第11話 大和神社
大和神社は、前に書いた
このとき、王家(現在の皇室)の祖先神である
この倭大国魂神を宮中から外に出しただけでは災害は治まらなかったため、再び占いをしたところ、いろいろとあった結果、
この方は、「おおた・たねこ」さんではなく、「おお・たた・ねこ」ということで、「大」は「大いなる」、「
崇神天皇の初期に、大和神社と三輪神社(大神神社)の祭りの起源がまとめて記されているわけです。
この大和神社は、東に参道があり、西側に社殿があります。したがって、社殿の正面が東になり、その社殿の正面が「大和王権発祥の地」のほうに向いていることになります。もしこの構造が崇神天皇のころと伝えられる時代から始まっているとすると、大和の王が山のほうからお参りに来て、西に向かって神様にお祈りをした場所、ということになるでしょう。
もっとも、崇神天皇の時代に、最初に
天照大神をおまつりする場所が伊勢に移動したのと同じように、倭大国魂神をおまつりする場所もやや遠方に移動して、現在の地に落ち着いたのでしょう。
その最初から、倭大国魂神は東から西に向かってお祈りしていたのか、そうではなかったのか。
天照大神をおまつりしたのが三輪山の麓だとすれば、三輪山は東側になるので、西から東へ、太陽の昇る方角に向かってのお祈りだった、ということは推定できます。それに対して、倭大国魂神は西に向かってお祈りするのが当初からの姿だった、とすれば、対照的だということになるのですが。
そうかどうかは、私にはまったくわかりません。
大和神社は、
ところで、大和神社は戦艦大和の艦内神社だったという
また、大和神社の参道の長さは大和の全長とほぼ同じという説明もありました(参道が二七〇メートルだとすると参道のほうが少し長い)。
全長が大和と同じくらいの軍艦は、航空母艦(船体建造時は巡洋戦艦)の
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