第4話 遠い飛鳥

 さて、廣瀬ひろせ大社には思っていたより早く着きました。自転車を返さなければいけない期限までまだかなり余裕があります。

 姫はここから飛鳥あすかのほうへ行ったことになっています。

 また、聖徳太子は、斑鳩いかるが近くの邸宅から飛鳥の都に「通勤」していたという話も聞いたことがあります。

 では、ここから飛鳥に行けるのか?

 もちろん行けるのでしょうけど、遠いのか、近いのか?

 よくわかりません。

 私は法隆寺も飛鳥も行ったことがありますが、法隆寺はジェイアール(大和路線)で、飛鳥は近鉄で、という行きかたをしていました。

 そこで、「法隆寺から飛鳥へどう行く?」ときかれたら?

 「ジェイアール大和路線で天王寺まで行って、天王寺駅のすぐ南があべのハルカスだから、ハルカスの下の近鉄阿部野橋駅から電車に乗るのが早いんじゃない?」

と答えるでしょう。

 河内かわちが水上交通の拠点だった、という役割をいまの天王寺駅や阿部野あべのばし駅が引き継いでいるようで、おもしろいとは思います。

 しかし、聖徳太子がいちいち「天王寺駅まで行って近鉄に乗り換える」というルートをとっていたかというと、そんなことはないでしょう。もしその「通勤」していたというのがほんとうであれば、斑鳩からまっすぐ飛鳥に行っていたはずです。

 というわけで、廣瀬大社の鳥居前で、飛鳥はだいたい南なんだろうな、という見当をつけ、自転車を南のほうに走らせました。しばらく行くとたしかに飛鳥川の川沿いに出ました。

 飛鳥川ということは、この川をさかのぼれば飛鳥に出るということです。自転車道が整備されていて、このまま飛鳥まで行けるという標識も出ています。

 飛鳥までは無理としても、「磐余いわれいけ」あたりまでは行ってみようと自転車道を南下し始めました。

 飛鳥川のつつみは、やはり桜が三分くらいに咲いていて、菜の花がきれいです。

 満開の桜は、盛大に咲き誇っている姿が美しくて圧倒されますが、三分咲きくらいで枝に少しずつ花が開き始めた桜も気品があって美しいと私は思います。

 ところで、「磐余の池」というのは、現在の大和八木やぎ駅の東南あたりに開かれていた池です。

 磐余というと、まず神武じんむ天皇の「かむ日本やまと磐余いわれびこのみこと」の名がこの「磐余」にちなみます。履中りちゅう天皇(去来穂いざほわけ天皇のすめらみこと)の磐余稚桜わかさくらのみや清寧せいねい天皇(白髪しらか天皇のすめらみこと)の磐余甕栗みかくりのみやなどがこの磐余の地にありました。飛鳥に行くとすれば、飛鳥はさらに南ですので、飛鳥川で磐余の池まで来て、そこから、陸路か、さらに飛鳥川をさかのぼるかして飛鳥に入ったのでしょう。

 この磐余のすぐ西が後に藤原京となる地域です。

 現在の飛鳥川は水量が少なくてとても舟運しゅううんには使えないですが、それは治水が進んだ成果なので、昔はもっと水量は多かったでしょう。だから、船(舟)で川をさかのぼることはできただろうと思います。

 しかし……。

 遠い!

 途中で川筋から離れ、迷ったりもしながら、ですが、廣瀬大社から一時間ぐらい走ってようやく橿原かしはら市に入るところまで到達しました。

 磐余の池は、そのさらに先、現在の近鉄大阪線の向こうで、飛鳥はそのまだ先です。北から橿原市に入る手前で一時間でしたから、磐余の池の跡までは一時間半から二時間はかかるのではないかと思います。

 私が自転車をぐ速度もそんなに速くありませんけど、飛鳥時代の川舟が現代の自転車より速かったとは思えないので、廣瀬大社から飛鳥まではけっこう時間がかかったのではないか。

 私の書いた物語では、姫は廣瀬大社では休憩せずに磐余の池まで行ったことになっていますが、龍田から廣瀬大社を経由して磐余の池まで一日で行くのは、当時はかなりたいへんだったかも知れません。

 このコースで行くのなら、やっぱり廣瀬で一泊するんじゃないかなぁ?

 「不自然に感じられたりすると、お話を変えなければいけないところでしたが」とさっき書いたところなんですが。

 ……いまはこのままで行きます。

 この日は、橿原市に入る手前で引き返し、斑鳩まで戻って自転車を返したところ、そのあとすぐに雨が降り出しました。

 守ってもらえたという感じでした。

 お姫様に守ってもらえたのだったら嬉しいのですけど。

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