単に命を奪えてしまうものでもあります。荒事は私たちにお任せください」

 とルディアが珍しく厳しい表情をした。おれはちえっ、と悪態をつく。

「ルディアはおれが弱いって思ってるだろ。おれだって大活躍したいな」

「純粋ですね、リューグさんは」

 とルディアがまた人好きのする笑顔に戻った。

「純粋で思い出しました、純粋といえば子供、子供といえば家族。リューグさんのご家族はご健在でしょうか?」

「子供に家族? なんだ、それ」

 ルディアの質問におれは質問で返した。

「子供とは、愛らしいのですが力も知識もまだまだ足りていないもののことですね。家族は、一緒に住んでいるもののことですよ」

「教えてくれてありがとうな。家族かぁ。じゃあ、おれの場合はイリスとティマトだな」

 とおれは明るく答えた。

「では、ここにいらっしゃる前は何をなさっていましたか?」

「ここに来る前って、何のことだ?」

 おれはまたルディアの質問に質問で返す。

「マイスにいらっしゃる前、どちらかにお住まいになっていませんでしたか?」

 またルディアからの質問だ。変なことをきくやつだな。

「ここに来たのは三年前だけど、ずっとここにいたよ。別の場所になんかいたことない」


 おれは人生最初の記憶を思い出す。


 あのときは、家の窓には日差しが差し込んでて、おれの背中には何か感触がした。いま思えばあれは長いすの感触だった。

 おれが目を開けると、おれの顔を見つめるイリスがいた。イリスが優しく微笑んでくれて、はじめましてっていってくれたんだ。

「変なのか?」

「いえ、立ち入ったことを伺いまして申し訳ございません、気になさらないでくださいね。それにしても、汁物にしても美味しそうな野菜ですね」

「あげないぞ」

 とおれが注意すると、

「やはりだめでしたか」

 といたずらっぽく笑ってルディアがいう。

「では、仕事に戻りますね」

 とルディアが扉を閉めた。

 何なんだろうな、あいつ。

 まあ、でもいいことばを覚えたぞ。家族。

 おれにとって、当たり前すぎてことばがあるとは思わなかったな。


 おれはイリスの笑顔と、ティマトのしかめた顔を思い出す。

 ティマトはまあ、家族だよな。じゃあ、イリスは、家族兼想い人ってことになるような。


 うわぁ、想い人だって、我ながら照れるな。想いを伝えてるのにまだ照れる。

 おれのイリス、いとしのイリス。君を表すのにふさわしいことばがまたひとつ増えた。

 ことばにすると、照れくさいな、家族って。

 さあ、家族のために昼食を作るぞ、とおれは元気になる。

 昼食を作って、いつものように二人を呼ぶ。

 何事もなく平和なままで昼食を食べて過ごす。

 ときどき窓からルディアやヴィルハルトの姿を見つけておどろくこともあるけど、日を重ねるうちに慣れていく。

 ルディアやヴィルハルトがいることも日常の一部になっていってる気がする。


 何日も日が暮れ、日が昇ってく。

 おれはいつの間にか窓から見える二人の姿がいつものことのようになってきた。たまにルディアにされる質問にも慣れてきた。

 ルディアたちが来て八日目。おれが夕食の支度をしようとすると、玄関の扉を叩く音がする。

「何だ?」

 とおれが出ようとすると、ティマトに手で制された。

「セディンかもしれん」

 とティマト。

 おれは恐怖より血が沸き立つのを感じる。


 ここに銃があればいいのに、扱い方がわかればいいのに、と思わずにはいられない。


 いとしのイリスを守るためなら、おれはなんだってするぞ。

 おれの決意には気がついていないらしい、ティマトの肩が安心したみたいに下がる。

「お前たちか」

 とティマトがいった相手は、おれはルディアとヴィルハルトのことだと思った。でも次の瞬間、ティマトの肩が強張った。何でだろうと、おれはティマトの肩越しに二人を見る。


 二人は、青色の服に身を固めていた。手には、鳥らしきものが施された金属の板を持ってる。ルディアは相変わらずの笑顔だけど、ヴィルハルトは少し怒ったような顔をしていた。

「セディンさんならいらっしゃらないですよ、私たちが注意しておきましたから。二度ともめ事は起こさないでしょう」

 ルディアが変わらない笑顔で続ける。

「改めて自己紹介いたします。私たちはエスペルト連邦警察のものです。警察にはいろんな部署がありますけれど、私たちは主に人形に関することを生業としております。さて、ティマトさん。あなたにお伺いしたいことがございます」

 と、急に真面目な顔をして、ルディアがいった。

「人形に対して、様々な罪がおありですね?」

 ルディアの優しいようでいて厳しい声が辺りに響いた。

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