第2話 ~オープンステータスッ!~

 利人は何かで拘束されているのか、身体を動かすことが出来なかった。動かせるのは視線だけだ。


(幻覚と、金縛りか?)


 エレナはモニター越しに見るよりも数段美しく、赤髪と赤目はルビーのように日光を反射して光り輝き、白磁のような肌は近くで見る必要もないぐらい綺麗だ。

 だが、見覚えのある美麗な服を着ているわけではなく、レイピアを腰に携えているわけでもなく、毛皮のような布を一枚体に纏っているだけだった。本人の見た目が美しいせいでそういうデザインのドレスを纏っているように見えるが、原始人の格好そのものだ。


(格好は変だけど……やはり、エレナたんは美しいな……うん。触りたい。せっかくの幻覚だ)


 利人は身体に力を込めて本気で動かそうとする。ピキッと何かに亀裂がはいるような音が鳴った。

 エレナは魔王と対峙したときの、いやそれ以上の剣幕で利人の方に迫る。

 

(やべえ! やっぱりでけえ!)


 利人は布から覗く、二つの球体に夢中になっていた。

 さらに力をこめると、さらに大きな音が鳴った。だがエレナには聞こえていないみたいだった。


「……お前の祖先がもたらしたこの惨状をいつか! いつか絶対に変えてやるんだ! そのために今日も戦うぞおおおおお!」


 エレナは綺麗な言葉遣いを完全に忘れ去ったかのように、声を荒げた。エレナは貴族の出だ。


(え、エレナたん⁉ 俺の先祖って……じいちゃんとか?)


 利人は自分が動けないとどうにもならないと思い、さらに身体に力をこめた。


——ピキ! バキバキバキ!


 体を覆っていた何かが破壊され、利人は自由に動けるようになった。


「エレナた~ん!」

「キャアアアアアアア」


 利人は悲鳴を全く気にも留めずに、ゾンビのように両手を前方に伸ばしながらエレナの方に走った。両手が胸に触れる寸前、利人のみぞおちに衝撃が走った。

 エレナに殴られたのだ。


「グッ……この痛み、幻覚じゃねえ」


 あまりの痛みに倒れこむ。利人はうずくまり、自分の身体を見ることになった。一糸まとわぬ姿、生まれたままの格好だった。だが、やせ細っていたはずの身体には筋肉がついており、腹筋が六つに割れていた。

 今は、自分の身体のことも現実か幻覚かも、利人にとってはどうでも良いことだった。


「まだ、まだあきらめんぞ!」


 利人は立ち上がって、ものすごい速度でエレナの胸に向かって手を伸ばした。


「オープンステータスッ!」


 リヒトの手が半透明の、A4用紙程度の長方形に阻まれた。「オープンステータス」は、『トゥルー・ミソロジー』では、キャラクターのステータスを参照する際に使う呪文だ。けして、防御魔法ではない。

 利人は何度も手を伸ばすがその度にオープンステータスで防がれてしまう。


「なんで、今になってが目覚めるのよ! 封印は絶対じゃないかったの?」

「勇者の子孫? 俺は前田利人だ。それに、おじいちゃんは農家だ」

「まともに会話ができるのね……。そう。お前はリヒト、リヒト・アレン! 魔王を倒し損ね、人間を破滅に追いやった罪人の血を引く者! マエダ、が何を意味するのかはわからないけど……」


 『トゥルー・ミソロジー』の主人公の名前はバルバトス・アレンだ。利人はその子孫であるリヒト・アレンだと言われているみたいだった。

 バルバトスは、そんな扱いをされていなかったはずだ。そこで利人はとある考えに思い至った。ここは利人がボス戦でゲームオーバーになった後の世界なんじゃないか? その世界に女神バンノの力で転生させられたんじゃないか?

 それなら「責任取れよ♡」の意味も理解できる。「お前のせいで魔王に負けて、破滅に追いやられた人類の責任も取れよ♡」という意味だったんだ。

 思考したことで冷静になり、利人は胸への執着を一度忘れた。


「つまり……俺はバルバトスの子孫に転生させられたってことか?」


 利人はあたりを見渡す。広大な草原が広がっている。だが、生えている植物は地球の植物図鑑には載っていなさそうだった。

 真後ろに振り返ると、ボロボロの石の祭壇のようなものがあった。そこには「くたばれ!」「バルバトスさえいなければ!」など暴言が刻まている。日本語で。ひどいな。

 利人がさっきまで封印されていたという場所だ。


「転生? 記憶が混乱しているみたいね。あなたは自分が勇者の子孫だということに耐えられずに、発狂して暴れだしたから封印されたのよ。百年前にね。とりあえず、アレン家の者を生かしてはおけないわ。記憶が混乱してたとしても、罪人の子孫であることには変わりないからね。判断は村長に任せるけど」


 もし利人の目の前にいる美少女がエレナだとすれば、彼女は百歳以上ということになる。『トゥルー・ミソロジー』でも人間の寿命はせいぜい数十歳程度だったはずだ。


「待て。その前にお前は誰だ?」


 エレナは顔を伏せた。


「私は――勇者に戦わされた悲劇の娘、エレナ・スペンサーの子孫……ルナ・スバラシ・スペンサーよ」


 エレナではなくその子孫のルナだった。


「え⁉ その見た目でエレナたんじゃないの?」

「その見た目って、エレナ・スペンサーを見たことは無いはずでしょ。なにせ五百年前の人なんだから。もういいわ、記憶が混濁しているみたいだしこれ以上話しても無駄ね。拘束させてもらうから。まだ私に殺されていないだけ感謝しなさいよね」

「いや、勇者も必死に戦ったんだと思うし、エレナたんも自発的に戦ってたよ……? 流石にあの暴言はひどいと思うよ?」


 利人改めリヒトは岩に刻まれた暴言の数々を指さした。


「まさか、文字が読めるの……? 妄言は聞き飽きた!」


 エレナ改めルナは、利人改めリヒトの背後に回って首をチョップした。衝撃と痛みを感じる前に、リヒトは意識を失った。




 






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